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カフェにて~転生令嬢は人生を楽しむことにした

作者: 瀬嵐しるん
掲載日:2026/06/13


「ご覧の通り、僕は年下好みでね。

君のように女性的魅力が溢れたような人は、正直……」


わたしたちと同じテーブルに着き、今の今まで自慢話の多い自己アピールを飽きることなく繰り出し続けていた綺麗なお姉さんは動きを止めた。

そして立ち上ると「失礼するわ」とだけ言い捨てて去る。


わたしはひたすら『モグモグモグモグ』と美味しいケーキを食べ続けた。



グレーテル・ウルリヒ、男爵家令嬢、九歳。

それが今のわたしだ。

見た目だけは普通にすごく可愛らしいことを言い添えておく。


前世は令和日本の会社員、享年三十八歳の独身女性である。

人生の目標とか生き甲斐とかについては非常に淡白で、長寿にはわずかも興味がない人間だった。

行き当たりばったりと言うほどではないが、努力家でもなかった。

ただ毎日を何とか生き抜いていた人生だ。

やってみたい趣味のようなものはいくつかあったが、仕事と生活で忙しくて手が出せなかった。

それが少し心残りだ。



新しい人生で生まれ落ちた男爵家は子だくさんで貧乏。

前世でも特に贅沢を経験した覚えはないが、それと比べても貧乏で驚いた。

盛大な誕生パーティーというものは、この世界でわりと普通に開催されているらしいが、うちではそんなものは開かれなかった。

おかずが一品増えることもなく、食後にケーキなど出ない。


ただ家族全員から『おめでとう』と言ってもらえるだけ。

贅沢な食事がない分、祝いの言葉が染みることを知ったのは今世になってからだ。


この世界は異世界というものらしく、床に引きずるようなドレスを着て歩くのにトイレは水洗。

お握りも味噌汁もラーメンもあるし、丼物の種類も豊富。

でも、家庭での食事はパンで洋食が基本だ。


今居るカフェも、ケーキの種類も飲み物の種類も多くて選ぶのが難しい。

何個でも好きなの頼んでいいよと言われたから、すごく悩んで三個に絞った。


で、基本物欲があまりない貧乏男爵家の小娘が、なんで三個もケーキを独占しているかという話だが。

すべては、隣に座る軽薄そうな男のせいである。


この男、フーゲンベルク伯爵家の長男で名をジギスムントという。

ちなみに、わたしの脳内ではジギー氏と呼んでいる。

彼は大都会と言える王都でも、なかなかお目にかかれない美形だ。

しかも顔だけではない。

身体もしっかり鍛えているから、隙の無いイケメンである。

見た目だけは。


頭は悪くないのだろうが、性格はあんまりよくない。

なんでそう言えるかというと、今その証明がされている最中だからだ。


伯爵家の跡取りで、顔もカラダもいいとなればモテる。

この国の貴族の婚姻相手探しはわりとカジュアルで、一対一でオープンな場所で一度お会いしましょう、っていうのが多い。

釣り書きは端折って『○○家の○○ですが婚姻相手を探しております、一度会っていただけませんでしょうか?』くらいの簡単な文面でお誘いが来る。

モテ男のジギー氏なら、そりゃもう山と来るらしい。


今のところ、その気の無いジギー氏なので片っ端から断りたいのだが、家同士の関係でせめて一度会わなければ収まりがつかない相手も多い。

そういう事情だから、相手に気に入られて『次回も会っていただけます?』となったら断りづらい。


そこでわたしの登場である。


「ご覧の通り、僕は年下好みでね。

君のように女性的魅力に溢れたような人は、正直……」


幼い娘を腕にぶら下げてきて、自分の性癖をカミングアウトするジギー氏。

お相手の令嬢はあ然とした後、次の約束などせず、そそくさと帰って行く。

残されたのは鼻歌まじりのジギー氏とケーキを食べ続けるわたし、となるわけだ。


つまり、婚約を断る口実としてジギー氏に同行し、その対価としてケーキ食べ放題。

普段、家では贅沢なケーキなど食べられないから、これは可愛いアルバイトなのだ。

振られたご令嬢に悪いことをしたとは思わない。

こんなツマラナイ男とは、早いところ縁を切るが吉である。


このアルバイトも四回目。

「また、次回も頼むよ」と気軽に言うので、バイト代の上乗せを言い出すいい機会だと思った。


「ジギスムントお兄様、家族へのお土産を注文してもいいですか?

