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禁忌を犯す占い師  作者: 金狐銀狼


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2/10

2.想いによって生まれるもの

 それから数週間は、何事もない平穏な日々が続いていた。暫くして、魔物討伐に行っていた騎士団が帰ってくるのだと、にわかに街が騒がしくなった。


 そういえば、かの青年はその討伐に参加したはずだ。征く前に、親友に感謝を伝えられたのだろうか。

 そう考えかけ、頭を振った。私にはそれを考える資格などない。見殺しにしたのだから。



 騎士団が帰還の行進(パレード)(おこな)っている間も、その後も私は変わらず館にこもり、やって来たお客を相手に占いをしていた。

 時には失せ物を探し、時には恋愛相談を受け。変わらぬ顔ぶれに交じる新しいお客に占いの的中率に驚かれた。




 騎士団の帰還から、2日ほど経ったある日の昼。馴染みの客が帰り、一息ついているとドアベルが鳴った。

 いらっしゃいませ、と言いかけ途中で声が消えた。


 逆光の中立っていたのは髪はボサボサ、目の下には濃い隈があるのにその目だけが異様に生気に満ちている男の人。

 不審者か、異常者かと身構えたものの、よく見ると彼は数週間前に訪れた青年だった。


 そのあまりの変わりように酷く驚いた。前の明るい雰囲気はどこにもない。憔悴しきったその様子に、少しの罪悪感を覚える。


「……お客様、いかがされましたか」


 そう声をかけると、ドア前で突っ立っていた青年はふらりとこちらへ向かって一歩足を踏み出してきた。そのまま早足でカウンターの前に立つ。その間、彼は一言も喋らなかった。


 何がしたいのかがわからずに彼の行動を見つめていると、一瞬のうちに伸びてきた手が私の両肩を掴んだ。肩に指が食い込むほど強く握られて、頭の中で警鐘が鳴る。

 振りほどけない。標準体型よりも痩せている私が、鍛えている男性の騎士に力でかなう道理はない。


「っ、お客様、手をお離しくださ――」

「――して」

「え?」


 青年が零した言葉はすぐに空気に溶けて、聞き取ることができなかった。聞き返すと、俯いていた頭が上げられ私をまっすぐ見た。


「どうして……言わなかった……!!」


 絞り出すように吐き出された言葉。そのまま、彼は崩折れるようにカウンターに上半身を乗せた。掴まれたままの肩が引っ張られて身体が前に傾く。


「アンタは、知っていたんだろ……?! だから、あんなこと……知っていたなら、なんで、なんで…………」


 机の上に置いた水晶に雫が落ちる。鼻を啜る音と嗚咽だけが館の中にあった。


「…………」


 私は何も言わなかった。ただ、静かに彼を見下ろしていた。


 悲しみに暮れるお客に怒鳴り込まれたことはこれは初めてではなかった。当然だ。勘がいい人であれば、私が何を予期して〝アドバイス〟をしたかなんてすぐに分かる。

 彼らは私のもとへ来て、泣き喚いて、恨み言を吐いていく。なぜ、どうして、を繰り返し問うて、私が何も答えないと失望の目をして帰ってゆく。


 これで何度目か。数えるのはもう辞めた。私にできるのは、ただ恨みつらみを受け止めることだけ。













 暫くして、落ち着いたのか青年の手が肩から離れた。水晶とクッション、テーブルクロスは湿っている。あとで水晶は綺麗に磨いて、クッションとクロスには洗浄魔法をかけなければならな、と場違いなことを思った。


 カウンター前の椅子に座り込んだ彼にハンカチを差し出す。


「どうぞ。差し上げますので、遠慮なくお使い下さい」

「…………すみません、ありがとうございます」


 涙と鼻水でぐしょぐしょになった顔を拭うのを見ながら、さりげなくフードを被り直した。幸いにも、彼が泣いていたことと館内が薄暗いことで髪は見られていないはずだ。



 魔法で引き寄せた布巾で軽く水晶を拭ってから、布巾とクッションと一緒に奥の部屋のテーブルの上へ飛ばした。ついでに、作り置きをしていた果実水の入った瓶とグラスを取り寄せる。


