転生脇役くんが結婚指輪を作るお話
お嫁ちゃんをもらうことになったナダルニア侯爵家のエドアルドくんはちょっと悩んでいた。
パッパに首根っこ掴まれて連れて行かれたお見合いの席で初めましてとご挨拶したのはトルト伯爵家の末娘、マルガリーテちゃん十九歳。清楚な顔立ちに真っ直ぐな銅色の髪が似合う芯の強そうな娘さんだ。一つ年下だが凛とした雰囲気はさすが騎士家の娘さん。しっかり者で美人さんがお嫁さんになってくれて嬉しいなあ、とエドアルドくんもニコニコだ。
お嫁ちゃんの後ろにいる子供の頃からゲンコツくらわせてくる馴染みのおっさんもニコニコだ。おっさんは元王宮近衛の部隊長で現在は国軍の師団長を務めている。王宮内でバカなことして周りに迷惑かけるチビたちを締めてたおっさんがだいぶ出世したね。前髪はだいぶ薄くなったけど。お嬢さんをくださいって言った時にちょっと額に青筋浮いてたかも知れんが、両家の仲は良好で縁談はとんとん拍子に進んで行く。
順調すぎてエドアルドくんはやることがなくなってしまい、またもや暇になってしまった。
パッパもマッマも急な婚姻の準備で大忙し。婚約者となったマルガリーテちゃんも短い婚約期間での輿入れの準備に多忙を極めている。
それなのに、なぜか、エドアルドくんだけは余計なことをしないで大人しくしていてくれと全員から言われてしまった。
いや、別にいいんだけどさ、招待状リストのチェックとか普通に出来るよ? 書類仕事、苦手じゃないよ? 前世サラリーマンだもの?
暇なので婚約者ちゃんとこに顔を出したり、教会に献金ついでに幼馴染に結婚報告したり、国境線のチート様にも結婚報告の手紙を書いたりして、それでもやっぱり暇になってしまった。
そや、結婚指輪作ろ。
「なんでそれで俺のところに来た」
エドアルドくんがパッパに内緒でやってる商会の会頭はとっても嫌そうな顔をしてエドアルドくんを見た。
ちょっとタレ目の甘い顔立ちは女性ウケがとっても良い。商会の顧客のマダムたちに引っ張りだこだ。元ロマンス詐欺師の手腕すごい。そんな元ロマンス詐欺師を拾い上げて商会の会頭に仕立てた流石のエドアルドくん、自画自賛。
「女の子の好きそうな装飾品とか詳しそう」
骨折した骨も繋がったので普通に歩いて屋敷を出て歩いてきたエドアルドくんはしれっと答えた。商会のことは内緒なので誰にも伝えていない。いないことがバレたら阿鼻叫喚。
「侯爵家お抱えの商会とか宝飾職人とかいんだろ?」
「そっちは花嫁の婚礼式用の宝飾品任せてるから手一杯」
肩をすくめて答えると解せぬと会頭は眉を顰めた。
「婚礼式用の宝飾品は準備してるんならそれでいいだろ」
元ロマンス詐欺師らしくない言葉にエドアルドくんはチッチッチと舌を鳴らしました。
「それは侯爵家からだろ? 俺がお嫁ちゃんに贈るのよ。これからよろしくね、仲良くしようねって」
この世界の貴族家の婚姻では花嫁の身支度の準備をするのは嫁入り先の家だ。貨幣制度が整っていなかったころは高価な布地や金銀の宝飾品を嫁の家に贈って準備をさせていたらしい。現在では簡略化して支度金を渡すようになっているが、婚礼の宝飾品を贈る習慣は残っている。
しかし、それはあくまで家と家のやり取り。肝心の当人同士は決まった贈り物はない。婚約期間が長いとお互いの誕生日や何かの祝い事で贈り物をすることはあるが、エドアルドくんとマルガリーテちゃんの婚約期間は半年ちょっと、誕生日も過ぎてしまっていた。お家にお邪魔する際にちょっとしたお菓子やお花を贈ることはできたが、普通のお友達だって遊びに行ったら手土産くらい持って行くのでノーカンである。
「マメなこって」
呆れたように元ロマンス詐欺師が言う。
「そういうのしなかったの?」
「俺はもらう方だ」
なるほど、納得である。
「えー、じゃあ知らんのかー」
「……知らんこともないが、お貴族様の令嬢に渡せるようなもんかは知らん」
眉間に皺を寄せてしばし沈黙した会頭がそう呟いた。エドアルドくんは我ながら人を見る目があるなあ、とニッコリと笑った。
スラムの片隅に、その部屋はあった。
日の当たらぬ北側の角部屋。ボロボロの階段を登った二階のドアに鍵はかかっていなかった。
「おーい、生きてるか」
ドアを叩くが返事はない。特に気にすることもなく会頭は乱暴にドアを開ける。蝶番の壊れたドアが斜めに傾いた。
その部屋を、エドアルドくんは呆然と眺めた。
