8.レーツェル
館に入って、ひと息つこうとハーブが入った缶を戸棚から取り出していた時だった。
「そう言えば。レーツェルさんはなぜいつもフードを被ってヴェールをしているんですか?」
「――――…………」
答えられなかった。
彼からすれば、当たり前の疑問だ。彼と会ってもう1ヶ月と1週間ほどになる。実際しっかりと話をするようになったのはここ1週間ちょっとの間だけれど。
その間、私は必ずフード付きのローブを着てヴェールをしていた。屋内だろうと室内だろうと関係なく。
けれど、これは私の最も守るべき秘密だ。他人にもう二度と晒すつもりはない。
本当のことは言えない。けれど、嘘を吐く気にはなれずに私はヴェールの下でそっと目を伏せた。
「……人に見せられるような、容姿をしていないのです」
「そうなんですか?」
「はい。昔容姿でからかわれたことがありまして。それもあって、他人に顔を晒すのに抵抗があるのです」
そう言うと、彼は「すみません、嫌なことを聞いてしまいました」と申し訳無さそうに謝ってきた。
気にすることはありません、と伝えてそっとヴェールに手を触れた。
嘘は言っていない。私の容姿は、人と異なる。人間は、異質なものを気味悪がって排除したがる種族だ。
黙り込んだ私が落ち込んでいると勘違いしたのか、少し慌てたように彼は言葉を続けた。
「レーツェルさんは街の人々から自分がなんて呼ばれてるか知ってますか? 《星詠の魔女》だそうですよ!」
「……《星詠の魔女》?」
どのような経緯で付けられた二つ名か見当がつかない。
「はい。星鈴館で真実をピシャリと言い当てる姿が、すべてを見通す星を詠んでいるみたいだから、星詠の魔女だそうです」
「……天文学などとはまったく異なる手法なのですが」
私が使うのは魔法。星を読んで今後の予測をするのが天文学であり、天文学とは過去に積み上げてきたデータを解析し現在と照らし合わせたうえで予測をする学問だ。
魔法と一緒にしては双方の先人に怒られてしまう。
「そんな大層な二つ名、要りますか?」
「二つ名なんて格好良いほうがいいじゃないですか。《星詠の魔女》、なんだかミステリアスでよくないですか? レーツェルさんの雰囲気にも合っているし――」
――にゃおん。
「えっ?」
突然どこからか猫の鳴き声がした。キョロキョロと部屋の中を見回す彼だけれど、猫の姿は見つけられない。
「……どうやら魔法生物の猫から、報告すべきことがあるそうです」
「……魔法生物の猫って言い難くないですか。名前付けましょう。猫ちゃんはノワルなんてどうですか? 鴉さんはトワルで、対みたいな感じにして」
「今ですか??」
たった数秒で猫と鴉の名前が決まってしまった。突然すぎるし、早すぎる。確かに、前名前を問われて『ない』と答えたけれど。これは、その時から考えていた感じだ。
こほん、と咳払いして、脱線した話を戻した。
「早速、男を差し向けていた依頼人が見つかったそうです。ですので、やり返しにいきます。倍返しどころか5倍にして返してやろうと思います」
「えっ」
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猫、改めノワルから伝えられた地点に2人揃って向かう。彼も私も不自然にならない程度に武装した。といっても、彼は腰に佩いた長剣に加えて、何かあった時用に短剣を太腿に固定。私はちょっと多めに魔法が刻印された魔石をポケットに入れている。
「ノワルちゃん、仕事早いですね」
「そうですね。鴉……トワルと連係して情報収集をしているので、怪しい人間がいればすぐに発見できる上、視覚と嗅覚、聴覚を使って情報を集めやすいようです。……ああ、ここですね」
そこにあったのは何の変哲もない煉瓦造りの2階建ての建物。少し離れた、建物から死角になる位置で立ち止まると、すくそばの曲がり角からノワルが現れた。トワルも一緒だ。
そうだ、忘れないうちに言っておこう。
「あなたたち。エーリヒ様が名付けをしてくださいましたよ。あなたがノワル、あなたがトワルです」
「「!!」」
それを聞いた2体の動きがピタリと止まった。2体で顔を見合わせるような仕草のあと、嬉しそうに彼の足に擦り寄り始めた。現金な魔法生物だ。
彼もデレッと顔を緩めている。緊張感がまったくないのは良いことか悪いことか。どちらにせよ、やることは変わらない。
「では、確認です。エーリヒ様、ノワルが撹乱を、トワルと私が大元を叩きます。しっかり呪いをぶち込んできますね」
「レーツェルさん、口が悪いです」
ツッコミは知らんぷりをして、小さく手を叩いた。
「では。参りましょう」
「?! し、侵入者――」
「誰だ……うわあああッ!!!」
「コイツ、魔法使いかっ! 近付いて無効化を……」