「……どうぞ、お飲み下さい。喉が渇いているでしょう」

「あ……何から何まで、すみません。頂きます」


 グラスに注いだ果実水を青年の前に置くと、少し気まずげにしながら彼はグラスを手に取り一口飲んだ。


「これ、美味しいですね……爽やかな香りもします」

「柑橘系の果物で作った果実水です。お口に合ったようで良かったです」


 泣いて少しはスッキリしたのだろうか、彼の顔は先程よりも生気が戻っているように見えた。


 彼はグラスに両手を包むように添えて、俯く。そうして、ポツポツとここへ来た経緯を話し始めた。



 魔物との戦闘で彼の親友は命を落とし、彼は帰ってくるまでその実感がなかったという。

 街に戻ってきてから、親友の死を実感し与えられた宿舎の部屋で放心状態で過ごしていた。しかし、ふと出発前にかけられた言葉を思い出し、カッとなったそうだ。


『あのアドバイスをした占い師は知っていて、言わなかったんだ』


 そう思うといてもたってもいられなくなって飛び出してきたという。



「……そうですか」

「本当に、すみません。過ぎたことなんて、貴女に怒鳴り込んでも何も変わらないのに……」


 そう言って力なく笑う彼の首には、紐に通された指輪が掛かっていた。小振りな紫の魔石が嵌め込まれたシルバーの指輪は、何らかの魔導具なのだろう。

 それを時折彼は大事そうに握っていた。おそらく、親友の形見だ。そして、僅かに妙な魔力の流れがあった。魔導具にしては、おかしな位置に纏わりついている。


「……その、指輪。お客様のものではありませんよね?」

「え、えぇ。友人のものですが……それが、何か?」

「少し、見せてもらえませんか」

「え? いや、それは……」

「見せてもらうだけで構いません、触れないようにしますので」


 頼み込んで、間近でその指輪を観察した。じっと見つめて、ようやく魔力の正体が分かった。これは、故人のものだ。

 優しい、包み込むような魔力が指輪から漏れて彼の周りを漂っていた。


「この指輪から、魔力を感じます。おそらく、御友人様のものです。死に際に、この指輪に魔力が移ったのかと」

「えっ……?」

「この指輪は、どのようにしてお客様の手元に来たのでしょうか。差し支えなければ、教えていただけませんか」


 呆然と指輪を眺めていた彼は口を引き結んだ。震える声で、死に際に渡されたのだと言った。『俺はもう駄目だから、これをやる』と。


「……そうでしたか。でしたら、御友人は強く願われたのでしょう。この指輪が自分の代わりにお客様を守ってくれるように、と」

「!」

「この指輪が魔導具としてどのような効果を発揮するのかは私は分かりません。ですが、御友人様の魔力によって身代わりの効果が追加で生じています。瀕死の傷を負った際、一度だけその指輪が肩代わりするようです」

「そう、ですか……」

「よほど、御友人様はお客様のことを想っていたようですね。これほどまでの効力は、非常に強い思念がなければあり得ませんから」


 信じられない、と指輪を凝視する彼の顔がすぐにくしゃりと歪んだ。

 聞いてみると、故人はとても魔力量が多かったらしい。


 強い思念(ねがい)によって、遺品に何らかの魔法的効果が宿ることは比較的よくあることだ。けれど、それはとても弱いもので、これほど強い効果が現れることは滅多にない。

 高い魔力と強い思いが絡まりあった結果生まれた、奇跡の産物。


「私が言うまでもないとは思いますが。肌身離さず身に付けておくことをお勧めします。必ず、襲い掛かる災いからお客様を守ってくれることでしょう」

「っ……はいっ」


 一度限りの、身代わりの効果を得た指輪。

 それを大事そうに握りしめる彼の瞳には薄っすらと涙の膜が張っていた。


 …………彼と、その親友はどれほどまでに堅い絆で結ばれていたのだろう。私には推し量ることはできない。


 彼の親友の死因は、青年を庇い負った傷による失血死。

 私が視た未来は絶対だ。けれど、そこにどんな思いがあったのかは分からない。



















 愛には様々な形がある。

 親愛。恋愛。友愛。

 人の数だけ愛の形があって、大きさ重さもまったく異なる。


 人間は愛によって生まれ、愛によって動かされる。

 それ信じている人が言うには、愛は尊く美しいのだという。



 そして、強い愛は時に定められた運命すら覆す力を持つことがあるのだ、と。

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