エレナという王女09
「……いつ飲んでもキザイアのお茶は美味しいです」
遠慮がちにエレナ王女。
「だよね!」
パッとディアナの顔が輝いた。
「キザイアは私の自慢なんだよ」
キザイアを褒められて嬉しいらしい。
ディアナはニコニコとしている。
「それで?」
これは花々。
「何でしょう?」
これはディアナ。
「決まっているだろう」
ティーカップを受け皿に置いて、花々は肩をすくめる。
「何ゆえあたしと旦那様とアイリーンとをこの城に呼んだのさ?」
「そういえば」
すっかり忘れていた前提条件を一義は思い出す。
一義とかしまし娘とアイリーンは女王命令で王都に呼び出されたのだ。
「あー……それなんですが……」
「「「「「なんですが?」」」」」
「こちら、波の国の第二王女エレナと仰います」
エレナを示してディアナ。
「それは知ってる」
コクリと頷く一義。
各々に姫々と音々と花々とアイリーンも頷く。
「…………」
一人アイオンがすまし顔で紅茶を飲んでいた。
「いわゆる霧の国における客分なんですけど……」
そこまで言ってディアナはむぐむぐと唇をくねらせる。
はふ、と吐息をついて、
「エレナが今……暗殺の危険にさらされているんです」
重大事項をサラリと言った。
「…………」
この沈黙は一義とハーレムたちのものだ。
しばし沈思黙考。
「……そういうわけです」
申し訳なさそうにエレナが会釈した。
「それで?」
遠慮なく花々が問う。
一義はこういう花々の態度には多少なりとも救われている。
「あたしたちに何を期待しているんだい?」
「風の噂に聞いたんですけどエルフやオーガは超感覚……鋭敏な察知能力を持っていると聞きました」
「間違ってはいないね」
超感覚。
それは五感のそれぞれを以てそれぞれの感覚を補う亜人特有の能力だ。
例えば音で空間を把握したり地面の振動で人間の行動を予測したりする。
それらの情報を脳で処理することにより、普通のいわゆる人類という種では感じられないことを感じられる能力を指して超感覚と呼ぶ。
「であれば護衛として一義様や花々は護衛に向いているんじゃないかと」
「安くはないよ? あたしたちは……」
「十分な見返りは用意するつもりです」
「ふぅん?」
挑発的な花々だった。
「花々、おさえて」
一義が口を挟む。
「失礼、旦那様」
花々はそれだけで引っ込んだ。
「じゃあアイリーンを呼んだのは……」
「はい」
隠し立てすることもなくいけしゃあしゃあとディアナは頷いて、言った。
「仮に護衛が失敗しても反魂の魔術で生き返らせるためです。今、波の国と事を荒立てるのは得策じゃありませんから」
「反魂のアイリーンがいれば最悪のケースすら覆せるってわけだ」
ガシガシと一義は後頭部を掻く。
「そういうことですね」
やはり遠慮なくディアナ。
「暗殺にさらされているってのはどこまで信憑性があるの?」
「百パーセントです。実際に……既に二回ほど賊に狙われました」
「よく生きてたね」
感心したように一義はエレナを見た。
「……運が良かったんです。……それと……城の兵士さんが命を懸けて守ってくださいましたし」
「暗殺者が直接乗り込んできたってこと?」
音々がクネリと首を傾げる。
「はい。殉職した兵士が二名。しかしてジャスミンが結果として二回の暗殺を防いでくれました」
「ジャスミンって誰?」
一義は、
「わからない」
と言う。
「それについては後でということで」
話をぶれさせないディアナ。
「つまりだ」
ここまで黙って紅茶を飲んでいた雷帝アイオンが口を開いた。
「暗殺者が忍び寄っても気付く超感覚を持つ一義と花々、それから最悪のケースを考えての保険であるアイリーンをエレナの護衛として雇おうってわけだわよ」
「ま、ね」
一義は姫々と音々と花々とアイリーンに目くばせする。
「仕方もありません……」
「だね!」
「委細承知」
「霧の国の国民として勤め上げさせてもらいます」
一も二もなく一義たちは護衛を引き受けた。
「……あの……でも」
おずおずとエレナ。
「……一義たちにも事情があるのでは?」
そんなエレナの言葉に、
「死にたいの?」
心底わからないと音々。
それは音々の長所にして短所だ。
「……死にたくはありませんが私を守って死なれるのも寝覚めが悪いと言いますか」
「むしろ寝覚めが悪い程度なのか」
と口には出さず思考する一義。