4.思わぬ提案
青年を中へ招き入れ、カウンター前の椅子に座るよう勧めた。一度奥に入って、ハーブティーを淹れて戻ってくると、青年は床に置かれた鉢植えの植物に興味津々といった様子でしゃがみ込んでいた。
「……あの。何か?」
「! いえ、すみません、見たことない植物がいっぱいあって……凄いですね、これ全部育てていらっしゃるんですか?」
「まあ、そうですね」
頬を掻きながら椅子に座った彼にハーブティーを出し、私も対面に座った。
館の入り口には〝準備中〟の札を下げておいたから、お客が入ってくることはない。
静かに話ができる環境を作り、彼と向き合った。
「改めて、お礼を言わせてください。助けていただきありがとうございました。お客様が居なければ危ないところでした」
「頭を上げてください。さっきも言いましたけど、当然のことをしたまでですよ。気にしないで下さい」
深々と頭を下げると、彼は先程と同じ言葉を口にした。けれど、そうはいかない。彼が居なければ、私は何をされていたか……考えるだけで悪寒が走る。
「それよりもです。あのチンピラ、どうして来たのか心当たりはあるんですか?」
「ええ、あります」
心配そうにこちらを見てきた彼の視線が少し鋭くなった。
「……教えてくれませんか?」
真っ直ぐな、正義感と思いやりに溢れた瞳だ。
なぜ、そんな目で私を見ることができるのだろう。私は、彼の親友を見殺しにしたも同然の人間なのに。
彼の目を見返すことができず、私はそっと視線をそらした。ヴェールのおかげで、目線がどこに向いているのか分からないことに少しだけ安心を覚えた。
「恐らく、同業者の方だと思われます」
「同業者……というと、占いの?」
「ええ。お客様は、『占い』と聞くとどんなことを第一に思い浮かばれますか?」
「ええと……」
言い淀んだ彼の視線があちこちを彷徨う。言い辛いのが丸分かりの仕草だ。
「遠慮なく、どうぞ」
「…………詐欺の、手段の1つ、だと」
心底申し訳無さそうに言われた言葉に苦笑する。
けれどまあ、その通りだ。
世間一般で『占い』と言ったらそれっぽいことをいうか、詐欺師がほかを巻き込んで占いの結果が本当になるようにイカサマして占いに依存させるか。どちらにせよあまり良いものではなく、占いに対するマイナスイメージは凄まじい。
「お客様もある程度お察しかと思いますが、占い師だと名乗る人の約半分は詐欺師です。残りもそれらしいことを言っていることが多いので……」
「そう、ですよね」
それでも、占いが当たれば『また今度行ってみよう』という気分になるのが人間という生き物である。的中率が少しくらい低くても、『まあ占いなんてそんなもん』という考えによってあまり気にされない。
「お客様は、この館のことをどうやってお知りになったのか、聞いても構いませんか?」
「大丈夫です。うちの隊の宿舎で最近よく話題に上がるんです。『物凄く的中率が高い占いの館がある』って。実際行ったって奴が絶賛するんで、みんな大体知ってます」
「ええと……そうだったんですね」
ちょっと予想と違う答えが返ってきた。てっきり、街の噂かと思っていたのだけれど……まさか、騎士の人たちの間でそんなに話題になっているとは。有り難くもあり、すこし恥ずかしくもある。
「お客様のように最近、他のお客様からの口伝てで我が館のことを知ったという方が増えまして。我が館にいらっしゃるお客様が増えると、必然的に他の占い師のお客様が減りまして……」
「あー……客を失ったことによる私怨、ですか」
何とも言えない表情になる彼。
その通りだ。こちらからすれば、ただ自分の占いをしているだけなのだけれど、相手方からすると妨害行為にしか思えないのだろう。
「私が〈星鈴館〉を始めたのはだいぶ前だったのですが、最近になって人気が出てきたことで怒りを買ってしまったようでして……」
「そうなんですか?」
不思議そうに問い返され、頷く。そっと占い1回の値段表を指し示すと、すぐに納得したようだ。
「その値段だと、初見のお客さんはただのぼったくりの詐欺にしか思えませんよね……」
「最初の方は、お客様はまったくおらず……閑古鳥が鳴き喚いているような状態でした。そのうち、ぼったくりでもいいからやってみようかな、といらっしゃったお客様が周りの方々に『ここいいよ』というようなことを広めていただけて……今に至ります」
「なるほど」
ほとんど趣味で始めたような占いだから、別段儲からなくても良かったのだけれど。今では占いの収入だけで生活できていることは、有難いと思っている。
「今は占いを好む方は私の館にいらっしゃるので、それをよく思わない同業者に少々嫌がらせを受けておりまして……今日のもその一環かと」
「……そうですか。どこかに被害を届け出たりは?」
「いえ。証拠がないですし、何より大ごとにしたくないのです」
それを聞いて腕を組んだ青年が、しばらく考え込んだ後手を叩いた。
「そうだ。じゃあ、占い師さん。俺、しばらくこの館に通ってもいいですか? 用心棒的な感じで。もちろんお金は取らないので!」
「……ん?」
「あ、仕事の方は暫く休暇をもらったのでご心配無く!」
「ええと、そうではなくてですね……?」
混乱する私をよそに、彼はニッコリと笑った。
「俺、エーリヒって言います。知ってると思いますけど、騎士やってます」
「…………」
差し出された手を凝視する。何が何だかわからない。何をどう考えたらその結論に行き着くのか。
別に用心棒など要らない。そう言うべきだったのに。けれど、私は彼の押しの強さに負けてしまって、その手を取った。
「レーツェル、です」
名を告げると、彼はとても嬉しそうに笑った。『綺麗な名前ですね。レーツェルさんと呼んでもいいですか?』と。
私は自ら招き入れたのだ。見ていると、自分の罪深さを痛いほど自覚してしまう太陽のような人を。
「……ええ、好きにお呼びください」
「ありがとうございます、レーツェルさん! 俺のことはエーリヒと呼んでください」
そう笑った彼の首には、チェーンに通された例の指輪が揺れていた。
「そういえば、聞きたいことがあったのでは?」
「あ、それはまた今度でいいです。それよりも、気になることができたので」
「……そうですか」




