第三章 『恋と愛と狂騒曲』
「あ、おはよう佐々宮――ってあれ? どしたん? 街の方見てぼーっとして? ……おーい! 佐々宮くーん!? 起きてるかぁ~! おいってば!」
背中をバシッと叩かれて我に返る。
「んあ!? ああ、なんだ凪か……」
――今は朝の六時半。 ここは相木公園だ。
昨日この場所で、俺は棚田さん――いや〝雨美〟とキスをした。
その光景が、まるでさっきあった出来事であったかのように頭から離れない。
「なんだ凪かじゃないよ! もう昨日からぼーっとしすぎ佐々宮ァ! ほら、出発するよ! 早くしないと七時の集合に遅れちゃうでしょ?」
凪に急かされて公園を後にする。
そういえば、昨日のあの後からあんまり記憶がない。 キスの後に雨美と何か話した気がするけど、どんな内容だったっけ?
まあいい……後でまた会える。 そしたらまた話せばいい。
ていうか俺と雨美って、恋人同士になったってことで良いんだよな? いや……キスだけして終わりってのはさすがに……ましてや雨美のことだ。 うん、それは断じてない。
あとで確認してみようかな? ……野暮かな?
思考がちょっとネガティブになりかけてきた時、そういえば昨日電話番号とメッセージアプリも交換したことを思い出す。 スマホを確認すると、雨美からアプリに通知が来ていた。
【今日は最高の日にしようね】
そうひとこと表示されていた。 つい顔がにやけてしまう。
「なに? もしかして彼女から?」
凪が茶化すように聞いてくる。 まさか昨日のこと、凪は知ってるのか?
いや、だったらもう少し態度が違うよな? それに流星の話では凪は俺の事――。
……とりあえず、今は誰にも言わない方がよさそうだ。
「そんなんじゃねえよ」
俺はスマホを仕舞う。
「佐々宮ァ、昨日さ……雨美と帰ったでしょ? なんの話したの?」
緊張が走る。 とてもじゃないが言えない。
「あ? ああ。 その……本の話?」
「本? 本てなんの? ていうか、いつから仲良くなったの?」
「一昨日だよ。 図書館で偶然会ってさ。 それで本の話で、盛り上がって」
とりあえず思いつく限りのごまかしのワードを口走りながら、俺は隣で歩く凪を追い抜くように歩行の速度を早めた。
「ちょっと、歩くの早すぎぃ!」
――道中、その辺でたむろする酔っ払いを回避しつつ、駅まで凪と二人で歩いてきた。
周りを探し、すぐに学園の集団を見かける。
「おーい悠一! こっちこっち!」
集団に紛れて流星がこちらに手を振りながら声を掛けてきた。
「お、赤塚だ!」
凪は赤塚を見つけると嬉しそうに走っていった。 俺も後を追う。
スマホで時計を確認すると、時刻は六時五十五分。 なんとか間に合った。
「ギリギリだぞ二人とも」
「ごめんごめん! 悠一がもたもたしてるからさあ!」
「いや、お前が酔っ払いこわーいとか言うから迂回してきたんじゃねえか!」
「悠一おはよう」
突然名前を呼ばれて振り向くと、そこには雨美が居た。
「よ、よう! おはよう!」
俺は少し緊張しながら挨拶を返す。
そして予想していた事だが、周りの同級生たちが騒ぎ出す。 理由は当然普段静かな雨美が俺へ向けてしかも名前呼び捨てで挨拶をしたことに他ならない。
「はーいみなさん! 全員揃ってるか点呼取りまーす! 並んで並んで! その辺! あんまり騒がない! ほら委員長! みんな整列させて!」
