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悪役たちのレクイエム  作者: 秋月
7/11

不穏な足音

アヴェルセ参謀本部にて

ランドシアに古くから伝わる三日月型の剣・クードフにちなんで名づけられたクードフの刃作戦が成功した時、アヴェルセ側からすればキャンベル支隊によって喉元に刃を突き付けられている立場にある。


もちろん、参謀本部も大統領府同様に撤収に追われていた。


その慌ただしい空間で、ある軍人は机に散らばる重要な書類の束を指さしながら彼の部下に対して指示を出していた。


「これとこれ、全て持っていけ」


この茶色の制服に身を包むある軍人は大佐であった。


「運べない書類は全て燃やせ。敵に情報を漏らすな」


最終的には極秘・防衛機密事項の書類を除いてはほとんどが焼却炉に詰め込まれ燃やされることとなった。


続々と参謀本部内の機械が運び出され、外に停まっているトラックに積み込まれてゆく。


「よし、我々も出るぞ」


大統領の避難を見送った後、現状、参謀本部内でいちばん階級の高い中将が言った。


大佐も陸軍の幕僚達を乗せたトラックに乗り込み、首都・フリドリフを後にした。


余談ではあるが、ローデン将軍率いる第三軍本隊がゼルド川を渡河している間、大隊長3名が独断で市民をもまるために3000名の兵士と共にラド地区に残ったという話がある。


参謀本部移転後すぐに、この3000名の兵士と3名の大隊長を救出するために、アヴェルセ参謀本部では救出作戦が計画され、その計画が大統領に報告された。




異域 ランドシア・アヴェルセ国境部

ランドシア軍が3月15日、クードフの刃作戦を実施し、成功を収めていた時、ランドシアに異域と呼称される入植地においても戦闘は行われていた。


その毎日のように行われる戦闘が夜になって少し落ち着きを取り戻した時、第二軍司令官グランツェ将軍は副官より渡された報告書に目を通す。


それにしても戦死者よりも病死者が多い。戦死者は突撃を命令しなければ500名前後で済むのだが、病死者は日を増すごとに増えていく。


グランツェ将軍は老眼鏡を外して、今まで姿勢よく座っていた姿勢を崩し、椅子の背もたれにもたれかかった。


しばらくして、深呼吸をした後、再びその報告書を見る。


報告書の二枚目の下、支援物資の供給量の欄を見て驚いた。


急いでベッド横にある彼のトランクから過去の報告書を取り出し、見比べる。


「来てないな」と独り言を漏らした。


戦争が始まってから、兵士たちに食わせる食料が一つとして第二軍の元へ届けられていなかった。


グランツェ将軍は副官を呼び出し、食料のことを尋ねると副官は「遅れているだけだと思われます」と答える。


「食料の供給が二度も遅れることはないだろう。再度調べて報告してくれ」


副官は船のことについて疎かったため、輸送船は帆船のように予定通りに目的地に来れないものだと思っていた。


このような現象が起きた理由は、ランドシアの兵器発展の歴史を見れば理解できる。


ランドシアはほんの十年前までは帆船を使って海上防衛をしていた。


しかし、小国ランドシアが国王ジョージ・ブラウスや女王シャーロット・ブラウスのもとでシードシアやグレイ公領に勝利する過程で、外国からの技術支援を受け、国内技術が破竹の勢いで高ったのである。


すると、内陸地に住み、船を見たことのないという者の船に対する知識は実際のランドシア船舶のもつ技術力や性能と大きな差を生み出すこととなった。


つまりは、多くの国民は現在のランドシア船舶は帆船と同等の性能しかないと思い込んでいるのである。



グランツェ将軍の副官フリーセ少尉による入念な調査によって、ランドシア輸送船が撃沈されていたという報告がグランツェ将軍になされたのはこれにより二日後のことであった。