パウンドケーキを一本欲しいのですけど」


持ち帰りだから、クリームごてごてのデコレーションケーキは要らない。

一本売りのパウンドケーキなら、薄く切り分ければ使用人の皆の口にも入るかもしれない。

さすがのわたしも、二本お願いしますとは言いづらい。


一大決心で発言したのに、ジギー氏は聞いちゃいなかった。

ほんの少し前に、店内に入って来た二人連れを凝視している。

若くてかなり綺麗なご令嬢と、保護者っぽいイケオジだ。

イケオジはそこそこ渋めでわたしの好み。


観察する間にも、店員に案内されて件の二人はこちらに近づいてくる。

それに合わせてジギー氏が慌て始めた。

ご令嬢とわたしの間に何度も視線を走らせている。



「あら、ジギスムント様。お久しぶりですね」


綺麗なご令嬢が明るく感じの良い声をかけてきた。


「や、やあ、ロスヴィータ嬢。奇遇だね」


さっきのカジュアル見合いの余裕はどこへやら。

何を焦っているのだろう?


その時わたしは閃いた。


これはきっと、このご令嬢がジギー氏の本命なのだ。

なにか理由があって、まだ踏み出せていないまま恋心をこじらせているのであろう。

いわゆる若者の繊細な心理的問題であるから、他人にはわからないハードルがたくさんあるのだ。

知らんけど。


「ご一緒してらっしゃる可愛いお嬢さんはどなたかしら?」


ん? 綺麗で感じの良いご令嬢の言葉に微妙なトゲを感じるけど、気のせい?

恐る恐る目を合わせれば、その目には小さいけれど嫉妬の炎が!

ジギー氏、これは脈ありです!


フォローしてやってもいいが、ここは本人の勝負所。

わたしはモグモグタイムを続けるのみ。


「……この子は、遠縁の家の末っ子で。

甘いものが好きだから、カフェに時々連れてくるんだ」


いや、お見合いのことを省けば事実そのままだけど、それじゃ謎が深まるだろう。

なぜ、この娘だけを特別に、わざわざ、カフェに連れてくるのか、とか。


何か言いたげな令嬢だが、どう質問していいのか困ってるように見える。

わたしの立場では、なんともしがたいのでモグモグモグ。



「ロスヴィータ、せっかくお友達と会えたのだし、少しゆっくり話をしたらどうだ?」


「……叔父様」


「ジギスムント君、私はこのロスヴィータの叔父でテニッセン家の当主をしているヴォルデマーだ。

君の連れのお嬢さんの相手を私がしても構わなければ、少し姪の話し相手をしてやってくれるか?」


「テニッセン侯爵様……わかりました。

グレーテルをよろしくお願いします」


「グレーテル嬢と言うのか。君もそれでいいかい?」


モグモグ中のわたしはコクリと頷いた。



別のテーブルで向き合った二人はモジモジモジモジ。

くーっ、かわいいねえ。

羞恥地獄を一周して、一皮むけるがよい。


「若いっていいですねえ」


ポロリと口からこぼしてしまった。

侯爵様がキョトンとする。


「……君は、いくつなのかな?」


「九歳です」


「本当かい?」


「貴族院に出生が届けられているので証明できます」


「おやおや、実にしっかりしたお嬢さんだ」


「事情があって精神年齢が高いんです。

ところで侯爵様は落ち着いてて渋くって、とってもわたしの好みなんですけど」


モグモグタイムが終了して栄養が回ったわたしは、口も回ってしまった。


「それは、ありがとう。だが残念ながら愛妻がいてね」


「そうですよねー」


妻ありてこそのイケオジである。個人的に。


「だが、がっかりすることはないよ。

私の息子は君と歳が合ううえに、見た目も子供の頃の私によく似ている。

つまり将来に期待できる。

一度、遊びにおいで。

君のような大人びた令嬢は、彼の良い刺激になるだろう」


ふむ、彼のご子息は親の期待よりも子供っぽいのか。


「うち、ド貧乏なので、ちゃんとした訪問の準備が出来ません。

裏口から入ってもいいでしょうか?」


「ん? そうかい? なかなか素敵なコーディネートに見えるが」


侯爵様がわたしの着ているものを細かく確認する。

やがて気づいたようだ。


「おや、よく見たら、庶民向けのアイテムをうまく組み合わせて高級そうに見せてるじゃないか」


「こういうのばかり得意なんです。誤魔化すのが」


さすがにジギー氏に衣装代まで請求できないので、自分で頑張ったのだ。

でも別に貧乏も誤魔化しも、恥じてはいない。

間に合わせでも間に合ったなら良しとする。


前世でも時間があったら、ロリータ・ファッションに挑戦してみたいと思っていた。

高校時代の手芸部止まりだったけれど、縫物はわりと得意で好きだったのだ。


「ちょっと手を見せてごらん」


差し出したわたしの手は、白魚とはいかない。

半令嬢、半平民の手だ。

アイロンで失敗した小さい火傷なんかもある。


「これは……自分でリメイクしたのだな。大したものだ。

ふむ、君は息子の遊び相手にはもったいない。

むしろ、妻と話が合いそうだな。

我が家で経営する店の一つに、高級ドレスをリメイクして販売している所がある。

興味があれば、見に来ないか?」


「父に相談してみないと」


「もちろんだ。

後から手紙を送るから、お父上によろしく伝えておいてほしい。

そうだな、今日のところは挨拶がわりに、この店で土産を見繕おう」


「いいんですか?」


「持ち帰りやすいものがいいな。

パウンドケーキを三本……いや五本くらいでどうかな?」


「ありがとうございます!!」


それだけあれば、薄ーく切らなくても皆で味わって食べられる。

うわあ、嬉しい!


