4
衝撃が冷めやらず、半ば無意識のように書斎へ戻ってきていた。あまりの衝撃に、どうやって戻って来たかよく覚えていない。
豪華な椅子の上で頭を抱えていた。つるりとした手触りが、髪がないのは夢でも幻でもないことを嫌でも感じさせる。なぜ、どうしてとぐるぐる考えていたら、思わずつぶやいてしまっていた。
「なんでこんなことになってるわけ? というか私は一体どういう状況なの……」
視界の端で何かが光った。
何だろうと目を向けると、机の上にあった平べったい黒い物質の表面に明かりが灯っていた。明かりがつくと、ますますタブレットPCのような見た目だ。
何が起こっているのかと恐る恐る覗き込んだら、何やら文字らしきものが浮かび上がっている。文字に目を通すと、こんなことが書かれていた。
『極度の衰弱状態及び栄養失調により生命維持に支障が発生』
分っていますけれど? と、思わず言いそうになった。
いや、そんなことは重要ではない。なぜ今こんな情報を表示したのかだ。
思い当たるのは、直前に私が発した言葉。私の状況はどうなっているのかという言葉だ。まるで返答のように記述が現れたように思える。言葉に反応しているというのなら、と聞いてみることにした。
「ここはどこ?」
画面の表示が変わって、見取り図のようなものが表示された。見取り図の中に●があり、私の今いる場所を表しているようだ。確かにここはどこの答えだけれども、そんなのが知りたいわけじゃないのだが。
「なんて場所?」
『書斎』
違う、そうじゃない。私が知りたいのは地名とかそういうことだ。そこまでミニマムな場所の名前が聞きたいわけじゃない。
「ここはなんて建物? 建物が立っている場所の地名は?」
『……』
反応がない。応えられないのか、回答がないのか。
う~んと少し悩み、聞き方を変えた。
「この建物の持ち主はどこにいる?」
『書斎』
うん?? どういうこと?
「持ち主はこの部屋にいる?」
『存在している』
「私以外にこの部屋の中に誰かいる?」
『存在しない』
「この建物の持ち主の名前は?」
『樋口亜希子』
それは私の名前である。正直、意味が分からない。この建物が私の持ち物だとか、何か騙されているとしか思えない。まずこんな物件を購入した記憶なんてない。そもそもそんなお金なんて……そこまで考え、ハッとした。
「貯金は!?」
もしや知らぬうちに買ってしまったのか!? と、通帳を確認しようと周りを見渡したが、そんなものは見当たらない。
ダメもとで机の引き出しを見るが、やぱりない。
お金はある。豪邸を購入できるほどではないが、それでも結構な金額のお金が口座に入っている。亡くなった家族の保険金や慰謝料で、どうしても使えずにずっと銀行に預けっぱなしのお金だ。まさかそれを使ってしまったのか。
確認したくても通帳がないから分からない。ネットバンキングに登録していないから、通帳以外で確認できないのだ。
焦っていたら、タブレットに記載があった。貯金金額が記載されている。利子などで多少額が増えているので正確な数字はわからないけれど、記憶している金額と大きな差異はなさそうだった。
タブレットよ、なぜそんなことを知っているのだ。
会社から振り込まれる給与口座と、保険金などを入れている口座は分けているが、金額はまとめた額だった。
給与口座は利便性のためにネットバンキングにしてあるけれど、保険金が入っている口座はしていない。口座の銀行も違う会社にしているから、両口座の金額を知りえている人はいないはずなのに(財務省は知っているかもしれないけれど)、なぜ合計金額が表示されるのだ。
すごく不気味だ。
しかしお金は無事ということは、この物件は一体?
色々考えても全く分からない。
「前の所有者は?」
『……』
「ここを建てた人は?」
『……』
「購入費用は?」
『……』
「この物件を所有するにあたり、何か費用を負担する必要は?」
『……』
「ここを所有し続けるにあたりかかる費用は?」
『……』
何も回答がなく、正直困る。
ある日いきなり代金払えだとか、固定資産税を払えとか言われたら困るんだけど。かといって、ここを所有しているのだとして、所有した理由を知らずに売り払った後に不都合が判明とかしたら困るし、ここを手に入れた経緯を知らないと怖くて処分もできない。
ホント困る。
なんか書類とか残ってないだろうか?
机の引き出しを全て確認したが、何も入っていない。建物の中を一度確認したら、他の部屋に重要書類があるかもしれない。確認に行ったほうがいいだろう。
一旦、タブレットに知りたいことを聞いてから、調べに行くとしよう。まず聞くことは……
「身体が縮んでいるのはなぜか?」
タブレットに答えがあるかはわからないし、一番に聞くようなことじゃないのかもしれないけれど、どうしても聞かずにはいられなかった。
『身体の再構成に必要なポイントが不足したため。再構成は使用できるポイントで再現できる最大値のサイズになっている。体のサイズを優先したため、生命に関係ない部分の再生は除外された』
待って。再構成されたとか、不穏なワードがあるんだけれど。身体の再構成って何? 私のこの身体は元の身体ではないということ?
「……なぜ再構成したのか?」
私は死んだの? と言いそうになって、どうしても抵抗があり、別の聞き方にした。というか、サイボーグというものなのか?
『界を超えるには生身では不可能であったため、肉体の再構成が行われた』
全く意味が分からない。
「界を超えるとは?」
『異なる二つの世界の物質その他の行き来を意味する』
文字を読んで、思わず無言になってしまった。
机に肘をついて手を組み、頭を載せる。しばし目を瞑りながら意味をかみ砕いて考えたが、どうしても出てくるのは荒唐無稽な言葉ばかり。
異世界転移というものか……? アニメか漫画でもあるまいし、そんな馬鹿なと思うけれども、タブレットの記載を信じると、何度考えてもその結論になってしまう。
いや待って、なんで異世界なんかに来ているの? 酔っ払って愚痴をこぼしていただけで、気づいたら異世界とか、ありえない。……うん、ありえないね。
もしやドッキリ、とか? それにしては身体が縮むというのは荒唐無稽にすぎるけれども。身体が縮んでいることを除けば、ドッキリですと言われたら信じる。髪を剃られたり、ガリガリにされたりして激怒案件だけれども、異世界というよりは信じやすい。
こんなことを考えている時点で、異世界というのを信じそうになっている自分が嫌だ。
「ここは故郷から見て、異世界?」
『異界になる』
「なぜ界を超えた?」
『移住に同意したため』
移住に同意したとか、どういう……。そこまで考え、すごく引っかかるものがあった。
んん? 酔っ払って愚痴をこぼしていた時、移住がどうのといった言葉を聞いたような……。酔いつぶれて愚痴をこぼしていた時の記憶を思い返していた。
二日酔いになりそうなほどぐでぐでに酔ってはいたが、幸か不幸か酔って記憶が無くなるタイプじゃないため、割としっかり記憶している。やけ酒して泥酔していた時、確かにそんな話をしたぞ!?
えっと、たしか……