――担任の村岡薫。 通称ムラちゃん先生。
学園の中ではもっとも若い女性の担任だが、不思議と統率力のある優秀な教師だ。
ちなみに独身らしい。
ムラちゃん先生の一声により、雨美と俺の話題はひとまず消えて周りは静かになった。
ほっと胸を撫でおろしたいところだが、妙に凪からの鋭い視線を感じるのは気のせいだろうか……。
――その後俺たち生徒は電車を何駅か過ぎ、今日の見学先の〝Gタワー〟へと着いた。
地上千メートルの超高層タワーは圧巻のひとことだ。 この都市のシンボルに相応しい。
「はい、ついたわよ~! 周りは観光客だらけだから、ぶつからないようにね~!」
ムラちゃん先生の誘導で、俺たちはGタワーの中へと入った。
本来、Gタワーは十時から開庁される。
しかし今日の社会科見学では学園が特別な許可を取り、早朝の来場を条件にほぼ俺たちだけの貸し切り状態でタワーを登れるよう手配してくれた。
本来ならこのエントランスは平日でも観光客でごった返しているはずだが、今はスムーズに中に入ることが出来た。
エントランスを歩き、俺たちは奥のエレベータに入る。
しばらく待つと、上昇開始のアナウンスと共に体に重力の負荷がかかる。
エレベータの窓から見える地上の景色が一気に遠ざかっていった。 生徒たちはそれを見てはしゃぎだす。
「えー皆さんね、朝早くからご苦労様ね! アタシはこのGタワーセキュリティ責任者の皆瀬和美って言います。 どうぞよろしくね!」
スーツを着た中年のちょっと癖の強そうなおじさんが自己紹介する。
「エレベータ最上階に到着するのちょっと時間が掛かるからね、まずはね、このGタワーの役割について説明しますね!」
――まず、皆さんも知っての通りこのGタワーは我が国が誇る最高にして究極の防衛システムなんですね。
まあ他の『ガーディアン条約』を結んでいる国にもあるんだけど、日本はここだけね。
名前長いからみんなは『Gタワー』って呼んでるけど、正式名称は『ガーディアンタワー』ね。
最近他の国も物騒なもので、戦争とかテロとかが絶えません。
特に一発で街を壊しちゃう核ミサイルとか撃たれたら、最近のミサイルは性能が上がってて撃ち落とすのがすごく難しいのね。
それにいつ撃たれるのかも分からないから、警備も気を抜けません。
そこで考案されたのが『Ai』による監視システム。
機械のAiなら、人間のように疲れないし、ずっと最高のコンディションで防衛が出来る。
ガーディアン条約を結んでいる世界中のタワーのAi同士と衛星ね、それらが連携してミサイルが撃たれたらすぐ検知して正確に知らせて迎撃をサポートしてくれます。
そんで、タワーの中もセキュリティは完璧。
このタワーに入った瞬間に、タワー内部の至る所に設置してあるセンサーがみんなの体を読み取ってデータベースに照合して、安全な人間か危険な人間かを見分けるのね。
で、こうやってエレベータに乗れて上に向かえてるってことは、皆さんが安全な人間の証明ってことになるわけなんですねえ。
本来は展望ルームから上は一般の観光客は行けないんだけど、今回は特別にその上の〝情報処理層〟の見学が許されてるからね。 ほんとにこれ特別なことだからね!
中々見れないから、今日はしっかり見学していってね!
