第4章 クローズドサークル 10 容疑者 X
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恐縮し、礼拝堂の片隅で直立の姿勢を固辞していた幸嶋を無理やり椅子へとすわらせたハルは、すでにテーブルに着いている一同を見わたした。
「なにをする気なんです、名探偵ポワロならぬハルノさん」
皮肉としか感じられない川上のものいいに、腰に手を置いてカツカツとヒールを鳴らしながら歩いていたハルが上機嫌でこたえた。
「いわなくともわかるだろ、川上」
「まあね」電子タバコをくわえる川上。「吸ってもいいだろ?」
「もちろん。地下だが換気設備はバッチリだからな。では、はじめようか」
──『ハル、朝子を殺した犯人がわかったのか!?』
稲水を無視してハルは言葉をついだ。
「今日はさまざまなことがわかった。まず一点目、ここにいる全員が蠱惑を知っていた。二点目は顔見知りであった。三点目としては深夜〇時前後という普通であれば証言者なんて見つかる可能性の低い時間帯に、不自然なほど整ったアリバイが全員に成立していること。四点目はおまえら三人がこぞってなにかを隠している、つまり共通の秘密をかかえているらしいこと。それから五点目、これは私の持つ情報であるが、稲水志朗が熊本で失踪あつかいされていた半年間に、警察やマスコミの人間が次々と消息を断ったという事実。この五点と、朝子が生きたまま焼き殺されたという事象から私なりにひとつのストーリーを構築してみた。まあ、推理と妄想、探偵気取りの与太話だととらえてもらって一向にかまわない」
ここでハルは巻本に目を向けた。
「な、なんだよ?」
「巻本、おまえ、この館に到着した時、まひるにこういったそうだな。『きたくてきたわけじゃない。なんでまた、こんなところに……』と」
「いったかな?」
まひるがすかさず手を上げた。
「確かにおっしゃいました!」
「そうかい、嬢ちゃん。それがなんだよ」
「なんでまたイコールどうして、だな。『どうしてこんなところに集められたんだ』巻本はそういいたかったのか? だが、こうも考えられる。本当は、こういいたかったんじゃないか? 『なんで? またこんなところに集められたんだ』と。また、ということはおまえらが以前にも、誰かに集められた経験があったということだ。確か一度だけだったよな巻本、おまえらが顔を合わせたのは」
「あ、ああ」
「警察も接点を見つけられなかった浮気男どもが顔見知りとなり、蠱惑という単語の持つ意味を共有できたのもこの時だと考えていいな?」
渋々、うなずいている巻本。そして川上と日下部。
「では日下部、その一度きりの会合は朝子が殺される前か、それとも後か、どっちだ」
「は、あ。前です」
あちゃーという表情を見せる川上と巻本。
「どうした、ふたりとも」
「いや、別に……」
「なんでもない」
言葉をにごすふたり。
「おまえらなら後だとこたえたか」
「やだな、そんな」
目をそむける川上、ゴホンとせきをする巻本。
「朝子が死んだ後なら問題ないが、前なら、おまえらのアリバイも怪しくなるからな」
眉間にしわをよせ、わけがわからないといったふうの日下部。
「その会合時に朝子殺害を計画したのなら、死亡時刻のアリバイ工作の準備も完璧にできたはずだからな」
「え? あわあ!」
あわてて自分の口元を押さえる日下部。
「まあいい。だからといっておまえらのアリバイはゆるがない。問題はおまえら五人に招集をかけた人物、仮に『X』としておくか、このXなる第三の登場人物こそが朝子を物理的に葬った人間、いや変質的な化け物だと考えられる」
──『誰なんだ、それは!』
インカムをつけたハルの耳の奥で稲水の声が上すべりしてかん高く響いた。
「正直、私にはそれが誰なのかまではわからない。わからないが、Xは蛮夫だ」
──『なんだって!』
「吉田を殺した犯人もXだと私はにらんでいる」
ガタン! 幸嶋とまひるが立ち上ってハルを凝視した。
「ヴァンプは人間に紛れこんで多数いるが、これまでの経験上、出会うのは数十年にひとりというレベルだった。今回の件では私の周囲をウロチョロとしすぎている。そうそう別の個体が登場するとは思えないからな」
「春乃さま、どうしてXが蛮夫だと思うのですか!」
