6 対峙、そして
幸せを祈ったばかりなのに······オーマイガーと嘆いて天を見上げたいが、それどころじゃない。
重雄は一か八か持っていた石をイノブタに投げつけると怯むどころか、怒を買ったようだ、ただ、狙いを此方に向けるには成功した。
曾孫二人はまだ11歳と9歳だ。
こんな所で怪我をさせる訳にはいかない、怒って矛先を重雄に変え向かって来るイノブタより先に、斜面をにジャンプし上から蹴り入れようとしたが、年老いた重雄の体力は思っていた結果と違い、足を滑らしバランスを崩して覆いかぶさる形になってしまった。
ダウンジャケットの服の袖がイノブタの牙に引っ掛かると奇跡なのか、神に祈ったせいか、イノブタの目を隠し大暴れさせる。
牙も腕を刺す事なくダウンジャケットに引っ掛かったままだ、こんな奇跡は100回同じ挑戦しても無理だろう。
もう充分に生きた、これで終わりかと生の未練を断ち切ると急斜面に足を付け力をぐっと入れた·······。
65キロある重雄の倍の体重がある様に見えるイノブタも、目を隠されて頭を振っている状態では自分が押されている事も気付かない様だ。
【プギャーピィギャァァァプゴォォ】
「ぬおおおおおおおおっ」
イノブタの怒声とほぼ同時に発した重雄の雄叫びが竹藪の間を通過する。
【ぐらり】必死で急斜面を踏ん張る重雄の気合が勝ったのかイノブタが体勢を崩し足を滑らし急斜面を滑走した。
重雄の執念が実を結んだ!
イノブタを急斜面から滑走させる事に成功するが、イノブタの牙がダウンジャケットの袖に引っ掛かったまま一緒に急斜面を滑走してしまう。
転がった勢いですぐ牙から袖が離れたがこの先は崖だ!マズイと思うが止まらない、ただでさえ重雄は高齢者だ。
【ドカン!】
イノブタが大きな木にぶつかりその身を木に預けると、グッタリと横になっているが隣を滑走していた重雄は何もぶつからなかった。
勢いは止まらずその身は崖下に落ちてしまう。
身体は彼方此方痛む、擦り傷が無い箇所なんて無いようだ。
痛いとかもう既によく分からない···· 最後に見た光景は、曾孫の光輝が身を乗り出して此方を見ている様だ。
曾孫は助かったのか?意識がはっきりしないのでよく分からない。
「ハハッ走馬灯なんて無いじゃないか。」
限界が来た重雄は意識を手放した·······。
重雄が崖下に落ちるとブゥンと鈍い音が鳴り紅い光が漏れている。
「じぃじが落ちちゃった!」
身を乗り出していた光輝が一緒の出来事に何が起こったか分からないが、ありのままあったことを口に出す。
手に持ったタケノコーンが離れてしまう。
反射的にあっと手を伸ばすと、重雄の執念の対価も虚しく小さい身体が急斜面を真っ逆さまに滑走する。
光輝も何もぶつからず止まる事なく崖下に放り出されると、ブゥンと鈍い音が鳴り紅い光が漏れる。
一瞬漏れた紅い光は宛らゲームで見たことがある魔法陣に見えた。
一人残された大輝はどうしよう、どうしよう!?と狼狽えているが、咄嗟にスマホの存在に気付くと震える手で電話帳を開こうとする。
幸いロックは掛かってなく電波も届いている。
お母さんの加奈の名前を探すが無かった。
お父さんの直樹の名前は見付け、お父さんに掛ける
プルルルル プルルルル
早く!早く出てお願いします!
プルルルル プルルルル
「もしもし?」
繋がった、直樹の声だ!安堵した矢先緊張が解けた大輝はお父さんである直樹に事を伝えようと
「じいちゃんと光輝がぁぁぁ、猪とタケノコーンがぁぁぁ」
泣き叫んで声を張り上げているから上手く伝わらないはずだが、そもそも大輝はスマホを持っていない、これは重雄爺さんのスマホからの発信だ。
只事ではない雰囲気は察した直樹はすぐ妻である加奈を大声で呼ぶ。
「フキノトウ半分超えて獲ったから神様怒っちゃったのかな」
大輝は自分の所為なのかと、泣きながらじいちゃんの代わりと言わんばかりに天を仰いで佇んでいた。