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ぱらさいと  作者: 楸由宇
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虚筺綺譚(其の壱)



■まらうど

 山登りの途中で道に迷って、ここに辿り着いたということを老婆に伝え、どちらへ向かえば国道に出ることが出来るのかということを尋ねたが、老婆は非常に訛りの強い(というか、独自の言語のようだったとじいさまは言った)言葉で、意思疎通にかなり難儀したが、何とか汲み取ったところによると、ここからだと国道まで二山越えて、慣れた者でも徒歩で5時間以上かかるらしいことが判明した。

 2人は顔を見合わせた。

 今はちょうど正午あたりだ。今から急げば明るいうちに、国道へ出ることが出来るだろう。国道国道まで出れば、バスが通っているので、何とかなるはずだ。

 ただ、2人は昨夜も暗い中、森の中を歩き通してきた。少しというか、かなり休みたいと思っているのも本当だった。

 そんな2人の心の中を見透かしたのか、老婆は前歯のない笑顔で、少し自分の家で休んでいけと言った。

 2人はまた顔を見合わせた。

 しかし、老婆は2人の間を通り抜けて、村の中へと向かっていく。

「なんも取って喰ろうたりせんわ」

 立ち止まり振り返って三度前歯のない笑顔を見せた老婆が言った言葉ははっきりと聞こえた。

 何となく、何となくだけれども不安を感じていた2人は、まだ躊躇っていたが、また前を向き、歩き出した老婆を目で追い、ほんのちょっとだけならと自分たちに言い聞かせて、先を行く背中を後を追った。


 老婆の家は円形の広場の北西の端の方にあった。社が中心部、舗装もされていない(恐らくこの村のメインロード)が3時から9時の方に伸びているとすれば、10時と11時の間ぐらいだった。2人が老婆と出会ったのは、7時の辺りだ。

 ちなみに、広場の中心にある社は、南(6時)を向いていたという。

 人っ子一人いない村の中を抜け、家にたどり着くと、老婆は玄関から入らずに横へと回った。そちらには縁側があり、その前には小さな畑があった。

 縁側を指さし2人を座らせると、畑の中から何かをもいで、老婆は家の中へと入っていった。

 じいさまと友人はまた顔を見合わせ、同時に溜息をつき、そして苦笑した。

 何やら薄気味悪い感じは消えていなかったが、何より屋根のあるところで一息つけるのは有難かった。

 2人でぼーっと外を眺めていると、家の中から老婆が盆に湯飲みと胡瓜を載せて戻ってきた。

「こんげ飲め」

 そういって差し出した湯飲みを受け取ると、中身が何かも確かめずに飲んでしまった。

 まあ、毒でも何でもなくて、ただの温い麦茶だったらしいが。

 一気に麦茶を飲み干した2人を見て、また老婆は笑い、湯飲みを盆に戻した。

「こんげ食らあ」

 そういって、皿に載った胡瓜を指さし、老婆は再び家の奥へと入っていった。

 あらかた胡瓜を食べ終わるころに、老婆はまた麦茶の入った盆を載せて戻ってきた。

 今度は、一気に飲み干したりせずに、ゆっくりと味わった。と言っても、薄い麦茶だったらしいが。

 やっと一息ついた2人は、身ぶり手ぶりも交えながら、老婆にこの村のことを尋ねた。

 何とか聞き取れたところによると、この村は2人が登った山から北に来た辺りにぽつんと取り残されたようにある小さな村というか、集落らしい。これでも、社を挟んだ反対側に商店というか、雑貨屋というか、とにかく小さなお店もあるらしいし、そこにはポストもあり、週に2度ほど郵便も届くらしい。もちろん、戦時中は赤紙も届いたらしい。

 また、この円形の広場には民家が10軒少々しかないが、この広場の周りにまだ何軒も民家は点在しているらしい。

 日中はほとんど人が見えないが、それは動ける者は村の東にある小さな段々畑に行ってるかららしい。この時間にここに残っているのは、この老婆のように畑仕事がつらくなってきた老人か、学校へも行けないぐらい小さな子供たちだけだということだ。

