第八章 『性悪説』
爽やかな柑橘系の炭酸が喉へ一気に流れ、心地いい冷たさと糖分が暑さで火照った体へ浸透していく。
「はあ……」
俺はジュースを飲み干すと、缶を握りつぶしてゴミ箱へと入れた。
――俺と雨美は図書館の近くの公園に来ていた。
暑さと異常な状況で頭がおかしくなりかけている俺を見かねた雨美は、こんな時は頭の回転も良くなりリフレッシュ効果も高くするブドウ糖を摂取すれば良いと言い、今巷で流行っている炭酸飲料『ウルト・ラムネ』を自販機で買ってきてくれたのだ。
「とりあえず、生き返ったぜ……」
自販機の前で、俺は自分のスマホを凝視していた。
しかし……解けない……。
「いくら糖分摂取しても、解けないもんは解けないよなあ……」
俺は項垂れた。
「なぞなぞとか慣れてない?」
雨美が聞いてくる。
「あまり楽しいと思ったことはないな」
「そういうの苦手なんだ悠一。 へえ」
「得意そうに見えたか?」
「割とね?」
なんでだよ。 しかし――なぞなぞってのは頭を使う。 いくら勉強ができる奴でも、普通の問題とは訳が違う。
なぞなぞってのは決まったパターンの答えが存在しない。 すべて出題者によって解き方も変わる。
なぞなぞという遊びが古代から廃れないのは、そういった無限の可能性を秘めているからなのかと感心する。 もっとも今の俺にとっては脅威以外の何ものでもないわけだが。
※
【午後十二時 Gタワー情報処理層】
「みんな! 悠一から第二の問題が来たぞ!」
僕はみんなへ向かって叫ぶ。
たった今、雨美と一緒に居る悠一から連絡が来た。
問題文と、そして悠一からのメッセージ。
【雨美の目を盗んで送信してる。 分かったら教えてくれ】
――この十数分の内に生徒たちへも共有できるようメッセージアプリのグループ内に生徒たちを招待しておいた。 僕は全員参加しているグループへ問題文を送信した。
「分かったらすぐ教えてくれ!」
そこから皆スマホを見て唸る。 今回はかなりの長文だ……少し時間が掛かりそうだと思った矢先、一人の生徒が声を上げる。
「謎はすべて解けたぁ!」
声を上げたのは、長瀬という男子生徒だった。
「長瀬!? 解けたのかい!?」
僕は一縷の不安を抱えながらも、長瀬に聞く。
「ふふふん。 ぼくに解けない謎はない! 伊達に警視総監の息子の血は引いてないよぉ?」
長瀬の言葉に、みんな落胆の声を上げる。
「わかった! で、正解はなんだ?」
「ちっちっち。 赤塚君? ダメだよ? そんなに焦っちゃ」
ああ、長瀬はこういう奴だった……改めて実感する。 こいつは勿体ぶるし自分が優位な状況に陥るとマウントを取ったりするけっこう厄介な奴だ。 いつも警視総監の息子という後ろ盾を武器に偽りの正義を振りかざす。 よりにもよって何でこんな奴が正解を……。
「長瀬……時間が無いんだよ。 正解だけ教えてくれないかい?」
「まずこの問題で重要な所! 君はどこだと思うぅ!?」
だめだこいつ人の話をまるで聞いてない。 〝ワールド〟に入ってしまっている。
「わからない」
「そうだろうねえ!? この僕の警視総監の息子としての頭脳を持ってしないと、きっとこれは解決できない難問だっただろう! ここにぼくが居て良かったねぇ!?」
「あぁ……はいはい」
とりあえず適当に合わせておく。
「いいだろう説明しよう! まず、この問題の重要なワードは間違いなく『』の中の数字さ!」
「数字?」
「そう数字! これが何を意味しているのか分からなければ、この問題を解くことは不可能に近い! ぼくは試した……そうこの警視総監の息子の頭で古今東西のあらゆるパターンを試した! そして、ひとつの真実に到達したんだ!」
「へえすごいね。 それはなに?」
「いいかいよく聞きたまえ? この数字は、それぞれの文章の行とその行の何文字目かを表してるんだ! 例えば、僕のこの〝セリフ〟の一行目の一番目の文字は『い』だ。 これは分かるかな?」
「一行目の一番目が『い』?」
僕はもう一度問題を見返す。 ――あ、そういうことか……!