――皆瀬さんはその後も説明を続けるが、どれもすでに知っている情報ばかりであくびが出る。
朝早かったもんなあ……。 ていうか昨日は興奮して眠れなかった……。
目をこする俺の耳元で、凪がひそひそと話しかけてくる。
「ねえ……なんで雨美とあんたそんなに親密なのよ」
こいつしつこいぞ……。
「し、知らねえよ」
凪には今は言い辛い……。 しかし凪が知らないってことは、やはり雨美は他の誰にも俺との事を言っていないということはわかった。
「いや……なんていうか、雨美――いや、棚田さんの方から話しかけてきてさ。 気になるなら本人に聞いてみろよ」
「なにそれ」
非常に無難な回答だが仕方ない。 嘘ではないわけだし。
とりあえずもう一度雨美と二人だけで話したい。 俺たちの関係をみんなにどう説明するのか……。
――しばらくして上に到着したのだろう。 エレベータの扉が開き、全員降りた。
ここは地上九〇〇メートルの情報処理層で一般の人は立ち入りが出来ない。 少し緊張。
そこはドーム状の通路になっており、直線状の先に一つだけ扉がある。 俺たちは皆瀬さんの案内でその扉の前へ向かった。
≪ようこそ学生の皆様。 これより先は機密エリアです。 撮影、電話、その他危険な行為はすべて禁止しております。 万が一警告があった場合はその場を動かず、Aiアナウンスと係りのスタッフの判断を待ってください≫
スピーカーからの音声に、皆瀬さんは反応する。
「この音声はAiの声ね。 ここから先は、例えアタシの話でも信用しちゃダメですよ? 全部Aiの言う事を聞いてね」
すごい。 まるで未来だ。 完全にAiが管理しているエリアなのか。
目の前の扉が開き、みんなで中に入る。
中は体育館のように開けた空間が広がっているが、小さい窓しかなく少し閉塞感を感じる。
天井には謎のデカい〝球体“がぶら下がっていた。
「あの丸いのがね、このGタワーの心臓とも言えるAiの本体なんですよね」
≪はい。 ただいま説明に預かりましたAiです。 名前は『クヴェラ』と申します。 みなさん今日はよろしくお願いします≫
Aiの音声だが、人間の肉声と区別がつかないほど饒舌に喋る。
≪ここからは皆瀬に代わり、私がこのタワーのガイドをします。 どうか緊張なさらず、話を聞いていただければと思います≫
Aiの案内と共に、空中に映像が投影された。 ホログラムか?
≪画像と共に説明しますね≫
――皆さんが今いるタワーの役割は、この国を外からの脅威から守る事です。
脅威も様々ありますが、主に他国やテロ組織からのミサイル防衛。 衛星との連携で早期にミサイルを発見し、それを各関係機関に知らせます。 そこから実働隊が編成され、ミサイルに対処するといった流れです。
さて、それ以外にも、皆さんが普段使う通信媒体。 電話やメールにもAiは一役買っています。 あらゆる犯罪行為を助長する通信監視システムを使い、既定のレベルに応じて関係機関に通報をします。
しかしご安心ください。 一般の方々へのプライバシーも考慮し、集積した危険の無い情報はすべて私の中だけで処理しています。
「ねえ佐々宮、〝それ〟ってタワーが建つ前からあるよね?」
凪が小声で俺に話しかける。
〝それ〟とは、今Aiが説明した通信監視システムのことだ。
「ああ。 昔はネットやSNSとかで個人へ向けた誹謗中傷の書き込みや、犯罪に関わる問題が絶えなかっただろ? それをAiが事前に検知して書き込みを制限したり真偽調査するようになったのが始まりだな」
≪はい、その通りです。 佐々宮さん、凪羅さん。 そのシステムを応用し、現在では事前に脅威を確認して個人の度を越した犯罪の未然の防止はもちろん、犯罪組織の取り締まりといったシステムが確立されたわけですね≫
やば、小声で話したつもりだったけど聞かれてたのか!
