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エレナという王女14


 夜。


 月の出る夜。


 月光冴えわたる夜。


 その月光にて紺色の美しい髪を輝かせ、ジャスミンは水浴びをしていた。


 女性専用の場所だ。


 そこをジャスミンが使っている。


 水浴び故に……というわけでもないがジャスミンは服を纏わず、その白く透き通るような肌を外界に晒していた。


 モデルとしても通用する引き締まったスタイルだ。


 十人に十人の男が鼻の下を伸ばすだろう。


 それほどのプロポーションである。


 ジャスミンは自身の女性としての価値を知らないので、


「そんなものか?」


 と思っているに過ぎない。


 ともあれ水浴びである。


 さすがに武器を持ち込めないので警護の騎士がいる。


 女性騎士が二名。


 男が近づいたらそれだけで問答無用に殺されても文句は言えない厳重さであった。


 そして王属騎士にして蛇炎の魔術師ジャスミンは、


「俺は戦士だ……俺は戦士だ……俺は戦士だ……」


 ぶつぶつと呟きながら水浴びをする。


 井戸から水を汲み、頭からかぶる。


 水はジャスミンの体をつたって流れ落ち、ジャスミンの身にこびりついた穢れを体温共々洗い流す。


「俺は戦士だ……」


 やはりぶつぶつとジャスミンは呟く。


 何度も何度も水を頭からかぶる。


「でも……」


 水を溜めた桶を持って、しかしてそのまま停止するジャスミン。


 手に持った桶は月を水面に映している。


「でも……」


 躊躇うかのような言葉を戸惑いとともに吐き出す。


 そうせざるを得ない。


「俺のことをアイツは……一義は……」


 それが茨に絡まれたかのようにジャスミンの心をチクチクと痛める。


「可愛いって……言ったな……」


 言った。


 事実である。


「可愛い君を傷つけたくないって言った……」


 言った。


 事実である。


「可愛くて可憐な君を傷つけるなんて僕には出来ないって言った……」


 そこまでは言っていない。


 だが乙女のフィルターの前に現実は無力だった。


「可愛くて可憐な妖精のように愛らしい君に剣を向けるだなんて、そんなことは出来ないよって言った……」


 またしてもそこまでは言っていない。


 だが乙女のフィルター以下略。


 正確には、


「可愛い君を傷つけるのは気が引けるってだけさ」


 と一義は言ったのだ。


 だが乙女のフィルター以下略。


「あう……」


 ジャスミンは妄想逞しく赤面した。


 自身の心に生まれた一義への感情と既にあった一義への敵視とのすり合わせが上手く機能していないのだ。


 ビブリオマニアのディアナに付き合って読んだ御伽噺には王子様とお姫様の色恋が載っている。


 それを想起するジャスミンだった。


 即ち……お姫様抱っこ。


「お姫様抱っこ……されてしまった……」


 それは即ち、


「一義は俺のことを憎からず……?」


 そう妄想を膨らませる。


 頭から水をかぶる。


「馬鹿か俺は! 剣を女王陛下に捧げた身! 女であることなどとうに捨てた! いまさらよそ者に……」


 そんな心にもないことを言うものだから心のチクチクは痛みを増す。


「あう……」


 火照った顔を冷ますために水を浴びる。


 しかして火照りはいっこうに収まる気配をみせない。


 それが何に起因するかをジャスミンは認めたくなかった。


 認めたくなかったが……乙女心の暴走に生憎とブレーキは無かった。


「可愛いって言われた」


 確かに一義はそう言った。


「可憐だって言われた」


 そこまでは言っていない。


「愛らしいって」


 それも言っていない。


「妖精のようだって……」


 既に妄言だ。


「お姫様抱っこは愛し合う男女がするもの……だな……」


 あながち間違っているわけではないが此度の件には無関係だ。


 しかして乙女のフィルター以下略。


「それなら……」


 心に妥協をはかるジャスミン。


「まぁ……アイツが俺を憎からずと言うのなら……無下にするのも躊躇われるな……。うん……それなら仕方ない……」


 その言葉は本心ではなく自身を納得させるための言葉だった。


「俺としては迷惑極まりないが一義がそうだというのなら」


 うんうんと頷く。


 乙女心を持て余し、そう結論付ける。


 要するにジャスミンは惚れたのだ。


 一義というエルフに。


 その強さと美しさに。


 忍としての強さとエルフとしての美しさを併せ持つ一義はそれだけで魅力的な男の子だ。


 エルフ……東夷という偏見さえ無ければ誰が惚れてもおかしくはない。


 ともあれ自身に芽吹いた慕情を持て余しながらジャスミンは水浴びを続けるのだった。


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