「そんなに嬉しそうな顔をされたら、ケチなことは言えないよ」


「す、済みません……」


恥ずかしい。気持ちが完全に顔に出てしまった。


「少し安心した。子供らしいところもあるんだな」


かぁーっと頬の赤さを実感して、視線を逸らす。

すると、その先には、ご令嬢がメニューを選び、ジギー氏が飲み物を追加しても無言が続く、歯がゆいモジモジ空間があった。


ジギー氏はあまり褒められた人物ではないが、まだまだ発展途上。

侯爵との素晴らしい出会いをもたらしてくれた彼の恋を、もう少しだけ後押しすることにしよう。


「テニッセン侯爵様、わたしを家まで送ってくださいませんか?」


ずうずうしいお願いをしてみる。


「構わないが……ああそういうことか、姪の帰りを彼に任せたいのだな」


「はい」


侯爵様は店員さんにお土産の用意を頼み、支払いを済ませるとジギー氏たちに声をかけた。


「ちょっと用事を思い出してね、私は先に帰るから、ジギスムント君、済まないが姪を送ってくれるかい?」


「え? 叔父様!」


「何か不都合だろうか?」


「私は、ロスヴィータ嬢さえよければお送りしますが」


「せっかくの機会だ。ゆっくり話をしたまえ。

グレーテル嬢は、私が送っていくから」


「はい、わかりました」


ご令嬢はちょっと考えた後、少しだけ腹を決めたような顔になった。

頑張れ頑張れ。最初の一歩を踏み出すんだ若人たちよ。



馬車に乗ってからすぐ、侯爵様が声を上げて笑い出した。


「なにか可笑しかったでしょうか?」


「いやもう、君が彼らを見る目が、うちの母が孫を見る目とそっくりで」


確かにそんな気持ちもあったけれど、そんなに笑われるとムッとしてしまう。


「君はジギスムント君の女除けのアルバイトでもしていたのか?」


侯爵様は機嫌を取るように話題を変える。


「はい。カフェで美味しいケーキ食べ放題と言われたら、逆らえなくて」


この世界にはなんでもあるけれど、わたしにはまだ、それを手に入れる力はなかったから。


「あの様子だと、彼らがうまくいったらアルバイトは終了だろう?」


「侯爵様のリメイクの仕事をさせていただけるようになれば、そのほうが将来にもつながると思いますし」


「ふうむ、よい心がけだが子供らしくはないかな」


「それに、年下趣味なので君とはちょっと、なんていうのをいつまでも続けていたら悪い噂でフーゲンベルク伯爵家に被害が及ぶかもしれません」


ジギー氏はわたしを連れて見合い現場に来たが、わたしが交際相手だなんて一言も言ってない。

本人は言い逃れできるよう、一応言葉を選んでいたのだ。

けれど、噂はそんなこと忖度してくれないし尾ひれがつくこともある。

実際に、本命のご令嬢に噂は届いていて、彼女はそれを気にしていたのだ。

本命さんに現場を見られたのだから、ここが年貢の納め時だろう。

……納められるといいのだけれど。



家のそばで馬車から降ろしてもらった直後、珍しく早い時間に帰って来た父とばったり会った。

父は王城で文官をしており、辻馬車で帰ってきたところだ。


「お父様、おかえりなさい」


「ただいま、グレーテル。

さっきテニッセン侯爵家の馬車とすれ違ったが、このへんを通るなんて珍しいな」


「実は侯爵様の馬車で送っていただいたんです」


「え? なんだって? いや……詳しい話は家で聞くか。

それより、なんだか重そうな荷物だな」


「お土産にパウンドケーキをいただいたのです」


「話を聞くのは怖いが、ケーキを食べるのは楽しみだ」


なかなか食べられないが、家族一同甘いものは好きだ。

お父様がパウンドケーキの包みを持ってくれたので、彼の持つ鞄と交換する。

嬉しい中身だけれど、やっぱり重いので助かった。


「わたしがご迷惑をおかけした、とかいう話ではないので安心してください」


「お前は年齢以上にしっかりしているから、心配はしていないよ」



小さな家に帰れば、皆が「おかえり」と出迎えてくれて、お土産の話をすればわあっと盛り上がった。


前世の記憶があることも、家が子だくさんの貧乏であることも全部、わたしの幸せの理由だと今は思う。



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続きを!ぜひ続きをおねがいします!
侯爵家の奥様と仲良くなりつつ、リメイクの仕事をする話、読みたいです。 楽しみにしています。
面白かったです 続きが気になるので連載お願いします
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