1.沈黙
「どうして……どうして言わなかった……!!」
怒りと悲しみがない混ぜになった瞳をした青年が、私の両肩を強く掴んで崩れ落ちた。私の目元を覆い隠すヴェールの向こうで、彼は泣いていた。
私はそれを、ただ黙って見ていた。
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私の名はレーツェル。街の細い路地の先に構えた〈星鈴館〉という占いの館で占いをしている。
建物は目立つ場所にはなく、来るのは常連か、常連から場所を聞いてやって来た人だけ。占い師も深くフードを被り目元はヴェールで隠しているという、我ながら非常に胡散臭い風貌だ。
加えて、占い1回の料金も決して安くはない。何も知らずに入った客は大体、ぼったくりだと悪態をついて帰ってゆく。それでもやっていけるのには、理由があった。
『必ず当たる』『後悔がない』
そんな、陳腐な、詐欺のような売り文句。
私が言い出したわけではなく、いつの間にか客の間でそう囁かれていた。
私のやることは単純で。澄んだ水晶に客の未来を映し出して、何が起こるかをぼかして伝える。ただそれだけ。
詳細な時間も、出来事も伝えない。たまに、小さな〝アドバイス〟を付け加えて、お客に伝える。
後悔がないように。
後で、嘆き悲しむ時間が少なくなるように。
そんな占いを、心掛けていた。
そんな日々を送っていた中、ある日、一人の青年が館へ訪れた。
館内の至る所に吊るされた乾燥ハーブや薬草へ不思議そうに視線を向けていた彼は私に促されて椅子に腰掛けた。
「ようこそ、お越しくださいました。何を占いましょうか」
「えっと。俺が武勲を立てられるかどうかを、お願いしたいです」
そう言った青年の手には剣ダコがあった。服の上からでも分かる鍛えられた身体に、相当努力家な騎士様なのだな、という印象を抱いた。
お客と私が座る椅子を隔てるカウンターには真っ赤なベルベットの布が敷いてあり、その上にクッションに乗せた水晶があった。
赤子の頭ほどのそれに手を翳して魔法を使う。ボンヤリと浮かんできたそれを見て、私は僅かに目を見張った。
「…………ええ、貴方は功を立てられることでしょう」
「ほんとですか? 良かったです!」
嬉しそうに喜ぶ青年に、そっと声を掛ける。
「…………ひとつ、宜しいでしょうか。征かれる前に、普段から世話になっている最も親しい方に感謝の言葉を告げておくことをお勧め致します」
青年は怪訝な顔をしていたけれども、すぐに頷いた。そのまま、彼は館のドアベルを鳴らし去っていった。
ひとりになった、薄暗い館の中で、目を伏せる。
「また、視えた」
的中率が異常なほど高い占い。これはただの偶然では無く、私だけが扱える魔法に理由があった。
《未来予知》
特別な血筋の者しか扱えぬ、血に起因する血種魔法。私の母から受け継いだこの魔法は、望めば魔力と引き換えに未来を視せてくれた。
時偶この魔法は、私に2つの〚死の未来〛を視せることがある。
1つが、1人が死ぬ未来。
もう1つが、その1人が助かりその他大勢が死ぬ未来。
そのままの未来と、その未来を変えた結果がわかるのだ。
そして、今回も2つの未来が視えた。
青年が冷たくなった己の親友を抱えて呆然としていた未来。もうひとつが、親友は助かるものの青年は右腕を欠損しそれ以外の戦友の躯が転がる戦場で立ち尽くす未来。
数字にすれば、20人のうち1人か18人か。
未来を変えるのには、大きな代償が伴うのだ。たった1人を救うために数十人が亡くなる。もしくは数百人か、数千人か。
誰かの大切な人を救おうとすれば、ほかの多くの誰かの大切な人を奪うことになる。
私が視る未来は確定した運命と同義であり、それを捻じ曲げることは歪を生むのだ。
失せ物の場所を教える、想い人に会うためにどこに行けばいいか、などといった小さなことであれば、その歪は無視しても構わない。時間が経てば本来の道筋に戻る、世界の修正力が働く為だと母は言った。
しかし、〚死の未来〛を変えるとなればそうはいかない。誰かが死を回避してしまえば、その歪は世界を壊してしまうほど大きなものになり得るのだ。ひとつの〝生〟によって引き起こされた歪は多数の〝死〟によって贖うしかない。
だから私は〚死の未来〛を誰にも告げない。
数字で命の重さを判断するなんて、不平等だと罵られるかもしれない。それよりも、自分の大切な人の命のほうが重いと言われるかもしれない。
けれど、私はこれを変えるつもりはない。あってはならないのだ。
私に出来ることはただ、アドバイスをすることだけ。その変えてはならぬ別れに纏う後悔が出来る限り少なくする為に。
「……ごめんなさい」
どうか。どうか。見て見ぬふりをする私を赦して欲しい。




