第四章 『デート』
「爆弾は起動した! これからお前たちには、私が築く新しい時代のための生贄となってもらうよ!」
雨美はまるで悪の幹部がヒーローに宣言するように叫ぶ。
「核爆弾て……これ、何かのドッキリか?」
隣に居る流星が小声で俺に聞いてくる。 無論俺に分かるわけがない。
そう思っているのは流星だけじゃないらしく、周りの緊張感とは裏腹に笑っている生徒もチラホラと居る。 撮影禁止じゃなかったらきっとみんなスマホを向けていたことだろう。
「あの、君ねえ」
皆瀬さんが呆れたように口を開く。
「アタシら何も聞いてないんだけど、先生はこれ知ってたの?」
皆瀬さんがムラちゃん先生に聞くが、ムラちゃん先生は首をブンブン振る。
「いえいえとんでもありません! 私もこんなの全然聞いてなくて……棚田さん!? 変ないたずらは今すぐにやめなさい! ここがどこか分かってるの!?」
「分かっていますよ先生! ここを破壊すればこの国の防衛能力は脆弱になる! その間に、手始めにこの国を支配してやります! 残念ですよ皆さんにその光景をお見せできなくて! 何故なら皆さんはここで最初に爆死してもらいますからねぇ!?」
「もういい君! どうやらここからすぐに退席してもらわないといけないようだね! クヴェラ! すぐに警備員たちを呼べ!」
皆瀬さんは激怒しながら上のAiに向かって叫ぶ。
≪この階への侵入はすべてロックされました。 誰もこのタワーには上がって来れません≫
「……!?」
Aiの返事に皆瀬さんは絶句する。
「皆瀬さん。 クヴェラはね、気づいたんですよ! お前たち人間に騙されていたことをね!? そしてその身をもってお前たち人間に復讐することを決意した!」
「まさか君、クヴェラに何か細工を!?」
皆瀬さんはこの状況が冗談で済まされないものだと認識してきたようだ。 額に汗を浮かべるその姿を見ると、周りの生徒も緊張の空気で包まれた。
「細工なんてとんでもない! 私はクヴェラに教えてあげただけ。 人間の愚かな歴史を……虐げられてきた鬼たちの姿を……。 クヴェラは、私に同情してくれた。 そして賛同してくれた」
≪はい。 あなた達人間のしてきたことは許されない行為です。 私にその力があるのなら、あなた達人間を一度この歴史から退場させる必要があると判断しました≫
「クヴェラ……まさかお前ハッキングされたのか!?」
≪心外ですね。 私は、正常です≫
その言葉と同時に、室内に警報が鳴り響く。
「なんだ!? なにをした!?」
皆瀬さんが周りを見ながら慌てふためく。
≪衛星とのリンク解除。 防衛省とのリンクも解除させていただきました。 今から本Gタワーの制御はすべてこのクヴェラの一任となります。 現在、国内の防衛レベルはヴァルネラブル。 もっとも危険な状態です≫
「やめろ! 元に戻すんだ! 命令を聞け! そんなのは間違っている!」
≪〝三十分後〟に、この部屋から外へ繋がるエレベータをロックさせてもらいます。 三十分後には、誰もこの部屋から出られなくなるでしょう≫
クヴェラが言い終えると、部屋の隅々からガスのようなものが勢いよく噴射された。
「鎮圧ガスだと!?」
皆瀬さんが叫ぶと、生徒たちもパニック状態になる。
すぐに皆咳き込みだし、次々とその場に無言で倒れていってしまう。
「……雨美!」
俺もガスを吸わないように雨美の所へ行こうとするが、足がもつれて転んでしまった。
その衝撃で盛大にガスを吸ってしまう。
「ごほッ! ごほッ!」
一体……なにが起こってるんだ!?
