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ぱらさいと  作者: 楸由宇
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虚筺綺譚(其の参)

■じいさまとの会話

「それで、その後はどうなったの?」

「その後は、老婆の家に荷物を取りに行き、また握り飯をいただいて山道を6時間も歩いたよ。あれは本当に大変だった」

「え? それだけ?」

「それだけ」

「生贄にされたわけでもなく?」

「されたわけでもなく」

「大量殺人や連続殺人が起きたわけでもなく?」

「起きたわけでもなく」

「そのまま帰っただけ?」

「そう。私はね」

「私は……って、その友人は?」

 じいさまはちょっと眉をひそめた。

「彼は……途中で戻った」

「村に?」

「そう。村に」

「その友人は戻ってきた?」

 その質問にじいさまは笑って答えた。

「もちろんだよ。1週間も無断欠勤してたけどね。ただ……」

「ただ?」

「その後、しばらくして行方不明になった」

「行方不明?」

「ふらっと何処かに行ったきり、帰ってこなかった。奥さんと生まれたばかりの娘を置いて……」

 そう言って、じいさまはグラスに入ったビールを煽った。

 俺も目の前のビールを飲み干して、尋ねた。

「それでこの話は終わり?」

 じいさまは、空になったグラスにビールを注ぎ、黙って口に運んだ。

「本当はそれで終わりじゃないでしょ? その友人は戻って何をしてきたのか知ってるでしょ?」

 俺はさらに尋ねる。

 ちょっとだけ間をおいて、じいさまは答えた。

「彼が行方不明になる前に、一緒に酒を飲んだ」

「そのときに?」

「ああ、聞いたよ。ただ、彼の言っていることがよくわからなかった……」


■おやしろ

 お前と山道の途中で別れて村に引き返した俺は、前日に老婆と会った辺りに潜んでいた。

 別に大した理由はなかった。ただ、あの社の中をどうしても見てみたいと思っただけだ。

 何となく、この機会を逃すともう二度と確かめることが出来ないと思っていた。

 昼過ぎにこの村を出るとき、老婆は言ったよな。

 国道沿いの村の者たちは、夕方までこの村で過ごし、それから自分たちの村へと帰るのだと。

 俺は、茂みの中に身を隠して、広場や広場を横切る道を眺めているた。まだそのときは、人出は多かった。

 俺は念のため、少しだけ森の奥へ入って、人に見つからなさそうな場所を探し、リュックを枕に昼寝を始めた。

 目が覚めたのは、そろそろ太陽が傾き始めたころだった。

 身体中、虫に刺されてはいたが、誰にも見つからなかったようだ。

 俺はそっと立ち上がり、社の入り口が見える辺りに移動した。

 茂みから顔を出しそっと広場に目をやると、昼間の人出が嘘のように、廃村のような風景が見えた。

 何処からか、前日と同じように子供らの歌声が聞こえてきたが、それも日没とともに聞こえなくなり、辺りはしーんとなった。何の音もしなかった。耳が痛くなるぐらいに。

 俺は、何故こんなことをしようとしているのか、自分でも不思議だったよ。

 ただ、どうしてもあの社の中が、いや、その箱とやらを見たくて仕方がなかったんだ。

 俺は待った。

 どっぷりと日が暮れて、ちらちらと星が瞬き始めたころ、手にランプやら松明やらを持った村人が家からぞろぞろ出てきた。

 俺は焦ったよ。見つかったのかと思った。

 でも、違った。

 奴らは、社の前に集まると、社の中から何かを運び出してきた。

 あれが、あの箱だ。

 一辺が30センチメートルほどの木の箱だった。でっかい賽子みたいなヤツさ。

 それを、偉そうな爺さんが大事そうに抱えて、何処かへ歩き始めた。そして、その爺さんの後を他の村人がぞろぞろと歩いていった。

 昼間に襤褸の男を運んだ方角だ。

 広場から誰も居なくなったのを確認して、俺は茂みから飛び出した。

 転がるように社まで走り、中を覗いたが、案の定、空っぽだった。

 無いものは仕方がないので、社の周りを見て回ったんだ。

 お前も知ってると思うが、社の入り口のところに、小さな鳥居があっただろ。その脇に、小さな石柱が立っていた。そして、そこには掠れて読めないような字で、こう書かれていた。

「□帝山帝」

 最初の一文字は、読めなかった。

 「れーてんしゃんてー」というのは、「レイ帝山帝」の事なのかもしれないな。レイってのがどんな字か分からんが。

 で、社の周りをぐるっと回っても気になるものも見つからず、俺は奴らを追うか、ここで待つか、悩んだ。

 まあ、そこで悩んでも仕方がないから、後を追うことにした。

 明かりもないし、慣れないところで、あちこちひっかき傷を作りながら、奴らの行った方へ向かったんだ。

 細い道をしばらく進んだら、明かりが見え、人の声も聞こえてきた。

 まあ、相変わらず何を言ってるのかは分からなかったけどな。

 奴ら、水辺で何かやっていた。

 で、俺がそーっと近づこうと思ったら、急に奴らがこっちに向かってきた。俺は慌てて木の陰に隠れたよ。多分、そのときは見つかってないと思う。

 そして、箱を抱えた偉そうな爺さんを先頭に、また村人たちがぞろぞろと広場の方へ向かっていった。

 奴らが離れてから、その水辺へと近づいてみた。暗くてよく分からなかったが、沼のような感じだったな。

 そこで、何か見たのかって?