「では一つ目の文字から読み解いていこう! いいかい? 一つ目の文字が――」
「答えは『オリンピックスタジアム』ね!」
ムラちゃん先生が叫ぶ。
「ムラちゃん先生ナイスです! 今悠一に送ります!」
「ちょ! ちょぉお!?」
せっかくの見せ場を横取りされた長瀬は取り乱すが、もちろんみんな気にしない。
僕は悠一へメッセージを送った。
一緒に居る雨美にポップアップ通知で気づかれる危険があったので、文章の初めに関係のない記号を入れておいた。
※
「さあ悠一? 時間がないよぉ~デート終わっちゃうよぉ~」
隣で面白おかしく茶化しながらはしゃぐ雨美を尻目に、俺は焦りを隠せずにいた。
現在時刻は午後十二時十分。 タイムリミットまでもう時間がない。
くそ……流星頼む! 誰でもいいから誰か正解を……!
すると、スマホがぶるっと震えて流星から通知がくる。 俺はすかさず頭を大げさに抱えながら雨美に気付かれないようにメッセージを開いた。
【・・・・・・・悠一! 正解が分かった! オリンピックスタジアムだ】
オリンピックスタジアム? マジか!
俺はそれを見て勢いよく叫ぶ。
「分かったぞぉおお! オリンピックスタジアムぅうう!」
俺はどうだと言わんばかりの顔で雨美を見る。
「はえ~おめでとう悠一~」
雨美は乾いた拍手をする。
「――で、なんでオリンピックスタジアム?」
……まずい。
勢いで正解を言ってしまったが、なぜその正解に至ったのかは分からない……。
「いや! どうでもいいだろそんなの!? てか、教えたくない!」
「あてずっぽうじゃないよね?」
「そんなわけないだろ! ちゃんと確信に満ちた答えだ!」
「解法を言わなきゃ正解にしないってルール追加したらどうする?」
雨美は真顔で聞いてくる。 その迫真の表情に、俺の体から一気に冷や汗が噴き出る。
「ふふ、冗談だよ! あははは! 警察と話さなきゃ、誰に助言をもらうのも自由! 私もルールは守るから安心して?」
そう屈託なく笑う雨美を見て少しほっとする。
「でも、ちょっとは自分で考えてほしかったな」
そしてまた急に表情を変えて凄んできた。
ああもう! 怖いのか可愛いのかどっちかにしてくれよ!
「とにかく! 正解はオリンピックスタジアムだ! ほら! 正解しただろ!? 次の爆弾の解除方法を教えろ!」
「うん、教えるよ? オリンピックスタジアムまで来たらね」
「はあ!?」
「悠一ぃ? これは〝デート〟だよ? 実際にそこまで行かなきゃデートにならない。 それに――」
雨美はそう言うと、近くの林を見る。
「お邪魔虫が居るからね」
雨美は持っていた空き缶を自販機の後ろの林へと投げた。 空き缶はまるでプロ野球選手が投げるかのような速さで一直線に飛んでいくと、茂みの中へと突入し間髪入れずカーンという音が響き渡る。
すると林の中から悲鳴が聞こえ、中から凪が前のめりに出てきて倒れる。
「凪!?」
「真希、やっぱりタワーから逃げ出せたんだね」
凪は立ち上がる。
「雨美……! 見つかっちゃったか」
頭を押さえながらも、悔しそうに笑う凪。
「凪! 大丈夫か!」
俺は凪に駆け寄る。
「大丈夫だよ悠一。 それより雨美! あんたこんなこともうやめなさい!」
「覗き見しておいてなに?」
「あんた自分が何をしてるか分かってるの!?」
「分かってるよ真希。 その昔……鬼たちは復讐を誓いました。 そして何千、何万年という月日を来るべき日に備えて準備しました。 そして本日念願の復讐のはじまりはじまり……」
雨美はおとぎ話を読むような口調で言った。
「バカ雨美! いい? すぐにこんなことやめなさい! そうすれば、あたしが何とかアンタを守る! 全力で! アンタは、友達だ! アタシはそう思ってる!」
凪の必死の説得を聞いた瞬間、雨美の顔から笑みが消える。
「友達?」
「ああ友達だ! アンタはあたしの大事な――」
凪が言い終えるよりも早く、雨美は一瞬にして凪に近づきその首を締め上げた。
「雨美!? やめろ!」
俺はすぐに雨美の手から凪を引きはがそうとしたが、雨美の力が強くどうにもできない。
これが鬼の力だって言うのか!?
