第七章 『鬼との知恵比べ』
「それじゃ悠一! 今日はどこにデートに行こっか?」
雨美はまた俺の腕にしがみついてきた。
「やめろ雨美! そんなことしてる場合じゃ――」
「これはあなたと私のゲームなんだよ? あなたの目的は? そう、私を満足させること。 タワーに居るみんなの命は私に掛かってることを忘れないで?」
「……」
ひとまず俺は観念して抗うのをやめた。
「じゃあねえ……私はここに行きたいなあ」
雨美が自分のスマホを操作すると、俺のスマホへ通知が来た。 雨美がメッセージを送ったのだ。 俺はメッセージを開く。
【ピクニック殺人事件。
後にそう呼ばれる事件は一人の探偵の手によって解決する。
この中に犯人が居ます。
探偵はそう言って犯人のおとこへ指をさす。
犯人のおとこはじぶんは犯人ではないと言った。
しかし探偵は知っていた。
あれはいつだったかのむかしに、師匠から言われたことを思い出す。
理に叶っていること それが心理なんだと。
どんな無理難題も、理に叶っていることは正義なのだと。
そして探偵は言う。
『五‐四 八‐一 八‐十六 一‐一 一‐四 一‐五
三‐十 六‐十一 五‐八 七‐一 九‐四』
これが、お前のトリックだ。 そして事件は解決した】
長すぎる! なんだこの問題は!? 意地悪にもほどがあるぞ!? 本当になぞなぞか!?
もう真面目に読む気にもならない!
「さあ? 私の気持ちを読み解いてよ。 私はどこに行きたいでしょうか?」
「ヒントくれ」
「早すぎぃ。 まだあげないよ」
さっきは凪が居たから早く解けたが、今回は雨美が近くに居るから一人で解くしかない。
せめてこのメッセージを誰かに転送できれば……。
「誰かに聞いていいか? もちろん、警察には連絡しない!」
一応聞いてみるが、雨美は頬を膨らませる。
「だから早すぎだって。 少しは自分で考えたら? まったく最近の子はすぐに弱音を吐く」
「だが、これは難しいぞ!」
「最初から考えもしないで解ける問題はないよ? 悠一、人生甘く見すぎ!」
※
【十一時五分 Gタワー情報処理層】
「もういやだ! 帰りたい!」
女子が一人叫びだした。 無理もない。 この状況で冷静でいる方がどうかしてる。
他の生徒が何とか外に出れないかとエレベータの扉をこじ開けようとしているが、Aiのセキュリティが完璧に機能しているせいか、まったく開く気配はなかった。
ムラちゃん先生は泣きわめく生徒に、「警察が動いてくれてるから大丈夫!」となだめているが、この地上千メートルのタワーへどうやって来れるのだろうか?
タワースタッフの皆瀬のおっさんはAiに説得を試みているが、Ai相手じゃ全く響いていないだろう。
僕も……正直頭がおかしくなりそうだ。
はあ……せめてこんな時、横に凪羅がいたら僕の精神は穏やかになっただろうか。 心配する凪羅に少しは気の利いた言葉でも言えたのだろうか。
……いや、ダメだ。 そんなこと考えてちゃ。
凪羅は今悠一と一緒に居る。
それだけでも喜ばなくちゃ。 彼女が危険な目に遭っていないだけでも、僕にとっては幸運なのだから。
そんな事を考えている矢先、凪羅から電話が来た。 僕はすぐに電話に出る。
「もしもし! 凪羅!?」
≪うん、あたし。 今図書館の外で隠れてるんだけど、悠一が雨美と一緒に出てきた≫
「なんだって? どういう状況だ?」
≪わからないけど、二人で並んで歩いてる。 たぶん……どこかに行くつもりだと思う。 あたしは気づかれないように二人のあとをつけようと思う≫
「凪羅、無茶はしないでくれよ。 警察に任せるんだ」
≪赤塚、雨美のルールを忘れたの? 警察が関与してることを悟られたら雨美は爆弾を爆破するかもしれない。 あたしはできる限りのことをしてみるよ≫
「ああ。 だが気を付けろよ」
≪何か分かったら連絡するからね≫
そう言うと凪羅の電話は切れた。
※
【十一時二十分 Gタワー前道路】
≪続いてのニュースです。 都内のガーディアンタワー、通称Gタワーの十時の開庁が現在遅れている件で、警視庁長官から先ほど会見がありました。 会見の模様をお送りします≫
≪ええ……Gタワーの中で爆発物があるという情報が入り、タワーを封鎖している状況です。 現在は爆発物処理班による調査を行い、情報の真偽を確認している段階です≫
≪タワー内部では本日都内の学園の生徒の見学会が開かれているとの情報がありますが、生徒たちの安否は?≫
≪現在調査中です≫