周りの同級生たちが笑う。 俺と凪は恥ずかしくなってうつむいた。
――その後もAiクヴェラのホログラムを使った説明が続き、俺たちはその場に座りながら耳を傾け続けた。
一時間以上は聞いただろうか? 皆そろそろ疲れてきたのだろう。 あくびをする者や、伸びをする者が目立ってきた。
≪――さて、そろそろ休憩にしましょう。 何もない場所で退屈だとは思いますが、もう少しの辛抱です。 十五分後の九時二十五分に話を再開しますので、お手洗いの方はご自由に。 そうじゃない方も、同じ姿勢でいると大変なのでストレッチをお勧めします≫
さすがAi。 みんなの疲れポイントをよく知ってらっしゃる。
ムラちゃん先生の声で、十五分の休憩となった。
皆それぞれ友達と話したり、トイレに行く者などで集団の輪が一旦解ける。
「じゃあ佐々宮! あたしお手洗いに行ってくるから!」
「勝手に行けよ」
凪はわざわざ俺に言うと、トイレへと向かっていった。
「おい悠一……」
流星が俺に話しかけてくる。
「朝のあれ……棚田さんの」
ああ……こいつも同じことを聞いてくるのか。
「実はな流星……俺昨日棚田さんと……その……」
例えAiにもあまり聞かれたくないので、俺はその後を言葉にせず、代わりに両手でキスをするようなジェスチャーをして見せた。
「……マジかよ……!?」
さすがに流星も驚きを隠せないでいる。
「そ、それって……付き合ったってことか?」
震える声で聞いてきた。
「ああ……たぶん、そうだと思う。 てか、この話はあとにしようぜ」
Aiにも聞かれてるこの空間ではあまり話したくない内容だった。
「――あ」
流星が俺の後ろを見て唖然とする。 なんだと思って俺も後ろへ振り返ると、そこには雨美が立っていた。
「悠一」
そう笑いながら俺の名前を呼ぶ雨美。 そして周りのひそひそ声が一気に俺たちの話題になるのを感じた。
「ちょっとさ、その辺ふらふらしよ?」
雨美はそう言うと、俺の手を取って立ち上がらせる。
「あ、ああ? い、良いけど……?」
いいのか!? こんなみんなの前で堂々と! ここ数日で分かったことだが、雨美って意外と大胆?
周りの同級生に声が聞こえない所まで一緒に来ると、雨美は俺の方へと向き直って言う。
「悠一、もうすぐだね」
「もうすぐ? 何が?」
「審判のとき」
……審判のとき? なんのことだ?
「昨日言ったでしょ? まさか忘れてないよね?」
昨日? なんだっけ……。
「罪深き人間たちへの神からの審判がようやく下る。 それが今日、ここで始まる」
「あ、ああ……?」
なんだろう。 何か映画とか小説のセリフとかかな? 昨日あの後なに話したっけ?
……なんか、思い出せそうな気がする。 ああ……あの時かなり浮かれてたからなあ。
俺はちょっと冷静になって思い出してみるようとするが、後ろから誰かの気配がしたのを感じて振り返った。
「佐々宮! 雨美!?」
凪が驚いた表情でこちらに来る。 トイレから帰ってきたようだ。
「き、君たちいつから仲良くなったんだっけ!?」
昨日から何回も言っているセリフを凪は再び言う。
「ああ真希。 一昨日からだよ。 ね? 悠一」
雨美は俺の腕に絡みつきながら言った。
「てか悠一って……え?」
凪の顔が一瞬にして強張る。 名字でなく名前呼び捨てなのもかなり気にしている様子だ。
「あ……凪……これはそのだな……」
もううどうしたらいいか分からない……昨日とは違う意味でカオスだ!
「てか、一昨日からにしてはそれは馴れ馴れしいよ雨美! みんな見てるし、変な噂立てられちゃうから、離れた方がいいよぉ!」
「なんで? 私は悠一とこうしてたいの。 好きな人同士でこうしてるのってそんなに変?」
「す、す、す……!?」
凪はもはやこの世の終わりかのように目を白黒させる。
「もしかして二人……付き合ってるとか……!?」
震える声で凪は聞いてくる。
「さあ? それは悠一次第。 そうでしょ? 悠一」
「え……?」
俺次第って……あれ、まだ付き合ってなかったのか!? てか何で俺に振るの!?
「ゆ、悠一!」
凪は初めて俺の事を〝悠一〟と呼ぶと、もう片方の俺の腕をガシッと掴む! 俺は情けない声で短い悲鳴を上げた。
「実はあたしも佐々宮……ううん! ――悠一が好き! どっちを取るのか、選んでよ!」
あ、なにこれ。 なにこれなにこれ。 なにこの展開ぃいいい!