 ああ、ぼろぼろの布きれを見つけたよ。ずぶ濡れのな。

 ただ、あの男の姿は何処にも見当たらなかった。

 他に何かないかと思ってうろうろしてみたんだが、とにかく暗くて危ないんで、辺りを探るのは諦めて広場へ向かった。

 誰にも見つからないように慎重に戻って、さっきまでいた社の正面に着いたのは、今まさに偉そうな爺さんが箱を社の中に入れるところだった。

 社の扉を閉めて鍵を掛けると、村人たちは昼間と同じように、2拍1礼して、もぞもぞと何かを唱えてた。

 数分もそうやってたのだろうか、また2拍1礼して、村人たちはそれぞれ家に戻っていった。

 俺はそのまま30分ほどその場で待っていた。


■からっぽ

「それで、お前は箱の中身を見たのか?」

「ああ」

「何が入ってた?」

「空っぽだった」

「空っぽ?」

「ああ、空っぽだった。何も入ってなかった。重さはあったのに……」

「見間違いじゃないのか?」

「そんなはずはない! 俺は、30分待った後、そーっと社に近づいた。俺の歩く音以外、物音はしなかった。鍵を見たら、ちゃちな代物だったから、すぐに壊してやったよ」

「壊したのか?」

「もちろん」

 そう言って、友人は笑った。

「鍵を壊して、社の中に入って、中は外よりも暗かったから、箱を持ち出したんだ。あれは重かった。何かが中に入ってると思った。そして、あの沼に向かったんだ。いつの間にか月が出ていて、森の中にいなければ、それなりに見えるようになっていた。そして、沼に着き、襤褸の横に座り込んで、箱をこじ開けた」

 そこで、友人は一息入れた。

「でも、何も入ってなかった。生首も、土も、手首だって入ってなかった。空っぽさ。俺は自分の目を疑ったね。あんなに重かったのに、何で空っぽなんだってね」

「何かがこぼれたとか、そういうことはないのか?」

「それはないと思う。ただ、箱をこじ開けた後、あの重さは無くなった。急に軽くなったんだ」

「それで、その後はどうしたんだ?」

「呆然としていたよ。そして、大変なことに気がついた。登山道具の入ったリュックを社の前に忘れてきてたことに気づいたのさ。箱を放り出して、慌てて村に戻ったが、少し遅かった。広場で明かりが動いてるのが見えたからな。俺は広場に近づかずに、沼の方へと引き返したが、何人もの足音と怒号が追いかけてきた。俺は沼へ向かうのを諦めて、森の中へ逃げ込んだ。何人かは追いかけてきたようだったが、闇雲に走っている内に、いつの間にか足音はしなくなったよ」

 そこまで言うと、友人は黙り込み、目の前に置いてある空のグラスをじーっと見つめた。

 しばらくの間、そうしていたが、おもむろに口を開いた。

「そして、見た」

「何を?」

「箱の墓場とアガラッパ」

「箱の墓場? アガラッパ?」

 その質問には答えずに、友人はまた空のグラスを見つめていた。

「一晩中、森の中を走り回って、また迷子になって、気がついたら何百もの箱に囲まれてぶっ倒れていた。俺が持ち出したような箱が山のように積んであった。古いものはもう腐ってたけどな。日が照っている間は、そこに座ってぼーっとしてた。獣道のような細い道があったんで、夕方ぐらいからそれに沿って歩いた。何時間か歩いたら、水辺に出た。俺が箱を放り投げた沼だった。ただ、俺が辿り着いたのは、そこの対岸だったようだけどな」

 友人はまた黙り込んだ。

「そこには、村人はいなかったのか?」

 友人はちらりと目を向けると、またグラスに目を落とした。

「村人はいなかった。が……」

「まさか?」

「沼の中で猿が泳いでたよ」

「猿?」

「正確には、猿みたいな何かだ。あれが、アガラッパだったんだろうな。俺がいるのに気づくと、沼の中に潜って何処かへ行った。沼の縁をぐるっと回ってみたけど、もう出てこなかった。ついでに、俺が放り投げた箱も襤褸ももう無かった」

「それから、どうした?」

「村に戻ってみたけど、村は無くなっていた」

「え?」

「と言うか、村も空っぽになっていた。あの箱のようにな」

 そして、友人は笑い出した。しゃくり上げるような不気味な笑い方だった。

 周りの人たちが、ちらちらとこっちを見ていた。

「おい、落ち着けよ」

 それでも、友人は笑い続けていたが、急に笑うのをやめると、急に真顔になった。

「俺は見たんだよ、空っぽの村で」

「何を?」

「俺は見たんだ……」

 それ以降、友人に何を問いかけても、それしか言わなかった。

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