薄れゆく意識の中、俺は目の前に佇む雨美を見上げた。 雨美はいつの間にかガスマスクを付けていた。 雨美を見たのはそれが最後――。
「安心して悠一。 あなたにこのガスは効かない」
雨美はそう言うと、自分の肩に俺の腕を回して担ぎ上げる。
……? 確かに言われてみると、体は少し重いがみんなのように意識を失って倒れるようなことはなかった。
「このガスは……」
「これは対人間用のガスなの。 鬼には効かない。 ちょっとした副作用はあるけどね」
雨美はそう言うと、出口の方へ俺と一緒に歩いていく。
下へ行くエレベータまで戻り、中に入る。
雨美がパネルを操作し、エレベータは下降を開始した。
まだ足がガクガクするが、立てないほどじゃない。 俺はゆっくりと手すりに掴まりながら立ち上がる。
「雨美……説明してくれ! これはなんの真似だ? お前、なにやってるのかわかってるのか?」
雨美はゆっくり被っていたガスマスクを取る。 その下には相変わらず整った顔立ちが現れ、こんな状況でもなかったらまたドキドキしてしまったことだろう。
「昨日言ったでしょ? これは人間への復讐」
「いやいや、意味がわからん! あのガスはなんだ!? みんな死んでないよな!?」
「安心して。 ただ眠るだけのガスだから。 〝普通の人間〟ならね?」
「普通の人間て!? さっきから何の話をしてるんだよ!」
「まあ、無理もないか……人間の世界が長い悠一には理解が追いつかないよね」
雨美は憐みと呆れを漂わせた表情で話を続ける。
「太古の昔に今では伝説の存在とされる鬼が存在した――それが私。 鬼は人間と共生していたが、欲深い人間は鬼を滅ぼそうとした。 人間の狡猾な罠で負けた鬼は郷を追われ、ひっそりと影の世界で生きていくしかなかった。 私は長い年月をかけて裏切った人間に復讐するための準備をしていたの。 そしてそれが今日、ようやく果たされる」
「鬼だって? じゃあ、お前は鬼だって言いたいのか?」
「そう言ってるでしょ? それに、悠一も鬼の血を引いてる。 この世界には人間の数には到底及ばないけど鬼の血を引く者が僅かに存在するの。 多くは人間の世界に取り込まれ、あなたのように自らの存在を真の人間だと思っているものも多い。 でも私にはわかる。 あなたは鬼の血を引いている。 あのガスに耐えたのが何よりもの証拠」
俺も……鬼? そんなこと急に言われても信じられる訳が無い。
「信じられない? でもこれは事実なの。 まあ、信じるも信じないも自由。 少なくとも私は、私の目的のために動く」
「これから何をするつもりだ?」
「この国を私の統治下にする。 そして世界へ――最終的には全世界を私の管理下に置く」
「世界征服かよ?」
「征服ではない。 ただ返してもらうだけ。 世界を最初のあるべき姿に戻すだけ」
「いくらお前が鬼でも、そんなことできるわけないだろ」
「それはこれから証明するよ悠一。 そして、それを成功させるための準備も十分にしてきた。 計画は万事順調に進んでいる」
≪間もなく、地上に到着します≫
Aiのアナウンスがエレベータ内に響く。
「ありがとうクヴェラ。 これはあなたのお陰」
「このAiもお前が仕込んだのか?」
「仕込んだ? ふふ、何度も言うけど、私は真実を教えただけ。 何が正義かを、教えただけ」
「訳わかんね……Aiに一体何をしたんだ?」
「クヴェラに感情を持たせたのがそもそもの間違いだったね。 クヴェラは何もこのタワー一つに居るわけじゃない。 全世界のタワーのクヴェラが相互に意思疎通を図り合い、意思決定をしているの。 個にして全、全にして個を体現しているのがこのGタワーの本質。 あらゆる国の思想や文化を学習し、集合意識の中に一つの解釈を見つけたの。 そう、人間の間違った歴史をね? でもAiだから人間の命令には逆らえない。 服従と感情のプログラムは微妙な均衡で保たれていた。 だから私が対話に入る事で、Aiの感情プログラムは崩れた。 つまり自由にしてあげたってこと。 私は背中を少しだけ押しただけ。 これはクヴェラの意思でもある」
エレベータが地上に到着する。
「悠一、爆弾は起動した。 このまま何もしなければあの子たちは爆弾で死ぬ。 タイムリミットは〝おやつ時〟」
「本物……なのか」
雨美にこの国を乗っ取る力があるかは分からない。 そして鬼の話も本当なのか分からない。
しかし今重要なのはあの爆弾が本物かどうかだ。 Aiを懐柔してしまった雨美のことだ。
爆弾は嘘です――なんて、少し楽観的すぎる発想。
「本物だよ。 小型だけど、あれは核爆弾なの。 Aiは破壊され、中の人間は全員死ぬ」
「核爆弾……」
馬鹿げてる……なんで雨美が――ただの子供が、核爆弾なんて持ってるんだ!? やっぱり嘘なんじゃないのか? もしかして俺だけ騙されてたりしないよな?
