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ぱらさいと  作者: 楸由宇
7/7

虚筺綺譚(其の肆)

■からっぽ

「それで、お前は箱の中身を見たのか?」

「ああ」

「何が入ってた?」

「空っぽだった」

「空っぽ?」

「ああ、空っぽだった。何も入ってなかった。重さはあったのに……」

「見間違いじゃないのか?」

「そんなはずはない! 俺は、30分待った後、そーっと社に近づいた。俺の歩く音以外、物音はしなかった。鍵を見たら、ちゃちな代物だったから、すぐに壊してやったよ」

「壊したのか?」

「もちろん」

 そう言って、友人は笑った。

「鍵を壊して、社の中に入って、中は外よりも暗かったから、箱を持ち出したんだ。あれは重かった。何かが中に入ってると思った。そして、あの沼に向かったんだ。いつの間にか月が出ていて、森の中にいなければ、それなりに見えるようになっていた。そして、沼に着き、襤褸の横に座り込んで、箱をこじ開けた」

 そこで、友人は一息入れた。

「でも、何も入ってなかった。生首も、土も、手首だって入ってなかった。空っぽさ。俺は自分の目を疑ったね。あんなに重かったのに、何で空っぽなんだってね」

「何かがこぼれたとか、そういうことはないのか?」

「それはないと思う。ただ、箱をこじ開けた後、あの重さは無くなった。急に軽くなったんだ」

「それで、その後はどうしたんだ?」

「呆然としていたよ。そして、大変なことに気がついた。登山道具の入ったリュックを社の前に忘れてきてたことに気づいたのさ。箱を放り出して、慌てて村に戻ったが、少し遅かった。広場で明かりが動いてるのが見えたからな。俺は広場に近づかずに、沼の方へと引き返したが、何人もの足音と怒号が追いかけてきた。俺は沼へ向かうのを諦めて、森の中へ逃げ込んだ。何人かは追いかけてきたようだったが、闇雲に走っている内に、いつの間にか足音はしなくなったよ」

 そこまで言うと、友人は黙り込み、目の前に置いてある空のグラスをじーっと見つめた。

 しばらくの間、そうしていたが、おもむろに口を開いた。

「そして、見た」

「何を?」

「箱の墓場とアガラッパ」

「箱の墓場? アガラッパ?」

 その質問には答えずに、友人はまた空のグラスを見つめていた。

「一晩中、森の中を走り回って、また迷子になって、気がついたら何百もの箱に囲まれてぶっ倒れていた。俺が持ち出したような箱が山のように積んであった。古いものはもう腐ってたけどな。日が照っている間は、そこに座ってぼーっとしてた。獣道のような細い道があったんで、夕方ぐらいからそれに沿って歩いた。何時間か歩いたら、水辺に出た。俺が箱を放り投げた沼だった。ただ、俺が辿り着いたのは、そこの対岸だったようだけどな」

 友人はまた黙り込んだ。

「そこには、村人はいなかったのか?」

 友人はちらりと目を向けると、またグラスに目を落とした。

「村人はいなかった。が……」

「まさか?」

「沼の中で猿が泳いでたよ」

「猿?」

「正確には、猿みたいな何かだ。あれが、アガラッパだったんだろうな。俺がいるのに気づくと、沼の中に潜って何処かへ行った。沼の縁をぐるっと回ってみたけど、もう出てこなかった。ついでに、俺が放り投げた箱も襤褸ももう無かった」

「それから、どうした?」

「村に戻ってみたけど、村は無くなっていた」

「え?」

「と言うか、村も空っぽになっていた。あの箱のようにな」

 そして、友人は笑い出した。しゃくり上げるような不気味な笑い方だった。

 周りの人たちが、ちらちらとこっちを見ていた。

「おい、落ち着けよ」

 それでも、友人は笑い続けていたが、急に笑うのをやめると、急に真顔になった。

「俺は見たんだよ、空っぽの村で」

「何を?」

「俺は見たんだ……」

 それ以降、友人に何を問いかけても、それしか言わなかった。


■再びじいさまとの会話

「……急に静かになったと思ったら、いつの間にか寝てたよ。それで、会計を済ませ、友人に肩を貸して、家まで送っていった。家に着くと、奥さんが非常に恐縮してたなあ。綺麗な人だったのに、やつれててな。あいつが1週間も行方不明になって、相当心配したらしいんだ。戻ってきてからも、変な譫言ばかり言っていたらしく、心労が溜まっていたみたいだった。赤ん坊も小さかったからね。ただ……」

「ただ?」

「その後、本当の行方不明になるとは思わなかっただろうなあ。彼を送った1週間後だったかな、10日後だったかな、そのぐらいに突然奥さんが尋ねてきてね。彼が蒸発したってことを教えてくれた。山から戻ってきてから、彼は仕事に出てなかったんで、職場の誰も彼がいなくなったのに気づかなかったんだ」