 そんな話をしていると、突然目の前に小さな影が走り込んできた。

「ばあ! ばあ!」

 その小さな影は、頭を刈り上げた小さな男の子だった。

 そして、縁側に腰を下ろしている2人を見て、ぎょっとした表情で立ち止まってしまった。

「なにゃ、げー坊?」

 そう言って、老婆はそのげー坊と呼ばれた男の子の前へと移動した。

 2人には全く分からない言葉で、二言三言交わした後、げー坊はこっちをちらちら見ながら、来たときのように、あっという間に走り去っていった。

 縁側へと戻ってきた老婆は、2人の斜め後ろにちょこんと座りこんだ。会話が再開されるわけでもなく、何となく無為な時間が過ぎ、じいさまが横を見ると、友人はこっくりこっくり舟を漕いでいるところだった。

 老婆もそれに気づくと、また前歯のない笑顔を見せた。

「ちぃたあ、いぎったれ」

 そう言って畳の上を指さした。

 言葉は分からなかったが、言っていることは分かったので、小さくお礼を言い、友人を畳の上に引っ張り上げた。

 そして、2人はリュックを枕に、昼寝をさせてもらうことにした。

 じいさまは、何となく落ち着かなく、ぼーっと染みの浮いた天井を眺めていたが、やはり相当疲れていたらしく、いつの間にか眠ってしまったらしい。


 どのぐらい経ったのか分からなかったが、じいさまは子供たちの歌声で目を覚ました。

 縁側には、こちらに背を向けて家主の老婆が座っている。

 老婆の目の前では、何人かの子供らが鞠突きをしながら、童謡らしきものを歌っていた。

 何を言っているのか分からなかったらしい。


 ただ、覚えている限りでは、こんな歌詞だったような気がすると言い、じいさまは不思議な節を付けて歌ってくれた。


れーてんしゃんてー

れーてんしゃんてー

ぬぎはのごがらみまりよった

ぬぎはのごがらみまりよった

れーてんしゃんてー

れーてんしゃんてー

まろうどのごがらみまりよった

まろうどのごがらみまりよった

れーてんしゃんてー

れーてんしゃんてー

かうべをたれてむまりよる

かうべをたれてむまりよる

れーてんしゃんてー

れーてんしゃんてー

ちまむりちまむれ

はこでいぎたれ

はこでいぎたれ


 何となくぞっとしたよと、歌い終わった後、じいさまは語った。


 子供らの歌声で目が覚めたのか、友人も隣で頭を上げていた。

 まだ、老婆と子供らは気づいていなかった。

 2人で胡座をかいて座り、首を回した。ゴキゴキと首が鳴ったらしい。

 そして、友人は顔を近づけて、じいさまに言った。

「さっき一度目が覚めたとき、何人かの老人がそこの庭先に集まって話をしてたぜ」

 そして、顎で子供たちが鞠突きをしている方を指した。

 やっぱり何を言っているのか聞き取れなかったらしいが、何度も出てきた単語があるという。

 「まらあど」と「まぢり」だ。

 こっちを指さしながら、何度もその言葉が出てたらしい。

 また、何度か社の方も指さしていたらしい。

 「まらあど」と「まぢり」か……。

 そして、ふと友人は子供たちの方に目をやり、こう言った。

「そういや、『れんてんしゃんてん』とかっていう単語も何度か聞いたな……」

 子供たちの鞠突きを見ながら、2人は考えていた。

 恐らく「まらあど」は、「まろうど」だろう。客人だ。

 社を指していたなら、「まぢり」は、「祭り」かもしれない。

 じゃあ、「れーてんしゃんてー」や「れんてんしゃんてん」とは一体何だろう。

 そのとき、急に静かになった。

 外へ目をやると、子供らは鞠を手に黙ってこちらへ向いて立っており、縁側に座っている老婆はこちらへ体を捻り、何対もの物言わぬ目がじっと2人を見つめていた。

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