エレナという王女13
炎の蛇。
まさにそう呼んでいい熱塊だった。
蛇炎の魔術師。
その名刺代わりのような一撃だ。
身をくねらせて炎の蛇は一義を襲う。
空中では身動きが取れないならばその炎に抗う術など無いだろう。
だが一義は例外だった。
無詠唱ノーアクションで魔術を起動。
空中を蹴って……正確には斥力場によって空中で自身を弾いて襲い掛かる炎の蛇のアギトを躱す。
だが炎の蛇も意志を持っているかのように一義を追いかける。
一義は熱量の届かないギリギリを見切って炎の蛇の襲撃を避け続ける。
空中を跳躍して縦横無尽に駆け巡り、炎の牙から我が身を逸らす。
それは神秘的な光景だったが永くは続かなかった。
一義が炎の蛇を躱して、ジャスミンに襲い掛かったからだ。
「……っ!」
絶句こそしたものの、ジャスミンの反応も早い。
炎の蛇を解除して、ハイスピードスイッチ。
「フィジカルブースト!」
身体強化の魔術を起こす。
高速の剣技が一義に襲い掛かる。
しかして一義もまた凡庸ではありえなかった。
魔術によって強化されたジャスミンの……その高速の剣技を相手にして、しかして悠々と和刀で受け止める。
それこそ朝飯前とでも言うかのように。
丁々発止。
丁々発止。
一義は和刀を、ジャスミンは両刃剣を、それぞれ振るって相手を牽制あるいは害そうとする。
ちなみに一義は魔術による身体強化など使っていない。
そもそもにして意味ある魔術は一秒と持たないほど一義の魔術の才能は……そのマジックキャパシティは低いのだ。
それをふまえて王属騎士の剣技……それもフィジカルブーストのソレに付き合っているあたり一義の持つ戦力の高さがうかがえる。
「何だ貴様は!」
憤怒しながらジャスミンは吼える。
「何がさ」
ジャスミンの剣技を和刀で受け流しながら一義は聞き返した。
「何故銃力の魔術を使わない!」
「接近戦だからかな?」
すっ呆けた様に言う。
挑発のつもりでは一義は無かったが……ジャスミンにしてみればそれは十二分に挑発に値した。
「戯れるか!」
そう憤って剣を振るうジャスミン。
「そんなつもりはないけどね」
他意なく一義。
「そもそも僕の銃力の魔術は弾丸が無いと扱えない代物なんだ。今のところ持ち合わせがないから諦めて」
そして和刀を振るう。
ジャスミンは和刀を鎧で受け止めて、剣を振るう。
吸い込まれるように一義の首へと襲い掛かる剣。
しかして前傾姿勢から無理なく後退する一義。
「何っ!」
いきなり、しかも唐突に、更に言えば有り得ない形で一義が間合いをとったのだ。
ジャスミンが驚くのも無理はなかった。
事実は簡単だ。
前傾姿勢でジャスミンを狙うと見せかけて、一義が斥力場を生み出してそのまま後退しただけである。
だがそんなことはジャスミンにはわからないことだったろう。
離れた間合い。
フィジカルブーストのまま間合いを潰すか。
フィジカルブーストを解いて遠距離の魔術を起こすか。
迷ったジャスミンが、
「……っ!」
空中高く放り上げられた。
無詠唱ノーアクションの一義の魔術だ。
訓練場の屋根に至るまで高く持ち上げられたジャスミンは、そのまま斥力場によって高度の位置にて跳ねては落下し、落下しては跳ねるということを繰り返した。
無論のこと一義の斥力場の魔術である。
レールガンの要領でジャスミンを加速し、高度へと身を移したのだ。
真っ逆さまに落ちれば良くて骨折、悪ければ死亡というほどの高さだ。
少なくとも頭から落ちれば死ぬだろう。
そう思わせるに十分な高度である。
「わ……うわ……!」
焦るジャスミン。
単純に高いというだけで人は本能的な怖れを抱く。
故にジャスミンが狼狽しても無理なからぬことではあった。
高い位置で跳ねまわるジャスミンは……今度は横に弾かれる。
「……っ!」
落下する。
その事実がジャスミンを怯えさせるに十分だった。
放物線を描いて落下するジャスミン。
地面に向かってみるみる落ちるジャスミンだったが、結果として地面との衝突は免れた。
何故か?
落下するジャスミンを受け止めた存在がいるからだ。
「大丈夫?」
落下したジャスミンをお姫様抱っこで受け止めて地面との衝突を防いだ一義が、その瞳を覗きこむ。
「あ……う……」
ジャスミンは口をパクパクとさせる。
重体になっていたかもしれない恐怖と、それを敵対する一義に助けられた不安とで、言葉を探りだせなかったのだ。
「まだ続けるなら付き合うけどどうする?」
白い瞳を柔和に細めて問う一義に、
「俺の負けだ……」
ジャスミンは敗北を認めた。
「ん」
首肯して、
「よかことよかこと」
ふんふんと首を縦に振る一義。
「あ……う……お姫様抱っこ……」
ジャスミンは頬を赤くして、一義の腕の中に包まれたことを実感する。
そしてそれを悪くないと感じてしまうのだった。