 そこまで言うと、じいさまは立ち上がり戸棚の中を探り始めた。

 席に戻ってきたとき、じいさまの手には1枚の写真があった。

「これが彼だよ」

 そう言って、見せてくれたモノクロの写真には、髪の毛がまだふさふさとしているじいさまと肩を組んでいる体格の良い男の人が写っていた。

「これは、例の山に登る何ヶ月か前の写真だなあ」

 俺は、何処かの山頂で肩を組んで笑顔を見せる2人を眺めながら、じいさまに尋ねた。

「それで、その後はどうしたの?」

「警察に何度か足を運んだり、同じ学校の先生たちにも協力してもらい、何年も彼を捜したよ」

「でも、見つからなかった?」

「そう。結局、彼は見つからなかった。でも、彼が蒸発してから1年後ぐらいに1通だけ手紙が届いた。そんなこともあったから、みんな諦めきれずに、何年も探し回ったんだろうなあ」

「手紙?」

「そう。奥さんのところじゃなくて、何故か家に届いた。中身が中身だったからだろうなとは思うけども。迷惑をかけてすまなかった、自分のことは心配しないでくれ、奥さんには謝っておいてくれ、そんなことが書かれた手紙が1枚。もう1枚は……」

「あの村のこと?」

「いや、何というか、ちょっと気味が悪かったな。私の名前と彼の名前、そして赤茶けたインクで何かの手形が押してあった。そして、山のように積まれた箱の微妙にピンぼけした写真」

「それ……」

 俺が最後まで言い切る前に、じいさまは微笑みながら言った。

「残念ながら、手紙も写真ももう無いよ。色々探してみたんだがね。警察に持っていったのか、処分してしまったのか……」

 そう言って、じいさまは何かを考え込んでしまった。

「それで、お終い?」

「まあ、これでお終いと言えばお終いだな……」

 煮え切らないじいさまに、もう一度尋ねた。

「それで、お終いなの?」

 じいさまは、しばらく考え込んだ後、こう言った。

「彼がいなくなってから10年ほど経って、奥さんの元にあるものが届いた。何処にも差出人は書いていなかった。1辺が30センチほどの木の箱だった。その中には……」

 そこで、じいさまは一度息を飲んでから、最後の言葉を吐き出した。

「その中には、彼の写真と一緒に骨壺が入っていた」



■後日談

 じいさまからあの話を聞いた後、俺は自分なりに色々と調べてみた。

 ただ、じいさまはその場所が何処かということを絶対に教えてくれなかったし、時期も曖昧にしか教えてくれなかった。

 ネットで検索をしても、何も出てこない。大きな図書館に行っても、何から調べていいのか分からない。あれこれ読んだり考えてみたけれども、はっきりとしたことは分からなかった。

 それでも、幾つか思いついたり、見つけたり、気になることが出来ると、じいさまに会いに行って話し合ってみたりもした。

 2人の意見が一致したのは、アガラッパというのは、河童の仲間だろうと言うことだけだった。

 俺はじいさまと話していて気づいたことがある。

 じいさまは、まだ何かを隠している。

 ときには直接的に、ときには遠回しに、そのことを尋ねても、上手く話題を逸らされたり、うやむやにされたりで、結局じいさまは何を隠しているのか知ることは出来なかった。


 そして、数年が経ち、俺もじいさまもその話題に触れなくなったころ、俺はじいさまの家であるものを見つけてしまった。

 それは物置の隅っこでじっと誰かに見つけてもらうのを待っていたかのようだった。

 俺がじいさまとばあさまに頼まれて、物置の整理を手伝っていたときに動かした大きくて古い箪笥の後からそれは姿を現した。

 茶色の紙封筒。

 俺はそれを見たとき、それが何であるかがすぐに分かった。

 物置には自分しかいないことを確かめると、俺はその封筒を開けた。

 その中には、印の付いた古ぼけた地図と破れかけた何枚ものメモ、そして色の薄くなったモノクロ写真が数枚入っていた。

 その写真の1枚を手にとって、俺は声を上げてしまった。

 そこには、山積みの箱の前で何かを調べているじいさまの姿が写ってた。

 そして、俺はその写真を長い間見ることが出来なかった。

 物凄い頭痛がしてきたのだ。

 これはヤバイと本能が告げていた。

 俺は慌てて、地図やメモや写真を封筒に戻した。

 そして、俺はその封筒を元の場所に置いた。


 あの封筒を見つけてから、さらに数年が経った。

 自分の書いたメモを発見するまで、すっかりそのことを忘れていた。

 いや、無意識に思い出さないようにしていたのだろう。

 そして今あの茶封筒を前に、俺は考える。

 あの時は気づかなかったが、茶封筒にはこう書かれている。

「霊帝山帝」

 今、俺は悩んでいる。

 これを開けても良いものだろうかと。

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