「友達? 友達! 笑わせる! 裏切者がッ! アンタの狙いは分かってる。 そうやって情に訴えて洗脳する気でしょ? でもそうはいかない。 今回はそうはいかない。 私に同じ手が通用すると思うな……!」
凪は苦しそうな表情で何かを言おうとしてるが、物凄い力で首を締め上げられて声に出せずにいた。
「やめろ雨美! 凪はお前のことを思って言ってるんだ! どうして信じないんだ!?」
「悠一、騙されないで? こいつは私以上に狡猾だよ」
雨美はそう言うと、そのまま凪を横の自販機に叩きつけた。
うめき声と共に地面へ倒れて咳き込む凪。 俺はすぐ凪に駆け寄った。
「人は――いや、この世に誕生するすべての生命の中には〝悪〟がある。 そしてそれは鬼である私にもある。 真希、あんたもそう。 全ての根源はこの悪から始まる。 悪は時に邪悪とみなされ、時に正義とみなされる。 私はどっちになるかな? でも私にはわかるよ。 例え誰かが正義を謡っても、本質を変えることはできない。 誰かの正義は、誰かにとっては悪なの。 つまり相容れないもの。 私たちの本質は〝破壊〟でしかない。 渦巻く思惑が〝誰か〟の〝何か〟を破壊する。 この世界はそんな無限の螺旋で造られている」
燦燦と照り付ける太陽を背に、雨美は高らかに宣言する。
「だから私はその螺旋を破壊し、一つの大いなる意思の下に集結させるの。 そう、かつての神代の世界へとね。 人間は神を崇める。 それでいい。 そこにはもう無限の螺旋は存在しない。 あらゆる生命が、大いなる意思の下で苦悩無き世界を生きる。 これは幸せなことだよ?」
「雨美……アンタ……」
凪が苦しそうな声を出しながら雨美を見上げる。
「このゲームは対等に進める。 ルールも守る。 この世は太古の昔から、弱肉強食。 力のある者が生き残る。 私はそれを否定しない。 それがこの世の真理だから。 だから私は自らの力を試し、そしてあなた達の力を試す。 力は武器。 力は、正義。 そして力は幸福への道しるべ。 力のある者がこの世に居座り続けることが出来る。 力無き者は、強い者をより引き立たせるスパイスに過ぎない。 だから私は闘うことを選ぶ。 それはいつの時代もどの世界でも変わらない」
なおも意味の分からない自分語りに、俺はいよいよ堪忍袋の緒が切れた。
「お前何してんだよぉお!? 友達じゃなかったのかよ!? 凪のこと、友達じゃなかったのかよぉお!?」
「そいつは私を騙した。 私はそいつだけは許せないの」
表情こそ申し訳なさそうにしているが、もう俺には雨美が何を考えているのか何一つ分からなかった。
「騙しただと!? ならお前はどうなんだ!? お前こそ俺や凪のことを騙してるじゃねえか! 自分は何も悪くないって、そんな都合のいい話があるか!」
雨美は俺の言葉に鼻で笑う。
「私が騙す? そうね。 私も偽りの中を生きてきた。 だから私も同罪。 でも悠一、最初に騙したのはその女。 その女に騙されないで。 そいつは人の心を読む。 そして、いつか知らず知らずのうちに、その女しか見えないようになる」
雨美はそう言うと、俺へ抱き着いてくる。
「悠一……少なくとも私は今正直だよ。 嘘はつかない。 私は自分に正直だから、思ったこともすぐに言う。 腹に溜め込むこともない。 嫌な事は嫌って言うし、嬉しい事はちゃんと嬉しいって伝えるよ? 後からねちねちとあの時はああだこうだとか言わない。 だからこうして、好きになった相手には本音で語り合うの。 ね? 最高だと思わない? その女のように、何かを企んで不安にさせることもしないよ。 だから悠一。 私と一緒に行こう?」