≪タワーの中に居ると見られる生徒からのSNS発信も見つかっていますが、テロの可能性はあるんですか?≫
≪その件についても現在調査中です≫
≪観光客や近隣の住民の避難は対応中なんでしょうか?≫
≪情報の信憑性が未だ正確ではないので、避難対応の段階にあるかと言われればそれは不明です。 しかし、情報が明確になり次第速やかな対応は検討しています≫
≪――タワー内には現在数十名の警備員やスタッフが居ると見られ、今日はスタジオに元防衛省の――≫
「切ってくれ」
私は運転手にラジオを切らせた。
「長官から早急に真偽を確認するよう通達です」
「分かってる」
野次馬が群がるタワー前を車両が通過する。 皆スマホを向けてタワーを動画に収めていた。
呑気なものだ。
「Aiシミュレーションの結果だとタワー最上階が爆破した場合、倒壊の危険は無いという事です。 ただ飛散物などの影響で、半径五百メートル圏内は危険エリアです」
「分かってるよ。 ただそれは〝普通の爆弾〟だったらの話だ」
車両は封鎖地域へ入り、タワー前へ車を停めた。
「警部、気を付けてください」
「行ってくる」
私は車を降りる。 後部からも数人の部下たちが勢いよく降りてきた。
部下を率いてタワーの入り口まで行く。
「宮部警部、お待ちしておりました!」
入り口に居た制服の警官が敬礼する。
「案内致します!」
「不要だ。 タワー内部なら何回も〝シミュレーション演習〟で来てるからな」
私は警官の横を通り抜けてエントランスに入った。
中には数名のタワースタッフが警官から聴取を受けている。
「何してる! スタッフをすぐに避難させろ!」
私の声に警官数名はぽかんとした顔で見た。
「しかし、まだ聴取が――」
「作戦規定を思い出せ。 スタッフの避難が最優先と書いてあったろ? 爆弾が本物かは私たちだけで判断できる!」
警官たちは私の一喝で機敏に動き出し、スタッフ達をタワーの外へと連れだしていった。
奥からまた別の警官たちがやってくる。
「上の状況は?」
警官たちは私の問いかけに敬礼をしながら答える。
「は! エレベータ、非常階段、すべてロックされています! 防衛省の解除コードも弾かれて認識しません! 上は現在二十四人の学園生徒と教師が一人、そしてタワー責任者の皆瀬だけです」
「上への通信端末は?」
「はい! こちらに!」
警官の一人が案内する。 エントランスの受付机の上にノートPCが置かれていた。
そこにタワーセキュリティ責任者の皆瀬が映っている。 通信可能状態だ。
「警視庁の爆発物処理班班長の宮部だ。 そちらの状況はすでに報告で把握している。 そこに学園の教師は居るか?」
皆瀬は何か言いたげだったが、私の勢いに圧されたのかすぐに画面から離れた。
しばらくして画面に現れたのは――。
≪はい、教師の村岡です≫
女性教師だった。
「私は警視庁の爆発物処理班の班長、宮部と申します。 そちらは大丈夫でしょうか?」
≪はい、今のところは……。 でも生徒たちが混乱しています。 早くここから出してあげたいのですが、扉が開きません。 私もどうしたらいいか……≫
「まずは落ち着いてください。 まずは教師であるあなたが、生徒たちの心のケアをしてあげてください。 爆弾は私に任せて」
≪はい……でも、これからどうするんですか?≫
「そちらの情報処理層の窓から小型のドローンを投入します。 爆弾の真偽を確認するためです。 確認したらその後は窓を拡張し、出口を作ります。 安心してくださいね」
≪はい……あの、爆弾はどうしたら?≫
「絶対に触れないでください。 なるべく爆弾から距離を取って」
≪実は、さっき生徒の一人が爆弾の箱の蓋を開けてしまって――≫
「開けたんですか!?」
≪は、はい。 すみません。 私がよく見ていたら……≫
「あ、はい。 わかりました。 もう近づかないようにお願いしますね。 生徒たちにもそう言っておいてください」
私は一旦深呼吸して自分自身を落ち着かせた。
そうだ。 中に居るのは大人ばかりじゃない。 というか子供が大半だ。 放っておいたら軽はずみな行為をしかねない。
≪それで、開けた箱の中身を見てみたら、中にタイマーが……≫
「カウントは?」
≪あと、03:30:30です≫
※
【十一時三十二分 官邸会議室】
会議室の中では凪羅の説明が尚も続いていた。
「総理。 吉備津彦命という名を聞いたことは?」
「……それが?」
総理は質問には答えず先を促した。