鈍い金色の花が部屋の中を埋め尽くすように咲き誇り、金属の葉が天井から垂れ下がり揺れた。ぶつかり合う金属の音が幾つにも重なり合い、波のように響く。
床の上に落ちた汚れた布の上に撒き散らされた金属の鳥の羽は、まるで本物のように横たわっていた。
会頭はずかずかとその繊細な細工を踏むことを恐れることなく足を踏み入れる。エドアルドくんもその後ろについていくが、目は金属の花園に釘付けだった。
薔薇の花に留まる今にも動き出しそうなてんとう虫さえ鈍い金色をしていた。
「おい、起きてんのか」
会頭が声をかけたのはもっさりとした男だった。
作業用だろう大きな机に覆い被さるように座っていた。のったりと振り返って二人を見る。櫛をいつから入れていないのか、もつれ合った毛糸のような髪が目元を覆い隠し、髭も伸び放題で顔立ちも分からない。
「これが金工職人のオーロだ。見ての通り腕はある。が、こいつは自分の作りたいもんしか作らねえ」
会頭が鼻を鳴らして真鍮の花園を見やる。
なるほど、なるほど、とエドアルドくんは頷いた。
「こいつの親父さんはでかい工房の腕のいい金工職人でな。親父さんに習って腕を磨いたはいいが、こいつは工房の注文通りにものを作らねえってクビになった。親父さんがいた頃はなんとかこいつにも任せられる注文を取ってきてくれたが、親父さんが亡くなってからはそんな面倒なことをしてくれる奴もいねえ。安い金物で好きなように作って場末の娼婦やガキに小銭や飯でくれてやってる」
ちなみに会頭はロマンス詐欺師時代に世話になった娼婦に頼まれて食べ物を運んでいた。放っておくと死にそうなので商人として拾われてからもなんとなく続けている。
「いやいや、これ真鍮だとしても結構な値打ちになるぞ。小銭でやり取りするような作品じゃねえよ」
エドアルドくんの目に映るのは芸術品。美術館とかにあるやつやーと内心で叫ぶ。
「親父さんのいた工房の工房主の息子に目の敵にされてんだコイツ。貴族とも付き合いのあるでかい工房でな、商人にコイツの作ったもんは扱わないように圧力かけてんだわ」
「何それ、嫉妬? ボンクラ息子の嫉妬?」
ウケるー、とエドアルドくんが笑うと会頭も肩をすくめて同意する。馬鹿らしいことだ。
「コイツはコイツでこんなんだからな、親父さんが亡くなってまともな商いもできねえのに文句ひとつ言わねえっつうか、俺、コイツの声聞いたことねえわ」
こっちの言ってることは分かってるとは思うが、と会頭は腕を組んでもっさりした金工職人を眺めた。
もっさりはもっさりしたままエドアルドくんを見上げていた。
一言も喋らないし、表情も見えないので何を考えているのかさっぱり分からない。
「『神と見えた人』ってやつかー」
エドアルドくんも腕を組んでうんうんと頷く。
障害を持ちながら秀でた才を持った人をこの世界ではそう呼んだ。本来なら教会の保護対象となり、不自由なくその才能を伸ばすことを奨励される。
この国の教会は貴族とずぶずぶなのでその辺がどうなっているのか知らんけど、とエドアルドくんは小首を傾げるともっさりがもっさりと口を開いた。
「……神と会ったことはないが、天使は初めて見た」
「よく言われるー」
ニッコリと笑うエドアルドくん。だって本当によく言われるので、否定する要素ナッシング。
え、お前、喋れたの??? と目を丸くする会頭を横目にエドアルドくんはもっさりした金工職人を眺めながら考える。
「お前、金は扱える?」
「金も銀も扱える」
「じゃあ、金で指輪作って。材料は全部こちらで用意する。宝石も使うなら好きなだけ使っていい。俺のお嫁さんになる子に贈る指輪だからね、意匠は任せるけど、造りには口出させてもらうよ」
「天使も結婚するのか」
「天使だけど人間だからね」
この天使、渾身のドヤ顔である。
そうか、ともっさりは特に興味もなさそうに頷いた。
「お前、ここ以外で仕事できる?」
何を言い出すのだ、と胡乱げな目で会頭がエドアルドくんを見た。
「道具と材料があればどこででも」
もっさりがあっさりと言う。
エドアルドくんは満足げに頷いた。
「じゃあ、俺が工房と材料用意するから、指輪出来上がったら移動して。お前の好きなものを好きなだけ作りな。面倒なことは他の人間がやるから。あ、ただし」
聖典読んどけ。
「お前、あいつをどうする気だ?」
スラムからの帰り道、エドアルドくんはご機嫌に鼻歌を歌いながらステップを踏んだ。聞いたこともない旋律の出鱈目な曲だったが、ご機嫌なことだけはよく分かった。
