姑
【長女】
「…どうか神様、神様が本当に存在するならば
あのクソババァが1日でも早く天に召されますように。」
朝と晩、1日2回。
私のお祈りは日課になっている。
祈る内容は毎回同じ。
誰だったかしら、100%成功する雨乞いの巫女は祈るのを辞めないから成功するって話。
なら、私は私の運命を諦めないわ。
ぞわり。
暗闇の中で影が動いて見えた。
…そんなことある訳ないわね、疲れているのかしら。
娘が遠方に嫁ぐことになり慌ただしい日が続いているから仕方のないことかしらね。
南方の田舎王家だが王家に名を連ねる事になる。
離宮に入ったらでて来られないなどと駄々を捏ねているようだが王族が簡単に外に出られる訳無いじゃない。
あの子には自覚をもって貰わないと。
うぞうぞと足側の壁際を蠢いている影は気になるがどうやらいつの間にか眠ってしまったみたい。
朝になり影のあったあたりを見たけどやはり夢だったのかなにもなかった…
苛々する感情を以前は息子の嫁にぶつけて居たけど離縁して逃げ出してしまったのよね。
産まれた双子の長女は残させたが直ぐに家を出て寄宿学校に入ったまま寄り付かなくなってしまった。
近くにいるならサンドバッグに出来るのに。
小さな頃から思い通りにならない事が嫌いだった。
『小さなお姫様』それが私の称号。
私の指示は絶対だった。
最初は姉の持ち物だった。
ドレスもアクセサリーも姉が持つものは素敵に見えて奪わずには居られなかったわ。
最初は抵抗していたが段々諦めたのか最終的には私の物になったがいざ手に入れるとあんなに輝いて見えていたものが酷くつまらない物になったの。
姉が結んだ婚約も私に代わって貰った。
姉は私に婚約が代わった夜、自分で頸を切ってしまうなんて…私より良いものを手に入れるのに本当につまらない人…
私の周りで影が蠢くようになったのはそれからだったわ。
ぞわり、ぞわり…
あぁ、また影が蠢いているわ。
諌める友人を失脚させ、意見する侍女をクビにするたび影は大きくなった。
姉から奪った夫も儚くなった。
夫が勝手に決めてきた息子の嫁も気に入らないから追い出した。
やがて影は呪詛を呟くようになった。
近寄らなくなった孫の声に似ている気がした。
侍女に身支度して貰う間も睡魔が襲ってくる。
「奥様、お休みになられたほうが…」
侍女の声がけにハッとなる。
足元の私の影がぶるりと震えたように見えた。
「大丈夫よ、今日は香りの強めなお茶を用意して。」
悪い夢、何に怯えているの?世界は私のためにあるのよ。
でも。
…悪い夢は続く。
床に聖水を撒いても、護符を飾っても効果はなかった
、呪詛を呟く声は一つではなかったわ。
死んだ姉に良く似た声も聞こえた。
南方の離宮に入った娘からは他の妃からの虐めで命の危険を感じるから帰りたいと弱音を吐く手紙がきた。
なんだか最近思い通りにならない。
食事の味も紅茶の香りも感じなくなり私はベッドの住人になったが私の心配をして手を握ってくれる人は居ない、娘は離宮、息子は仕事で遠方に、孫は全寮制の学校に行ったきり。
ぞわり…ぞわり…ぞわり…
粘度の高い影は這いずるように足元に絡みつく。
『私さえ居なくなれば…』
『どうして…どうして…どうして…』
『KSBBAが1日も早く天に召されますように』
憎悪に満ちた言葉が這い上がってくる。
ずるり…
不意に足を引かれた。
身体は動かないのに身体の内側が引かれる感じがする。
上手く息が吸えない…
厭だ…
厭だ…厭だ…
認めない、これが私の運命だなんて…
何時、側に現れたのか枕元に侍女がいた。
『助けなさい』と言おうとしたがヒュッと喉の奥がなっただけ…
侍女の表情は分からない。
ただ口元が今夜の三日月より細い弧を描いた。
タイトル「婆」「姑」の2つで悩んでた。
後1話だがタイトルどうしよう