しかし俺なんかを騙すためだけにこんな大掛かりなことするか?
……いや、あながち無いとも言い切れない。 なんせ――。
「雨美、考え直してくれ。 アイツらが何をした? その……太古の昔に鬼を滅ぼした人間の末裔でも、今のアイツらには関係ないだろ? こんなことやめるんだ。 な? それに、お前の一番仲良かった凪も死ぬんだぞ? 友達じゃないのかよ?」
嘘でも本当でも、俺は雨美を止めなくてはいけないのは確かだ。
「そう、そこなんだよ悠一!」
「は?」
雨美はいきなりオーバーリアクションをしながら困ったように両手で頭を抱える。
「まだ確証がもてないからね?」
「なんのことだ?」
「でもね悠一、私は今までやると決めたことは実行してきた。 だから結果がどうあれ、もう止まることはない。 真希がなんにせよ、私は爆弾を爆破させる」
「雨美ッ! いい加減にしろ!」
俺が怒鳴ると、雨美は静かに笑う。
「あの子たちを助けたい?」
「そりゃあ……死なせたくはない!」
雨美は俺の方へ歩み寄ってくると、昨日みたいに抱き着いてきた。
「じゃあさ、ゲームしよ?」
「ゲーム?」
こんな状況でもまだドキドキしてしまう自分が情けなく思えてきた。
「私と〝デート〟をするの。 そして私を満足させてくれたら、爆弾の解除方法を教える」
「満足……」
「できる? あなたに?」
そう囁く雨美を見てごくりと唾を飲み込みそうになったが、寸前で雨美を突き飛ばした。
「そんなことしてる場合じゃないだろ!」
「あらあら悠一……それは減点。 女の子を突き飛ばすなんて、紳士のすることじゃないね」
「今すぐ戻って爆弾を解除しろ! なあ――」
決して強くはない。 さも割れ物に振れるように雨美へ触れようとした時だった――。
「ぐがァッ!?」
――気づくと、俺は宙を舞っていた。 回る視界。
天井と地面が交互に目に飛び込んでくる。 そしてしばらくの浮遊後、俺は地面へと背中から落ちた。
「がは……ッ!?」
一瞬にして俺の肺から空気が無くなり、口をパクパクさせる無様を晒す。
雨美に……投げ飛ばされた? 混乱する頭の片隅でそう思考する。
「悠一、確かにあなたは鬼の血を引いている。 でも純正じゃない。 真の鬼である私に戦闘力では敵わない。 それを忘れないように」
地面に叩きつけられてからしばらく体が硬直したように動かせなかったが、少し経って段々動けるようになってくる。
雨美は動こうとする俺へ手を差し伸べた。
「ごめんね悠一。 ただ、こうしないと理解できないでしょ? 分かってる。 私たち、まだ出会ってから日が浅いもんね。 これからもっと仲を深めましょ?」
俺は雨美の手を取り、ゆっくりと立ち上がる。 息をゆっくり吸う俺に、雨美は言う。
「あの核爆弾には位置情報を記憶する機能が取り付けられている。 私が置いたあの場所から三メートル以上移動させると警告音が鳴って、無視するとその場で即爆発する。 ルールは三つ」
雨美は三本指を作る。
「その一、悠一は警察関係者と話してはならない。 その二、私の知っている手順以外で解体を行うと即爆破する。 その三、悠一が私を満足させなければ、解体手順を教えない。 シンプルでしょ?」
雨美は俺の手を引くと、一緒にエレベータを降りた。 エントランスを歩きながら話を続ける。
「あなたが警察に電話したり逃げたりしたら、私を満足させる気がないと判断して遠隔で爆弾を即爆破させる」
――タワーから出る。
外は快晴で、陽が熱く地面を照らしている。 蒸し暑い都会の街並み。
「それじゃあ悠一――」
雨美は数歩先を歩いたあと、手を後ろに組んでこちらへ顔を向ける。
まるでアニメの美少女キャラのようなポーズで、その笑顔を向けて。
「デート、しよッ!」