ザンスタッド・クライン邸にて

美しい紅色に色づけられた紅茶が、ティーポットより放物線を描きながらカップに注がれる。


召使は銀製のポットをさっと机に置き、部屋の壁に寄った。


この部屋には二人の男がいる。一人はこの地の領主であるマルティン・クラインであり、もう一人はザンスタッド、一の領地と富を持つフルーク・ランゲである。


この両人はランドシアに多額の金を貸していたが、最近の経営難のためにランドシアに対して全額返金を求めた。


「もし、返さないのであれば、ザンスタッド陸軍と貴国の皇帝領で戦うことになる」とまで脅しの言葉をかけている。


とにかく、隣国のランドシアまで影響を及ぼす領主兼商人の一位と二位が何やら集まり話そうとしているのであった。


水色に塗られた柱の間にはダマスク柄のような柄の壁紙が貼られていて、その明るい色の壁と窓から差し込む太陽の光によって室内は心地の良いくらい明るい。


こういう部屋で両人はティーセット越しにどう切り出すかと様子をうかがっていた。


まず、ランゲが切り出した。


「相変わらず素晴らしいお宅ですな」


クラインは笑ながら「ありがとうございます」と答える。


どちらも年は40を超えているが、少しだけランゲの方がクラインよりも上であった。


「銀製のポットも美しい。どこで作られたものですかな?」


ここまで大きな屋敷を構える人間の持ち物である。クラインが「そこらへんで買いました」と言わないことを踏んでの質問であった。


「ランドシアだと思います」


ランドシアの現在の皇帝領(旧首都)の隣には銀山があって、この銀山が旧ランドシア王国の財政を支えたのである。


しかし、ランドシア(シャーロット)はその地を借金返済のためにクラインに引き渡したため、今はクライン領となっている。


「ランドシアのクライン領ですか」


「はい」


「ランドシアと言えば、戦争をしておりますが、クライン卿はどちらが勝つと思われますかな?」


しばらく考えてからクラインは口を開いた。


「この戦争に勝ちという明確な線引きはないでしょう」


一瞬、ランゲは理解できずに不思議そうな顔をしたが、すぐに紅茶を飲んでいるクラインに問う。


「と、言いますと?」


「この戦争は石油費交渉がうまくいった側がより勝ちに近くなるでしょう。しかし、その交渉が行われている間も水面下では両国の兵士が殺し合っています。つまりは、石油費を自分たちの有利なようにしたとしても、決して国が得る物は多くなく、失う物の方が多いと思うからです」


「なるほど」


ランゲは感心したように頷いて見せた。しかし、ランゲもそのようなことは知っており、これはクラインがどう考えているのかということを聞き出すための一種の誘導尋問のようなものであった。


「商売の方は順調ですかな」


「ええ、ランドシア軍には戦争が始まってから多くの軍需品を買ってもらっていますので、その戦争特需に乗っかっている感じです」


「それは何より。最近はカールトン公国の貿易社とやらが我々の商売を邪魔しておりますからな」


クラインは片頬笑み見ながらサンドイッチに手を付けた。


それを見たランゲは張り合うようにしてスコーンを割り、血のように赤いイチゴジャムを溢れるくらいの量、クライン家のスコーンに塗りたくって口にする。


その後、すぐに紅茶で流し込むのだが、クラインからすれば、イチゴジャムの味しかわからないだろうと思った。


その頬張ったスコーンを紅茶で流し込んだランゲが話そうとした瞬間であった。


ドアが勢いよくノックされ、入れと言う指示がないうちに使用人がクラインの方に寄っていく。


「おい!」


クラインが呼び掛けたにも関わらず、使用人はその足を止める素振りすらも見せなかった。


その使用人はクラインに耳打ちする。


「昨日未明、当社の商船がランドシア領・異域沖にて沈没した模様です」


クラインはランゲに対して一言伝えてから席を立ち、支配人と共に部屋を出た。


使用人が静かにドアを閉めた後、クラインは小声で使用人に問う。


「事故か?」


「今のところ詳細は不明ですが、本日、異域の当社商館に問い合わせてみたところでは洋上に浮かぶ多数の社員を発見したとのことです」


腕組をして問うクラインに対し使用人は淡々と答える。


事件が発覚した3月17日中にはクラインの命令によりクライン社の船によって事件の真相解明が急がれた。


社員による調査報告では、救助された社員に対する尋問で、約三隻の軍艦からの砲撃を受けていたことが判明した。


砲撃したのはカールトン公国の軍艦であると報告され、それに至るまでにも複数人の水死体と大量の漂流物があったという報告も上がっている。


この事件は新聞によって瞬く間にザンスタッド王国全土に知れ渡った。また、事件を受けクライン社内では自警船団を編成することが決定された。


これは、ザンスタッド王の異域沖への派兵が行われるまでの間、クライン社の商船に速射砲を取り付けて自社の商船をカールトン海軍と海賊から守るためである。


クラインは直ちにザンスタッド王に対し派兵を要請。


ザンスタッド国内のクライン社への同情の声と年々力を増すカールトン公国に対する恐怖心を持つ国民によって、その派兵は信じられないほどの速さで決定された。


ザンスタッド外務省はランドシア外務省およびランドシア内閣府に対して異域沖への派兵予定を伝達した。


その名目は、カールトン公国と海賊から両国の商売の自由を等しく保護するというものであった。


ランドシア政府もこれに反応する。


その結果、3月20日には意外な形でランドシア・ザンスタッド海上共闘条約が締結されることとなる。





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