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第4章 クローズドサークル 13 火葬

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「幸嶋! 準備!」

 鮮血をまき散らす彦佐をぶる下げたハルが、目をみはるような急加速で弾丸のように飛び、後続の幸嶋へ叫んだ。

「はい!」

 地上へと降りた幸嶋は前のめりになりながら、メイド服の前ポケットから一個のリモコンを取りだした。

「でぁあああ!」

 鬼気迫る気合をこめたハルは、あがく彦佐をかかえ直し、背後の十字架の横棒をつかむと、はるか上空から広大な中庭中央あたりに急加速して降下、そのまま芝の枯れた大地へと彦佐をぶっ刺し、昆虫標本のごとくはりつけにした。

 間髪入れず幸嶋がリモコン操作すると、パシュ!という音とともに地引き網のような巨大な鉄製のネットが地面から発射され、彦佐ををおおいくるんだ。両手、両足を網に取られ、もがけばもがくほどに身動きができなくなる彦佐。

「次!」

 ハルの号令が飛ぶ。幸嶋はリモコンのスイッチを入れた。すると地表三か所が彦佐を取りかこむようにして持ち上がり、中から金属ノズルがせり上がってきた。そして消防車の放水を思わせる激しく叩きつけるような水流が彦佐に向けて射出された。もちろんはなたれているのは水ではない、ガソリンである。

「やめろ! やめてくれぇえ!」

 叫ぶ彦佐を無視して幸嶋は次のボタンを押そうとする。

「幸嶋、待て!」

 ハルが叫ぶ。鉄製の網にもぐりこみ、あがく彦佐を押さえこもうとする者があった。息をのむ幸嶋。それは片腕、片脚の男──。

「川上!」

 彦佐に血を飲まされ蛮夫と化し、日常のすべてを奪われた川上はハルと幸嶋に向けて一瞬だけ笑みを浮かべ、そして悲壮な表情で顔をゆがめ、そしてハルを見た。

「燃せ! 焼きつくせ! 朝子のように! ボクを!」

 彦佐の動きを止めつつ叫ぶ川上。おそらく、まだ人としての自覚が残るうちにと。その行為は彼なりの稲水朝子への懺悔の気持ちであったのかもしれないし、妻子や親しい友人たちを喰ってしまうかもしれないという恐怖心からくるものだったかもしれない。

「川上……」歯をくいしばり涙がほとばしるハル。「くそぅ……幸嶋、はなてぇー!」

「はい」

 次いで芝を押し上げて登場したのはやはり三門の火炎放射器の発射口であった。ゴウという低いうなりを上げて炎が彦佐、そして川上に襲いかかった。たちまち燃え上がるふたりの男。もちろん簡単にはけりがつかない。リモコンをポケットにもどした幸嶋は胃液吐しゃがいつでもできるよう身がまえ、ハルも泣きながら、のたうちまわる彦佐をじっと観察している。完全に細胞が死滅するまで彦佐は何度でも再生しつづけるのだから。

「ふん」

 ハルは宙へ駆け上り、駐車スペースへと飛んだ。死を覚悟したとはいえ炎の責め苦にもだえ狂う川上を跳ね飛ばし、わめきながらうごめく彦佐が業火に焼かれながらも地中に突き刺さる十字架をじりじりと引き抜きはじめたからである。ハルは自身のハイブリッド車に取りつくと瞬時に給油口を開き、キャップを外した。そして運転席に乗りこみ、セルを回し、車を発進させた。起き上がりかけていた彦佐に向かって一直線に。

 ハルは火だるまの彦佐をはね飛ばしたりはしなかった。ただ、前輪タイヤの下敷きにして急停車し、サイドブレーキをかけた上で回転するようにして運転席から脱出した。彼女とて噴き上がる炎に巻かれれば焼け死んでしまうのだ。

 タイヤのゴムが熱せられる不快な臭気が漂う中、懸命に車の重量に抗い、腕と脚を動かしている断末魔の彦佐。

 ボン! 小さな爆発が車両に起こった。黒煙が大きく立ち昇る。開かれた給油口の中のガソリンに引火したのだ。燃えさかる彦佐は、もはやぴくりとも動かなかった。

「春乃さま、立ち上がる炎と煙が目立ち過ぎます。通報でもされては面倒かと」

 幸嶋がいった。

「庭でお芋を焼いていたら車も燃えちゃった、とでもまひるにいわせろ」

「はあ……」

「もう少し様子を見る。まだ彦佐は、川上も完全に死んでいない」

「かしこまりました」

「なに?」

 ハルの頭の中でか細く、今にも消え入りそうな亡者の声が聞こえる。

【ねぇ、お晴さん、噓だったんだよ。なにもかも……】

「なんだ、これは?」

 戸惑うハル。ヴァンプに精神感応能力などあるはずがないのだ。

【僕は本当に河原者の子で、そう、みじめな貧乏人の子だった】

「なに?」

【大正と令和、ふたつの世でお晴さんに出会えて、僕は嬉しかった。ありがとう】

「この期におよんで、なにを、彦佐!」

【……なんてね。これも嘘だよ。命短い人間、稲水さんとせいぜい逢瀬を楽しんでくださいな。現世でね】

「…………」

【人喰い同士、僕は地獄で待ってます、ねぇ……お晴さん】

 黒煙の中で、枯れ枝のごとく朽ちてゆく彦佐。この現象がなんであったのかハルにもわからなかった。もしかしたら都合のいい彼女の妄想、願望であったのかもしれない。サングラスをかけ直すハル。また少しばかり目をうるませていたようだ。

「どうかされました、春乃さま」

「いや……いいぞ、幸嶋。スプリンクラーだ」

 大地に力強く立ったハルは、ひとつこうべを垂れ、彦佐と川上への哀悼の意を表した。

「はい、消火作業にかかります」

 ポケットから別のリモコンスティックを取りだした幸嶋がスイッチを入れると、あたり一面の地表から大量の水が噴き上げて回転し、燃え上がる車とその下で燃えかすとなった男たちをつつむ炎を鎮火しはじめた。

「川上、巻本、日下部……すまん」

 くやしそうに震える両拳を握るハル。彼女は川上たち三人を守ると約束していたのだから。なにもいえずに立ちつくす幸嶋。

「…………」

「しかし、彦佐を葬れたのは吉田のおかげだな、幸嶋」

「はい……終わりました、吉田の、おかげで」

 目尻に涙を浮かべる幸嶋。鉄製のネット、ガソリン射出、火炎放射、そして放水。この四段階の対蛮夫防御策を考案し、実践したのは執事の吉田であった。彼は負傷した稲水の体力がもどるまでの数週間、肉体労働をいとわず穴を掘り、ポンプやタンク、ボンベを地中に埋め、徹夜してこの作業に没頭していた。住みなれたこの館を、幸嶋とまひるとともに生きるこの城を、なにがどうあっても守りたかったのであろう。

「いや、まだ終わらん。吉田の仇、蛮夫Xを──」

「春乃さま、まずは地下礼拝堂の稲水さまとまひるが心配です!」

 幸嶋の言葉に顔色が変わるハル。

「いかん!」

 ふたりの女はあわてふためき、館内の地下へと飛んだ!

                               (つづく)

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