「無理ですッ、隣に剣士がいます!」
阿鼻叫喚の通路で、電撃魔法を連発した。当たった男は筋肉の収縮、呼吸困難で床に倒れ込む。
「……これ、ほぼ俺いらなくないですか?」
「いえ。近付かれると困るので、いていただくだけで助かります」
「そういうもんですか?」
「そういうもんです」
最早恒例となりつつある会話のリレーをしていると、何やら金属製の大きな扉の部屋を見つけた。必死になって邪魔をしてくるところを見ると、当たりのようだ。彼も同じことを考えたらしく、腰を落として警戒態勢を取った。
「多分この先な気が」
「おそらくは」
扉を僅かに動かし、出来た隙間から中を覗く。中には武器を持った男たちがおり、その奥に今度は精巧な彫刻が施された扉が見えた。
「あの先ですね」
「そうですね。……では、お願いします」
頷き合い、扉を開けると同時に彼とノワルが飛び込んだ。注意が彼に向いた一瞬の隙を突いて、私は魔法で男たちの頭上を飛び越える。トワルはずっと私の肩上にいる。
こちらへ向いた男は電撃で痺れさせ、扉に手を掛けた。鍵も掛かっておらず、それはあっけなく開いた。
扉の先は下へ続く階段で、蝋燭だけが通路を照らしている。
いかにも、頭が回り、かつ臆病な人間が考える〝安全な〟場所だ。
階段を降りきり、扉を開けて進んでいく。たまに罠が仕掛けてあったけれど、瞬間的な《未来予知》ですべて避けた。
水晶がなくとも、精度は落ちるものの占いはできるのだ。
3枚ほど扉をくぐった先に、奴はいた。両脇をガタイのいい男に固め、その間で机に足を掛けソファにふんぞり返っていた。私が現れると、奴は顔色を変えて叫んだ。
「なぜここまで来ている?! あの人数を突破出来るはずが――」
「……煩いです。よくもまあ、嫌がらせをしてくれましたね」
ノワルとトワルによると、この男がゴロツキに私を襲わせようとした犯人だ。襲われたが最後、貞操の危機はもちろん奴隷堕ちという人権の危機にもあっていたことだろう。断じて、許すわけにはいかない。
なおも唾を飛ばして喚く奴の指示で両脇の男が動いた。私を捕まえようと近付いてくる、が。
「「――ゴボボボボッ?!」」
パチリと指を鳴らし、男たちの頭をすっぽり覆った水球を生み出した。水責めも、どんな相手にも効果抜群だ。生きとし生けるもの、呼吸をしなければ死に至るのだから。
水球から逃れようと水を掻きむしる男たちの横を通り、奴の前へ立った。
「これで最後ですか? まだ居るなら早く出して下さい。ほら、早く。それとももう終わりですか?」
「ッ〜〜〜〜!!!!!」
奴の顔が真っ赤になったり真っ青になったり。これは隠し玉はないと見た。
「終わりのようですね」
「き、貴様、貴様が居なければ、うちの占い屋は――!!」
「そんなの知りませんよ。私が居ただけで潰れる占い屋なら、それは所詮そこまでの店だったということです。そもそも、お客を騙すようなことをしていたのでしょう? 自業自得です」
奴の言い分をバッサリと切り捨て、鼻で笑う。私に言われても困る。私は私の占いをしていただけだ。
さて、最後の仕上げに移ろう。
とびきりの呪いを奴に掛けるため、フードとヴェールを外した。と、それを見た奴の顔が驚愕に歪んだ。
「なっ、その髪は、その眼は……ッ」
「おや、知っているんですか? この国ではほとんど見かけることは無いはずですが」
「その、白の髪……黄金色の瞳……死を告げる一族か!?」
私の一族の二つ名が奴の口から飛び出した。
主に隣国や北の方で見かけることが多いこの容姿の人間は、見目の良さやその希少さから、収集家に人気だった。つまり、見つかると即捕まって売り飛ばされる。
私も何度か捕まりかけて、そのたびに魔法で切り抜けてきた。
「その驚きぶりからして、知って襲ったわけではないようですね」
「な、なぜ、貴様のような種族が、普通に過ごしている……普通は、隣国で奴隷として――」
「煩いです」
トワルが奴の目を突いて、奴の言葉は意味のなさない叫びへと変わった。
煩い。好きで奴隷に堕ちた訳ではない。勝手に価値をつけた人間たちがこぞって手に入れようとしているだけだ。私たちの意見などどうでも良いとばかりに舌を切り取り、見せ物にする。
「私は会ったことのない血縁がどうなろうと、あまり興味はありません。ですが、今はとても不愉快です。私の身体は私だけのもの。他人が所有する前提で話をしないで下さい」
魔力を眼に集め、まだ目を押さえて叫ぶ奴へ向き直った。
この黄金色の瞳は強力な魔法の媒介になる。所謂、魔眼と呼ばれるものに相当する。ヴェール越しでは威力は半減してしまうが、今の何も遮るものがない状態ではその効果を十全に発揮する。
「さようなら。終わらない悪夢の中で、逃げ惑ってくださいね」