「まあ待て、まひる。順を追って考えを話すから。幸嶋もがっつくな、すわれ」
誰だよ吉田って。数十年にひとりって、あの女いくつだ? 何者だよ。小声でボソボソとささやき合っている巻本と日下部。この間、なにかを感じているらしき川上は、ただうつむいて沈思黙考しているようであった。
「さてここからは完全に私の憶測となるが、まあ聞け。川上、巻本、日下部」
ハルに目を向ける三人の男。
「おまえらのことを浮気男とか、不倫野郎とか、さんざんにののしったけれど、今は少し哀れみを感じている。悪かったとさえ思っている」
「はぁ?」
どこか拍子抜けしたように口をあんぐりと開く三人。
「朝子はもともと魅力的な女には違いなかったとは思うが、おそらく彼女がおまえらに蠱惑をしかけて誘い、堕としにかかったのだろう」
──『ええ!? 朝子が蠱惑を! うう、嘘だ!』
驚愕しているらしき稲水の震える声を、聞こえないふりで聞き流し、ハルは宣言した。
「稲水朝子もまた蛮婦であった」
ぴくりとも動かず、ただ眉根をよせて顔をしかめる男たち。
「ほう……さてはおまえら知っていたな」
電子タバコをひと吸いした川上が思いきったように低い声でうなった。
「そうさ、あの女は化け物だった。さんざん夢中にさせられて、快楽の海にズブズブとおぼれさせられたあげく、結婚しました、彼に悪いから別れましょうだよ。わかる? ボクがあの時どれだけ苦しかったか。一ノ宮さん、あなたにわかりますか」
「ああ、苦しかった。いい歳をして恥ずかしいが、もだえたよ!」
巻本が奥歯を噛みしめる。
「あのころは夜も眠れなかった!」
テーブルの端を握り、力をこめる日下部。
「蠱惑が解けるまではそうだったろうな。だからいっただろ? 哀れみを感じていると。だが三年たった今はどうだ? なんであんなに耽溺したのかと、不思議な気がしないか?」
ハルのやわらかな語り口に「確かに」とうなずいている三人。
「だが当時のおまえらは朝子をどうしても手に入れたかったのではないか? たとえば、殺してでも」
「そ、そんな! 殺そうとなんて思わなかった!」
あわてふためいて声をはり上げる川上たち。
「そう蛮婦とはいえ、朝子は殺していい女ではなかった。おそらくは人間になりつつあったに違いないからな」
意味がわからないといった顔でハルを見つめる三人。そしてモニターで見ている稲水。
「蛮夫は人を喰らうことをやめればれば人間にもどれのだ。しかしそれは覚せい剤中毒者の禁断症状のごとき地獄の苦しみを味わうことでもある。結果、多くの蛮夫、蛮婦は薬物依存、アルコール依存、ギャンブル依存症などに陥り、身の破滅を迎えるケースがほとんどだ」
「……彼女、セックス依存症?」
川上が問いかけのようにつぶやいた。
「そう、朝子は稲水志朗と出会い、二年の交際期間を経て結婚を夢見るようになった。人間になろうとしたのだろう、そしてセックス依存症に堕ちたのだ」
──『そんなバカな、バカな……』
あわあわとうめいているらしい稲水。
「ところが、やがて朝子は稲水志朗ひとりのペニスでは満足ができなくなってしまった。まさしく本末転倒だが、これもある意味では純愛、純情か。哀れな女だな」
──『あ、朝子……朝子ぉ……』
稲水の声は鼻声で、涙を落としているようであった。
「おまえら三、いや五人からしたら身勝手でわがままなビッチでしかなかっただろうがな」
「あの、一ノ宮さん」
小さく手を上げる川上。
「なんだ?」
「そんなのは嘘だ、とまではいいませんが、どうしてそんなに蛮夫についてくわしいのです」
「古い文献などをあさって調べ上げたのだ。蛮夫について知らなければ、この件を解決できるとは思えなかったからな」
そつなくこたえるハル。もちろん虚偽であるが、このていどの質問は三百年もの長きにわたり生きてきた彼女には軽くいなせるものであった。川上も納得せざるを得ないようすであった。なにしろ蛮夫という妖怪変化は、現実に令和の時代で存在しているのだから。
「しかしまさしく百花繚乱、いや粗製乱造というべきか。朝子は元蛮婦の人間まがい、Xは蛮夫という前提で話をつづけるとしよう」
(つづく)
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