7.母と呪い
「…………」
館の目の前で泡を吹いて気絶している男3人を見て、彼は何とも言えない表情をしていた。この男たちは例の如く嫌がらせをしに来た同業者の手の者だ。
ピクピクと痙攣して白目を剝いている男たちの上には黒猫と鴉が交互に飛び乗って遊んでいた。
「……これ、何が起こってるんです?」
「一言で言うと、〝呪い〟です」
「のろい」
「はい、呪いです。館に害をなそうとした人間を対象と見なして呪いを掛ける魔法を結界に組み込みました。上手く発動して良かったです」
「…………」
拘束魔法で男たちを拘束して、最初の時のように路地の入り口に転がしておく。ちなみに、男たちのそばには油壺があった。
「……レーツェルさん。何の呪いか、訊いても……?」
「悪夢を見せる呪いです」
「あくむ」
「具体的には、対象が一番恐れる相手がひたすら追いかけてくる夢ですね」
「ヒェッ」
想像したのか、彼の顔が引き攣った。
単純だけれど、一番効果がある呪いだ。どれだけ逃げようと、追いかけてくる己の人生において二度と会いたくない存在。どんな巨漢であろうとこれには敵わない。
ふわりと吹いた風がヴェールを揺らした。この魔法を初めて使ったのはいつだったか。最後に使ったのは数年前だったような気がする。
「直接館に嫌がらせをする相手はこれでどうにかなりますね」
「悪評を吹聴する輩はどうするんですか?」
「それはこの子たちに任せます。呪いが上手く発動したので、もう館周辺の警戒は必要無くなりました。ですので、情報収集をしてもらおうかと」
彼がいつの間にか腕に抱いていた猫を見下ろした。猫はゆらゆらと尻尾を振っている。
命じると、2体はまた建物の影に溶け込むように消えた。2体が見聞きした情報は簡単に要約されて私に伝わる。近いうちに、嫌がらせをしている同業者たちを突き止めることができるはずだ。
猫が消えた先を名残惜しげに見つめていた彼を促して、中へ戻る。
扉を閉める直前、どこか懐かしい匂いのする風が目の前を吹いていった気がして、空を見上げた。
ハーブティーやサシェにするために乾燥ハーブをロープから取っていると、彼がこちらに近付いてきた。
「レーツェルさん。あの呪いってレーツェルさんが造ったんですか? それとも誰から教わったんですか?」
「あの悪夢を見させる呪いですか? 私は母から教わりました」
確か母は祖母から教わったと言っていた。きっと、一族で受け継がれているのだろう。
「母曰く、『馬鹿によく効く気付け薬』だそうです」
「え、バカ??」
「ええ、馬鹿です」
母は口が悪かった。悪いことは悪いとバッサリ切る性格も相まって、だいぶキツイ性格に思われていたと思う。
けれど口調はキツくとも、行動は優しかった。困っている人が居れば文句を言いつつ助け、何か頼まれごとをされると憎まれ口を叩きながらもしっかりやった。
が、〝礼儀が悪い人〟や〝傲慢な人〟にはそうではなかった。
「いつだったか、昔母と住んでいたところにとある家族が引っ越してきたのですが、その方々が非常に癖のあるご家族だったのです」
「癖のある、というと……?」
「自分たちが気に入らないことがあれば、何にでも怒鳴り散らかすような方たちでした」
「だいぶオブラートに包みましたね?」
後から思うに、彼らはきっと元貴族かそれに準ずる地位にある人たちだったのではないか。貴族らしいプライドと傲慢さゆえに、私たちを平民と見下し振る舞っていたのではないだろうか。これはあくまで憶測であるけれど。
「その方たちがある日母へ言ったのです。『オイお前、光栄に思え。私たちの専属魔法使いにしてやる!』と」
「……おっと?」
展開が読めたのだろう、青年が『まさか……』という顔をしていた。
「それに母はキレまして。その場で悪夢を見せる呪いを家族にかけ、一家を昏倒させていました」
「……それ、大丈夫だったんですか? あとから酷い嫌がらせをされたりとか……」
その心配はもっともだろう。だけれど、そのようにはならなかった。
「いえ。むしろ一家の方が母を怖がっていました。幼い私はそれがとても不思議で、母に理由を聞いたんです。どうやら母は対象にとって一番怖い存在と一緒に鉈を持って全力疾走する自分を夢に登場させたらしく」
「…………」
「そのせいで怖がっていたようです」
彼が物凄く嫌そうな顔をした。そりゃあ、誰だって怖い。ナタを鉈を持って全力疾走する、白髪を振り乱して金目を爛々と光らせた女が夢に出てきて、自分の嫌いなものと一緒に追いかけてきたら。我が母ながら何という性格の悪さ。〝やられたらやり返す〟どころか〝やられたら10倍返しじゃ!〟と言わんばかりの反撃は、私には到底できそうにない。
私が母から学べたものはとても少ない。それでも、母と過ごした日々と教わった魔法は私の中で根付いていた。
「まだいくつか結界に組み込むことができそうな呪いがありますから、エーリヒ様の意見を聞いてもよいですか?」
「あ、はい。……それ、『身を以て知れ』みたいな感じになりませんよね?」
「しませんよ。母じゃあるまいし」
「え?」