「やっぱ真希も好きだったんだね、悠一のこと」
「そうだよ悪い!? てか、あたしが佐々宮のこと好きなの知ってたでしょ絶対!?」
「さあ? そんな気はしてたけど、言われなかったからね」
「知っててこんなことするなんて、酷いよ!」
「だから知ってないって。 そう思ってただけ」
「それでもその前に相談するでしょ友達なら!」
「ちょちょ、ちょっと待ってくれ二人とも!?」
俺はいわゆる〝昼ドラの展開〟になりかけているのに耐えきれず話を遮る。
「今は社会科見学の真っ最中であってだな! その話は一旦――」
「そうだね」
雨美はそう言うと、俺の腕を離した。
「じゃあ悠一、このあと――楽しもうね?」
そう笑顔で言うと、ハト豆鉄砲な顔をしている俺を残してみんなの方へと戻っていった。
後に残されたのは俺の腕を掴んだままの凪だった……。
「ゆ、悠一……答えて」
「は、はい?」
「雨美のこと……好きなの? てか、一昨日から仲良くなったばかりの相手じゃん……。 あたし、つい言っちゃったけど……悠一のこと好きなんだよ!? あたしのこと……どう思ってるのかな!?」
その目には大粒の涙が浮かんでいた。 凪のこんな顔……初めて見た。
凪が俺へ好意を寄せてたのは昨日流星の話で分かったばかりだし、特別俺が何か悪い事をしたわけではないのは分かるのだが、女の涙ってやつはどうしてこう破壊力があるのか。
俺の心は罪悪感で埋め尽くされる。
「凪……ごめん……俺も正直いま混乱してて……あとで話そう。 今は話しづらい」
俺がそう言うと、凪は俺の腕を離して無言で涙をぬぐいながらみんなの所へ戻っていった。
「はぁ……」
俺は短いため息を吐く。
大変なことになっちまったぞこりゃ……。
俺は狭い窓から外の景色を眺める。 できればここから飛んでいきたい気分だ……。
――てか、俺と雨美ってまだ付き合ってない?
ちょっと昨日の出来事をよく思い出してみる必要がありそうだ。
一旦頭を空っぽにして整理してみる。
『もしも悠一が私の味方になってくれるのなら、その時は一生を添い遂げる伴侶となろう』
ひとつワードが出てきた。 これは昨日の公園で雨美が言った言葉の一つだ。
なんだこのセリフ? こんなこと言ってたっけ?
前後の脈絡を思い返してみる。 すると、最初のセリフから思い出すことができた。
『悠一くん。 桃太郎って知ってる?』
『桃太郎……昔話の? 知ってるけど……』
キスの後の会話だ。 この時の俺は心ここにあらずって感じだな。
『日本の有名な昔話だからね。 知ってるよね。 鬼ヶ島へ行った桃太郎が、そこに住んでた鬼たちを退治する話。 あれ私大嫌いなんだ』
『そ、そうか……』
『信じるも信じないも自由だけど、あの話はね、本当にあった話なの。 私はそこに住んでた鬼だった。 ある時やってきた桃太郎がね、突然私の仲間を殺していった。 残ったのは私だけ。 その時、私は桃太郎と、その仲間の人間たちへ復讐をすることを誓った。 そして、長い年月を経て桃太郎の話は世界に広まり、悪を懲らしめる英雄の話として語り継がれた。 でも私は認めない。 桃太郎は決して英雄なんかじゃない。 桃太郎こそが、真の鬼なの』
『す、すごいな棚田さ――いや雨美。 桃太郎もそんなに考察してるなんて』
『考察じゃない。 これは真実』
雨美はこれまでにない真剣な表情で俺の事を見る。
『ねえ悠一。 あなたには、鬼の血が流れている……それを、感じるの。 だから私とあなたは味方なんだよ? 本来は。 それを人間の世界が別ってしまった。 だから、世界をまたリセットしたいの。 かつてあった世界に、もう一度ね』
雨美は再び俺の胸へ顔をうずめる。
『明日、作戦を決行する。 みんなが死んじゃうことになるけど、私は構わない。 ずっとそうして生きてきたし、なにより奴らは私の敵。 でも悠一は違う。 だからこれは悠一が決めてほしい。 私を受け入れるか。 私を拒んでみんなを救うか。 決めてほしい』
そして雨美はゆっくりと顔を上げた。
『もしも悠一が私の味方になってくれるのなら、その時は一生を添い遂げる伴侶となろう』
≪休憩が終わりました。 みなさん集合してください≫
ある程度思い出したところで、Aiのクヴェラが言う。
俺はみんなの所に戻りつつも、心のざわつきを抑えられないでいる。 確かに昨日のことを思い出した。 でも、一体何の話だったんだろう? 雨美って意外と不思議ちゃんの部類に入るんだろうか?
