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赤と青のコード  作者: 異伝C
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最終章 『アカとアオのコード』


「なるほど。 黄泉へと続く洞窟の前に?」

「はい。 毎日そこに居座っていました。 理由を聞くため、言葉を教え、毎日対話しましたが、どうやらただそこが気に入っていただけのようです」

「岩戸の中から何か聞こえていたわけではない?」

「ええ。 何も聞いていません。 危険はないと思われます」

 女は従者の言葉に納得すると、不意に獣の方へ向かって言う。

「〝吉備津彦命〟。 お前にその名をやるよ」

 女はその獣に名を与えた。

「有難き仕合せに存じまする」

「いいよいいよ! そんな難しい言葉を使わなくてぇ! 仕込んだの誰だ? こいつか?」

使いが寄越した面白い獣が居ると聞き来てみれば、それはそれは興味を惹かれる獣だった。

「こいつは面白いね。 私の従者にしてやってもいいけど、どうだい?」

「お言葉でございますが、こやつは野の獣。 陛下の下では力の不足かと思われます。 某で良ければ毎日餌を与え、宮廷の隅っこで番をさせるのがいいと思いますが、どうでしょう?」

「何言ってんの。 こんなに面白い獣を宮廷の隅っこになんか置いたらそれこそ力不足だよ。 それに須佐之男が悪戯をする。 私が面倒を見よう! というか見させてくれ!」

女ははしゃぎながら従者の進言を却下すると、その獣の頬を撫でる。

「これからお前は私の獣……いや。 お前は今日から獣ではない。 私が愛する神の写し鏡、〝人間〟だ。 いいね?」

「はい、陛下」

「私のことは雨と呼べ。 陛下はむず痒い」

「雨……?」

従者はそれを聞き、陛下の〝あだ名〟を軽々しく口にした吉備津彦命を注意する。

「身の程をわきまえろ獣! 陛下! それでは我ら十二天にも示しがつきませぬ! そいつは獣にして低級の存在! そのような真似は――」

「なあ? お前はもうちょっと話が分かると思ってたよ。 私の母さんと父さんは死と再生を造り上げた。 私たちにも〝終わり(オメガ)〟がある。 ならば私たちと違って繁殖もしやすい獣をこの世界の真の神にするべきだと思わない?」

「神?」

「そう。 こいつには死と再生が刻まれている。 ということは、この世界をさらに繁栄させていく存在。 こいつが原初の神。 死と、命を持ち、また新しい神を誕生させていく」

「まさか……輪廻転生を体現させるおつもりですか?」

「永遠に紡がれる物語の完成だ! これこそが、母さんと父さんが目指した世界!」

 雨は恍惚とした表情で吉備津彦命を見た。 そしてまた近づき、その顔を覗き込む。

「吉備津彦命。 お前は私が創り上げた最初の〝神〟だ。 そして私の大切な存在。 だから、ずっと一緒にいような? そして私を愛せ。 私も、お前のことを愛す」



    ※


「雨か……私に相応しい、最後……」


雨が、雨美の顔を強く打つ。 

気づくと辺りは大雨だった。 朱雀が雲の中で爆発したせいだろう。 

恐らく戦いの最中にはもう降り始めていたのだろうが、悠一と雨美は今になってようやく気づく事が出来た。 それはどちらか一方が戦意を喪失するだけで分かることだった。

「悠一……私の力はその〝吉備津彦命〟に封印される。 私の力は絶大だ……決してその刀を〝鬼〟に渡してはならない……いいね……?」

そこは地面から二〇メートルの鉄骨の上だった。 本来ならば最後に上空で、街の美しい景色を見たかったところだが、鬼である雨美には過ぎた願いだった。


「三個目、まだ言ってなかった……」

「三個目?」

「好きなところ……。 三個目はね……私のことを……見てくれるところ……その純粋な瞳で、私を愛おしく思ってくれたところ……」

 消え入りそうな声で、雨美は言う。


「悠一……最後に……聞いても、いい……?」

「なんだ……?」


「私の事……まだ好き?」


悠一は一瞬だけ思考を巡らす。 しかしすぐに涙をこらえながらも、必死に頷く。

「ああ……好きだよ」

「……」

雨美は黙っている。

その言葉が真実なのか、それとも今から死にゆく者へのせめてもの情をかけた言葉なのか、雨美にはもうわからない。 

本来の雨美ならばそれが嘘か真かすぐに分かっただろう。

しかし今の雨美には無理だった。

もう……何もわからなかった。

だから雨美は言う。

「好きだ」とも、「嫌いだ」とも言われた時に言うはずだった言葉を言う。

「良かった……」

雨美はそれきり何も喋らない。 ただ、彼女の周りを優しい輝きの光が包み込み、彼女の輪郭を少しづつ消していく。

悠一はそれを黙って見ていた。

叫ぶでもなく、泣くでもなく。 ただ黙ってそれを見ていた。


やがて光が薄くなり、雨美の体も光の薄さと比例して消えていく。 

悠一は雨美が消える最後の瞬間まで、雨美を見ていた。 その顔に表情は無い。


悠一は空を見る。 大雨が少しだけ引いていた。

朱雀が爆発した時の残光がまだ残っているようで、夜なのに空は昼間のように明るかった。 

そして優しい〝温かさ〟が悠一の体を包み込む。 その温かさが心地よく、悠一はようやく泣くことが出来た。


「あ……あぁ……あ、ああああああああああああああああああああああ!」


もうそれは人の声ではない。 鬼の声だ。 

悠一は思い出す。 そういえば、「これと似たような話を雨美に聞かされたな」あれは何の時だっけ。


悠一は雨美が生きていた頃の遥か遠い記憶をまさぐる。

それは最近のように感じられたが、今となっては……決してたどり着けない遠い過去だ。


悠一はその過去に思いを馳せながらいつまでも泣き続けた……。




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