そう耳元で囁くと、雨美は俺の口元へ唇を近づけてくる。 だが俺は身を引いてそれを拒絶した。
「悠一?」
「俺には分からない……お前のことが。 でも、お前は……狂ってる。 話も通じない。 人も傷つける! そんな奴をどうやって好きになれって言うんだ!?」
雨美は俺から身を離す。 その表情は悲しそうだったが、憐みは微塵も感じなかった。
「なら話は簡単だね悠一。 私は〝悪〟としてあなたに接しよう。 そう、この物語をシンプルに〝善と悪の物語〟にしよう」
「ああ、上等だぜ! お前にはもう何を言っても無駄みたいだからな! お前のこと少しでも好きになっちまった自分が恥ずかしいぜ!」
「ふふふ……いいね悠一。 そんなあなたが見たかった!」
雨美は俺に近づく。
「でも勘違いしないで悠一。 あなたは鬼の私に物理的に勝てない。 だから、ゲームはこのまま続行する。 ルールも変わらない。 あなたは今まで通り頭を使って、私に勝ちなさい」
確かに、力では勝てないのがたった今改めて思い知らされた。
「次の爆弾の解除手順を教える。 でもルールはその正解の場所に直接行くこと。 だから来なさい。 あなたが導き出した正解の場所へね?」
雨美はそれだけ言うと、再び走っていき姿を消した……。
俺は倒れている凪へ声を掛ける。
「凪! 大丈夫か!?」
「悠一……」
凪は泣きそうな顔で俺を見た。
「悠一……ダメだ……」
「どうした!? どこが痛い!?」
「ううん……そうじゃなくて……雨美のやつ、もう、何を言ってもだめ……あたしじゃどうしようもできない……」
「ああ、分かってる! あいつは異常だ。 なんとかしないと」
「雨美は、本気だ……本気で、爆弾を爆発させる気。 そして、悠一とのゲームも……本気」
「え?」
「本気で闘って悠一……あいつはもう、手加減しない。 私にはわかる……」
「ああ、必ずあいつを止める。 そしてみんなを助けるぜ!」
凪は俺の言葉に笑みをこぼす。
「手を貸して」
凪は俺の手を借りると、よろよろと立ち上がった。
「大丈夫なのか? もう少し休んでいた方が――」
「大丈夫だってば。 あたしを誰だと思ってるの?」
「ああ。 そうだな」
「とにかく、次の目的地はオリンピックスタジアム。 ここから歩いて何分?」
俺は凪に言われてスマホで経路を検索する。
……経路を確認すると、車でもここから三十分はかかる場所だった。
「時間が掛かりすぎる」
凪は辺りを見渡す。 するとあるものを見つけてそこへ向かって走り出した。
「おおい! どうした!?」
「あの軽トラックの荷台に紛れ込む!」
凪が指さす方を見ると、ちょうど信号で停止している軽トラックがあった。
トラックの荷台には荷物が多く積まれており、緑のシート(幌)で覆われている。
「ちょ、ちょっと待て! タクシーとかで――」
「そんなお金あるの!?」
「う……」
「なら考えてる余裕はないよ!」
二人でトラックの後ろに付くと、まず最初に凪がシートの隙間へ忍び込む。 俺もすぐにシートの隙間からトラックの荷台の中へと飛び込んだ。
中は割とスペースがあり、大人二人なら何とか入れる空間にはなっていた。
俺と凪は荷台の上で体育座りをするように隣り合って座った。
「な、なんとか潜り込めた……」
「悠一、スマホで経路確認してて。 せめてオリンピックスタジアムの近くにさえ行ければ時間の短縮にはなるから」
「あ、ああ」
【爆発まで、あと02:42:49】