「ああいうのはね、好きなようにやらせてやるのが一番だよ。人の話なんて聞かないんだ、天才ってやつは」
「なら、お前が囲えばいいだろ」
面白くなさそうに会頭は鼻を鳴らす。あらお下品だわ、とエドアルドくんが笑った。
「この国じゃダメだよ。あんなのすぐに王族に持ってかれちゃう」
それほどの才能だと侯爵家の令息が断言する。
「俺が見つけたのにあいつらに取られちゃうなんてぜっったいヤダ!」
駄々っ子のようにヤダ! と言い張る二十歳の侯爵令息。紹介したのは俺だけどな、と会頭は内心で思ったが黙っておいた。
「お前こそ、あれを自分で扱おうと思わなかったの?」
ニヤニヤと笑って会頭を見る。天使だなんて二度と思わない人間くさい顔だと会頭は思った。二度と思わないってことは一度は思ったんですね、とか野暮なことは考えてはいけない。
「バカ言え。うちの主力は庶民向けの食料品と雑貨だぞ、あんなん抱えて下手な貴族に目をつけられたら商売上がったりだわ」
「へえ、いっぱしの商人みたいなこと言うじゃん、アベル」
エドアルドくんが嬉しそうに、楽しそうに会頭の名前を呼ぶ。会頭は何も言えずにぐっと押し黙った。本当に天使のような顔をしているが騙されてはいけない。
「……それにしても、なんで教国なんだ? 他国に送るにしても芸術が盛んなら他にもあんだろ?」
「ああ、うん、何年か前に神学校に送り込んだ子供が最近司教付きの修道士になったらしいからお祝い的な?」
上手に使いこなして根回ししろと。いや、神学校出たばかりの子供っていくつだよ、何やらせてんだよ、と思いながらも元ロマンス詐欺師の会頭は賢い商人に成長しているので黙った。
「それにさ、あれはさ、絶対に教国の上層部から目を付けられるよ。誰も彼もがあいつの作品を喉から手が出るほど欲しがる。囲い込んで自分のためだけに作らせようとする」
うっそりとエドアルドくんが笑う。
「でも、あれは『神に見えた人』に見えるからね、表立っては手出しできない。せめて保護している教会の方から自分たちを優先させるように圧力をかけるくらいだけど」
あのもっさりした金工職人を保護している教会などない。
「工房は修道士の実家の子爵家の名前で作らせる。やましいところは何もない。とある貴族が神に仕える息子のために腕の良い金工職人に工房を持たせただけだ。腕のいい職人が国で不自由していたから新しい土地で再出発させてやろうという善意しかない」
エドアルドくんはご機嫌に両手を広げます。清々しい笑顔はまさしく天使。
「本来ならあいつを保護すべきだった教会はなーんにも知らず、本国の上層部からせっつかれて初めてそんな職人がこの国にいたことを知るんだ! 教会の役割を疎かにして王宮の権力争いに首を突っ込み神の権威に慢心する俗物どもが慌てふためく様を見られないのが残念でならないね!」
ご機嫌に鼻歌を再開したエドアルドくんに会頭は思う。
こんな天使がいてたまるか。
宗教芸術の黄金期を作り上げた金工職人オーロは写実的なまるで生きているかのような立体作品を得意としていましたが、その晩年には絵画や石膏像など多種多様な分野にも才能を発揮させた多彩の天才です。
パトロンを得て教国に工房を持った彼は繊細で緻密な金細工により多くの聖職者たちから高い評価を得ます。教国の工房稼働からわずか三年でその作品は教皇へと献上されました。当時の教皇は彼の作品をことのほか寵愛し、彼は一躍時代の寵児となります。その後も優れた作品を多数制作し、オーロは宗教芸術家としての確固たる地位を確立します。
特に彼が評価されたのは天使を模った作品で、そのモチーフは彼の作品の至る所に散りばめられています。後年まで作り続けられたオーロの天使像には顔立ちに共通点があり、モデルがいたのではないかと言われていますが現在までその存在は確認されていません。
オーロの作品の多くは教会の所蔵となっていますが、晩年の名作である石膏像「林檎を齧る天使」は国宝として国立美術館に収蔵されています。
この度の展示では多彩の天才オーロが「林檎を齧る天使」に至るまでの作品の遍歴を丁寧に辿っています。
金工職人オーロとしての最初期の作品と言われるナダルニア侯爵夫人マルガリーテの指輪をはじめとし、今まで公開されることのなかった個人蔵の作品も多く展示されます。
各所の多大なるご尽力によりこの展示が実現したことに感謝を申し上げます。
『オーロ展〜多彩の天才の歩む道〜によせて』




