5
〈今、移住者を募集しています。移住を希望しますか?〉
そんなセリフが聞こえた。移住者募集のCMを流しているなんて珍しいな、と泥酔した頭で思った。
そんな勧誘じゃ応募者集まんないんじゃないの? なんて思いつつ、いいなぁと感じながらも、無理だろというのが正直なところだ。
酔っ払ったぼんやりとした思考の中で素直に答えた。
「移住できるかは、移住先の条件によるなぁ」
都市部でしか生活したことのない自分では、買い物や通院、交通の便が不便になるだろう田舎では、多分暮らしていけない。
〈条件とは?〉
考えを見透かしたような質問だ。どんな場所なら移住できるか、か。
「そりゃあ、いろいろあるよぉ。まず移住先の生活のしやすさだよぉ。家賃や物価は安い方がぁいいなぁ。安全性もぉ、ちょ~じゅーよー。人もぉ、動物もぉ、危険がないのは大前提ーだよねぇ」
田舎あるある(?)と言えば、熊が出たとか、スズメバチがーとか、蛇がーとか、生き物はやっぱり危険だよねぇ。虫もいやだなぁ。周りに人が少なくて空き巣や痴漢が多いとかも聞くかも? そういうのは顔見知りが多くて少ないんだっけ?
とにかく安全は重要だ。家族が亡くなって頼れる人もいない人間にとっては、安全は何よりも重要。両親の残した保険金を狙う厄介な親戚もいるから、高くてもホームセキュリティーは妥協できない。ちょっと無理してでも、セキュリティーばっちりの所にしなきゃね。
酔っぱらいの頭には、自分以外誰もいない部屋で返答があることへの違和感など全く気付かず、ペラペラと話し始めた。
〈栽培用の土地を含め住居を提供するため費用はかかりません。安全は保障されます。移住しますか?〉
「安全以外もぉ重要でしょー。ネット環境がぁあるかとか~。調べ物とかができないと、ねぇ?あとは~、通販可能な地域かとか~」
田舎暮らしだと買い物が難しくなるから、最後の砦は通販でしょ?
近くにお店がなくても、ネット通販できれば何とかなる。通販サイトを見ていると、離島などで通販できないケースがあるから、通販できる地域かどうかは重要だね。だから離島とか、北海道や沖縄など、通販が難しい土地はダメだな。
〈ネット環境およびネット通販が可能であれば移住しますか?〉
「うぅ~ん? 後はぁ生活の足ぃ? 小型でいいからぁ車、かなぁ。日々の買い物用に軽自動車にぃ、近所の移動の足でアシスト付自転車ぁ?田舎ならぁ、軽トラもぉありかー」
現在のお給料と毎月の貯金では、車なんて用意できるわけないし、ローンは嫌いだ。病院は、持病がないから薬などをしっかり準備しとけば、とりあえずどうにかなる。ネットと通販と車があれば……いや、だめだ。大事なものがあるだろう。
「家がぁいるぅ。家はぁ防犯しっかりしててぇ。一人暮らしだからぁ、危ない人とか危険なものがぁ、入り込めないようになってないと不安かなぁ。あ~田舎だとぉ虫も気になるなぁ。自宅に虫はぁ許せない~~」
虫、Gもダメだけど、ムカデとか毛虫とか蜘蛛とか、そうそうスズメバチとか、気持ち悪い虫も危険な虫も、全部無理。こうして考えると、私に田舎暮らしムリじゃね?
〈ネット環境およびネット通販ができ、車があり、広めで危害を発生させる可能性のあるものが入り込めず、安全であっても拒否したものは入れない、広めの土地付きの家があれば、移住しますか?〉
「それだけあれば大丈夫ぅ、じゃない?」
〈それでは移住しますか?〉
「うん~。移住、するぅ」
酔っぱらいのふわふわした気分で、この条件なら移住したいなぁと思った。
〈住居の希望はありますか?〉
「希望~?もちろんんん、あるよぉ。貸倉庫にぃ入れっぱなしの家具や形見の品をおけるくらい広い家に住みたい」
今の給料だとセキュリティー重視したら、広さや設備は犠牲にせざるを得ず、仏壇や家族の大事にしていた物すら貸倉庫に入れっぱなし。だからもう少し広い所に住みたい。
「台所も、広い方がいいなぁ。憧れのアイランドキッチンかぁ……カウンターキッチン。コンロも……2口以上欲しい。大きなオーブンや鍋も洗える食洗器なんて憧れる……」
今は一口コンロで、しかも電熱線。冷蔵庫すら備え付けの小さいもので、まともな調理家電はレンジのみ。広々としたキッチンは憧れだ。
楽しい空想の移住生活を思い浮かべていたら、意識が眠気に支配されだしてきた。楽しい気分のまま、うつらうつらと答える。
「……居間と寝室は別にしたいし……、トイレと……風呂も別がいい。ウォシュレットも……欲しい。洗濯機は乾燥機能がついててほしいな……」
ワンルームだから居間なんてないし、トイレと風呂も一緒の狭いユニットバス。縦型の一番小さいサイズの洗濯機で乾燥機能はない。
「田舎ならぁ、買い出しも……難しいだろうから……大きな冷蔵庫と…………冷凍庫が欲し……かな。パントリーも……。地下室とか、夢が広がリング」
地下のワインセラーとか、どこの豪邸仕様だ。自分で自分の希望の荒唐無稽さがおかしくなってくる。
「友人…が来た時に……泊められる客間…………、収納はたっぷりがいいなぁ……。書斎なんて、あると最高……」
夢のお家。そんな家があったとして、いったいいくらかかるものか。宝くじが当たったら考えてもいいかもしれないけれど、維持費がすごすぎてすぐ売ることになるかも。自分の語る夢にクスクス笑ってしまった。
「ル〇バ欲しい……。広いお家には……お掃除ロボットが必須でしょ~」
ル〇バ買うなら猫ちゃんも。ル〇バに乗って遊ぶ猫ちゃんが見たい。
「スローライフなら……農機具や種や苗もいるかぁ」
〈種や苗に希望はありますか?〉
「スーパーで売っているような品種? もしくは地元の特産品のものかなぁ?」
半分以上寝落ちしながら、夢うつつに答えていた。
〈他に希望はありますか?〉
他には……そう、田舎より何よりも。
「貸し出している実家に……、いつか住めるようになりたいな……」
泥酔しすぎて、半ば眠りかけながら答えていた。
本当は貸し出しなんてしたくなかったけど、私一人じゃ維持できなかったし、何より厄介な親戚に狙われていたから、人に貸すことで回避したのだ。貸し出されている家に住まわせろとか言えなくなるし、住居がわからなければ押しかけても来れない。だから実家を貸してアパートに暮らしている。でも家族の思い出のある実家に、いつかは戻りたい。
〈所持している建築物は同時持ち込みできませんが、条件を満たせば移築可能とします。他に希望はありますか?〉
移築可能って、田舎に移築するの? ハハ、それは良いかも。
あの場所に思い入れはあるけれど、厄介な親戚が訪ねてきそうな場所から新しい場所に移動できるのなら、それは良い。ああ、でも。
家もお金も何もいらないから、ただ家族に帰ってきて欲しい。寝落ちながら私が願うのは、ただそれだけだった。