「米国での吉備津彦命のコードネームは〝デストロイア(破壊者)〟。 見た目はただの刀ですが、その力は絶大で言い伝えによると大地を砕き、その気になれば国を一つ滅ぼせるほどの力があるとされる兵器です。 ご存じありませんか?」
「……」
総理は何も答えない。
「言い伝えですからね。 聞いたとしても信じる者は居ないでしょう。 ……太古の昔、人間と敵対していた〝鬼〟と呼ばれる怪物が居ました。 人間はその鬼を神器の妖刀、〝吉備津彦命〟により滅する事に成功していることが文献から紐解かれています。 しかし運よく生きていた鬼が居たのです。 それが棚田雨美。 我々は彼女を〝天王(heavenly king)〟と呼んでいます。 元々は配下である仏教の護法善神である〝十二天〟を統括する存在であることからその名が付けられました」
「天王……」
「西暦一二七四年。 妖刀〝吉備津彦命〟は蒙古襲来の際に奪取されたまま所在が不明となっていました。 蒙古襲来は天王の差し金であったことが近年の研究で明らかになっています。 しかし、我々はその刀の所在をテングリ一派の鬼への尋問により判明。 場所はモンゴル。 今日の午前中にその所在を確認し吉備津彦命を無事確保しました。 今回、棚田雨美はその刀である吉備津彦命の返還を要求しています。 しかし彼女にこれを渡すということは、世界の終わりを意味します。 現在、クヴェラは防衛システムを停止させています。 現状、如何なることが起きても不思議ではありません。 常に万全の準備をしておくべきです」
「万全の準備……か」
「現在、モンゴルに派遣中の対G特殊部隊員の一人である〝エール〟が吉備津彦命を所持して向かっています。 鬼である彼女を倒すには、エールとあの刀が必要です。 それまでは足止めが精いっぱいでしょう」
「……まず、何をすればいいんだ」
「すぐに住民の避難を開始してください。 爆弾のタイムリミットが十五時ということは、彼女はその時間には何らかのアクションを起こすはずです。 それまでに可能な限りGタワー周辺に居る人間を減らした方が良いかと」
「河瀬大臣、すぐに民間人の避難対応を」
総理がそう言うと、大臣は部屋から出て行った。 それを見届けた総理は大きく息を吐く。
「総理、ご安心ください。 ご子息の警護は万全です。 もしも爆弾の解除が間に合わなかった場合には、棚田雨美を捕える準備をしております。 任せてください」
「……」
総理は苦い顔をしながら宙を仰いだ。
「凪羅くん。 タワーのシステムを奪還する方法は本当に無いのかね?」
「現在〝クヴェラAi〟が搭載されているGタワーは世界中に〝十一〟棟建っています。 それぞれのAiにはモデルとなる人物が設定されていて、つまり……十一人のモデルが居るということです。 そのうちの一人でも生体認証ができれば、システムを一部取り返すことは可能なのですが――」
「誰なんだね? その十一人のモデルというのは」
「それは各国で極秘とされていますが、ここ日本のモデルは以前はあなたの前任者である沙門元首相の奥様でした。 しかし首相と奥様亡きあとは急遽別の人物のモデルに移行しています」
「ではその新しいモデルというのは誰なんだ?」
「それに関してですが、関連する資料はすべて破棄されています」
「なんだそれは……誰か分からないのか!」
「こちらでも手を尽くし調べていますが、現状はお手上げ状態です」
「分かったよ凪羅くん。 今の状況がよくわかった。 とにかく、棚田雨美を即刻捉えねばならんようだ」
「それはおやめください。 現在棚田雨美はご子息と接触中です。 爆弾の起爆を担っているのは棚田雨美。 彼女はご子息と特別な〝駆け引き〟を楽しんでいるようですので、しばらくはこのままがいいかと思います」
「しかし――」
「棚田雨美を甘く見てはいけません。 彼女はやると決めたらやります。 そしてフェアです。 公平性が失われた時、彼女は躊躇せず起爆スイッチを押すでしょう。 もちろん、ご子息の安否は常にこちらで監視しておりますので、万一の事があれば対処はします」
「……頼む」
「お任せください」
総理は思い出したように凪羅を見る。
「しかし……君とも長い付き合いだったが、娘が居たとはな。 初耳だ」
「ええ、そしてあなたのご子息と今は行動を共にしている。 ほんと、面白い縁です」
「そうだな……」
「それでは、私は本部と連絡をしますので一旦退席させていただきます。 〝佐々宮〟総理」
【爆発まで、あと03:11:34】