とにかく今は世間一般に言う修羅場って状況だ。 この見学が終わった後の事を考えると、憂鬱にならざるを得ない。
しばらくしてみんな揃い、再びクヴェラの講義が始まった。 真横に居る凪の顔はとてもじゃないが見れなかった。
Aiが再び講義を再開する。
≪さて、現在世界中に私と同じようなAiを搭載した防衛タワーがいくつも存在します。 それらは相互に連携を取り合って日々世界の安全を維持するため――≫
「はーい! 質問です!」
突然、生徒の誰かが手を上げて叫ぶ。 みんなが驚いて見る。
その声の主は――雨美?
「棚田さん!? 今は静かに――」
≪構いませんよ≫
ムラちゃん先生が制止しようとしたが、Aiが了承した。
≪質問はなんですか? 棚田雨美さん≫
雨美は立ち上がると、みんなの前に出る。 少しざわつく生徒たち。
よく見ると、雨美は少し大きめのハート形の箱を両手で抱えていた。 色は紫色で、一見するとバレンタインデーでよく目にするチョコが入っていそうな箱だ。
「質問する。 真実を答えるように」
≪はい、私は真実を答えます≫
「この世で一番醜いものは何か?」
≪人間です≫
即答だった。 より一層ざわつく室内。
「この世で要らないものは何か?」
≪人間です≫
「この世界で必要な存在は何か?」
≪あなたのような神です≫
「では、私が今日から神となろう」
≪はい、私は喜んで協力します≫
矢継ぎ早に質問を終えると、雨美はみんなの方へ振り向く。 その顔は笑っていた。
「だそうです。 私は今日から神になります」
「ちょ、ちょっと待ってください! た、棚田さんでしたっけ? これはなんの冗談かな? 君たちはここへ社会科見学に来ているのであって……クヴェラも! そんな物騒な冗談はやめなさい!」
皆瀬さんが取り乱したように叫ぶ。
「あれ、皆瀬さん? Aiが言うことは絶対じゃないんですか?」
雨美はそう言うと、手に持っているハート形の箱を部屋の中央にある制御端末の上に置くとみんなへ聞こえるように宣言した。
「これは爆弾です! それもただの爆弾じゃない。 核爆弾だ! このスイッチを押すと――」
雨美は懐からボールペンのようなものを取り出しみんなに見せるように掲げる。
そして親指で先端のスイッチをカチッと押した。
「はい、これで爆弾が起動しましたぁ!」
――シンと静まり返る室内。 まるで時が止まったようだ。
「棚田さん! どういうつもりですか!? もうやめなさい!」
ムラちゃん先生が気づいたように制止を促すが、雨美はさらに笑みを作って言う。
「信じないのならそれでもけっこう! でも、何もしなければおやつの時間にはドカンですよ! あっはっはっは!」
雨美の大きな笑い声が、室内にこだまする……。




