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第4章 クローズドサークル 4 ミステリーの女王

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「ああはいったが、彦佐の回復速度はあなどれないものがあった。稲水、いちいち朝子の浮気相手を訪問するのはやめようと思う。一気に片をつけるぞ」

「なんか、もう朝子のこと、どうでもいい気がしてきた」

 翌朝、朝食を終えたふたりは、コーヒーを飲みながら今後の行動について話し合いをしていた。

「バカ野郎、朝子殺しの犯人を捜してやるといい出したのは私だ。この私を嘘つきにする気か!」

「ハルは、まだ俺を喰いたいのか?」

「ふん、一度や二度寝たくらいでいい気になるなよ」

 顔色を変える、車椅子の稲水。

「そんなつもりは」

「冗談はさておき……」

「冗談かよ」

「おまえが過去に決着をつけないかぎり、私らに未来はおとずれない」

「未来?」

「年に一度、犯罪者を喰い、まともに働いたことなど一度もない私を支える、おまえの未来だ。悪くないだろ?」

「悪くはないが、俺は老いるし、病気にもなる。寝たきりの──」

現在(いま)を生きろ、稲水」

「今?」

「現在と近い将来だけを考えろ。遠い先のことなど誰にもわからん。私はそうやって生きてきた」

 現在を真摯(しんし)に生きていなければ、未来など開けない。三十年後、四十年後、老人になったときは、そのときは、そのときの現在(いま)の生き方を考えればいいのかもしれない。用意周到なハルは若い男を見つけ、ジジイになった俺をゴミクズみたいに捨てるのかもしれない。だけど、だけど、だけど、()()()()は誰にもわからない──。

「そうか。そうだな」

 稲水は笑顔でハルにこたえた。

「おまえの嫁を殺した犯人を見つけ、失踪した兄夫婦を捜す。その間に体を治せ。五体満足となったおまえに抱かれるのが、今から楽しみだ。私のアナルも狙うのか? どれだけエロい行為を求められるのか、想像するだに恐ろしい」

 くくくと、笑みを噛みころすハル。

「ハル……冗談はもういいよ。それで?」

 稲水は平常心を取りもどしていた。どうせハルにもらった命なのだ、ハルとともに生きよう。あらためてそう思ったのだ。

「あ?」

「朝子殺しの容疑者たち、一気に片をつけるんだろ?」

 ひとつせき払いをして見せるハル。

明後日(あさって)だ、明後日。会社員、日下部園美。中学校教師、巻本俊。経営コンサルタント、川上真一。生き残る三人の容疑者をこの館に招待することにした」

「は?」

「今、吉田が招待状を手わたしにいっている」

 そういえば稲水は、今日、吉田の姿を見かけていなかった。

「だけど、どうやって? くるかな?」

 ハルはここで、先日、青山で撮ってきた自身のポートレートを出してみせた。

「招待状にこいつをつけた。蠱惑で導かれてくることは間違いない」

「ただの写真で?」

「当然だ。以前、まひるの希望で、一緒にプリクラを撮ったことがあってな」

「プリクラ、はぁあ!?」

「まひるの奴がそれを落として、誰かが拾ったらしいが、一時(いっとき)、渋谷の街がパニック状態に陥った。サングラスをしていない私の魅力の虜囚(りょしゅう)に、男も女も勝手になったようだ」

「ははぁ……でも、それで写真を撮りにいったのか」

「あたり前だ。ただ青山に遊びにいっていたわけではない」

「そうか……さすがはハルだ」

 あらためてハルの周到さに感じ入る稲水。

「とびきりの美人に撮られる必要があったのでな。しかし稲水に私の蠱惑が通用しないのは、なんとも歯がゆい」

「なんでだろうね」

 稲水は思った。そんなものはなくても、とっくに魅せられているよと。

「稲水と同じような体質の者がいたら、吉田の吸血で奴隷として連行するよう伝えた。万全だ」

「三人を見て、ハルの目が赤く光らなかったら?」

「鮫原か堂島が犯人だったのだろうよ。その時は復讐をあきらめろ。おまえを喰えないのは残念だがな」

 片目をつむるハルは、どこか楽しげに見えた。

「凶悪殺人鬼になれなくて、俺も残念だよ」

「私の目が赤く光ったら……おまえはやるのか?」

「──やる。兄夫婦を見つけてから、約束の一年以内に」稲水はハルほどうまくないウィンクを返す。「俺も元ビジネスマンだ。契約は履行したい」

「契約書なんてないし、ただの口約束にすぎない。つまらん意地だが、まあ、いいだろう。おまえの矜持きょうじは受け取った。丁半、どちらの目が出るのか楽しみだな」

「ああ」

「楽しみといえば、この別荘にはもうひとつのお楽しみがある」

「なんだ?」

「地下室へいったことはないだろ、稲水」

「地下、そんなものがあるのか?」

「あるんだ、これが。ここの元の持ち主がクリスチャンだったらしくてな、地下がけっこう広い礼拝堂になっているんだ」

「へえ、知らなかった」

「私はアガサ・クリスティのファンでな。何百年と生きてると退屈で鬱になることもあったが、彼女の小説が発表されると原書で食い入るように読んだものだ。それで元気をもらえた。犯罪者を断罪せずにはいられないのもポアロの影響かもしれない。『オリエント急行』だけは別だが」

 小説『オリエント急行殺人事件』でのポアロは、明確に犯人を特定しながらも、それを見逃した。

「はあ?」

 稲水は映画は見ていたが、内容はおぼえていなかった。

「私のクリスティは、おまえにとっての永井豪みたいなものだ。いわゆるマニアだ」

「あ、そう。それで?」

「一度やってみたかったんだよ。ミステリー小説における()()()()()()()()()ってやつをさ!」

「停車した列車か『オリエント急行』は……あと嵐の山荘とか、絶海の孤島とかでの連続殺人の?」

 嬉々としているようなハルを、いぶかし気に見つめる稲水。

「車椅子でも入れるから、まあ地下室へついてこい。私の魔改造を見せてやる」

 ハルはうふふと笑った。

                                (つづく)


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