第十二章 『朱雀の炎』
「ああ、凪は大丈夫だ。 今集中治療室に居る。 心配いらない。 今のところは命に別状はない。 ――ああ、辛いだろうがもう少しの辛抱だ。 窓の穿孔作業は進んでるんだろ? ……そうか、明日まで掛かりそうか……話し相手にはなってやるよ。 ああ、また連絡する」
俺は流星との電話を切ると、真希が搬送されていった集中治療室への廊下を見る。
あれから数時間が過ぎた。
あのあと俺は別の区の病院まで来た。 真希をそこに移送するためだ。
医者の話では外傷はひどいものの命に別状はないということだ。 あれだけの怪我をしておいて一命を取り留められたのが信じられない。
しかし本当に良かった。
――しばらく廊下を眺めていると、数人の看護師が担架に乗せられた患者をこちらに運び込んできた。 一瞬真希かと思ったが、どうやら違う人物らしい。
すれ違いざまその患者の顔を覗いて一瞬雨美にも見えて驚いたが、当然別人だ。 そんなわけがない。
俺の脳はだいぶ疲れているらしい。
俺は外の空気が吸いたくなり、病院の出口から外へ出ようとした。 しかし黒服の警護の男に制止される。
仕方なく院内に留まるが、それでも外の空気が吸いたい。 壁のフロアマップを確認して、外の景色が見れそうな所を探す。
どうやらこの病院には三階に外気浴エリアという場所があるらしい。 そこなら外の空気が見れるかも。
俺はエレベータで三階まで登った。
三階に着きエレベータを降りると、廊下の案内標識に従い目的の場所へ行く。
――ドアを開けるとそこは中庭のようになっており、街の景色が見えた。
空はもう真っ暗で、街はライトの灯りで幻想的な景色を映し出している。
俺は手すりに手を掛けて下を見た。 転落防止のネット越しで外の病院前が見える。
病院前は警察や護送車が並び、一般の人を近づけないようにさせている。 なんでこんな厳戒な警護体制なのかは、多分〝俺が居る〟ことが一番の理由だろう。
俺は深呼吸をして街を見る。 本当に、ここ数日の内に色々なことがあった。
雨美が俺へ告ってきて、真希が俺へ告ってきて、Gタワーで雨美が爆弾テロして、爆弾を止めるために問題を解いて、そして真希が重傷を負って……。
ほんと、詰まりすぎだろこの一日で。
俺はそこでようやく終わったと思い、柵へ手を置いたまましゃがみ込む。 一気に疲れが押し寄せてきた。 このままここで寝たい気分だ。
「悠一」
後ろから誰かに声を掛けられた。 今日は後ろから声を掛けられることが多いな。 俺は立ち上がって振り向いた。 その人物を見て俺は驚いて声を上げる。
「……〝父さん〟?」
目の前に立っていたのは佐々宮祐介。 俺の父親であり、今の日本の首相だ。 その隣にはSPが三人ほど付いている。
「息子とゆっくり話をさせてほしい。 少し離れていてくれないかね?」
隣のSPたちは俺と親父から距離を取った。
「なんでここに?」
「悠一、まずはお前が無事でよかった」
「ああ……」
まさか俺の事が心配だから来てくれたのか? いや、そんな個人的なことで来るような人ではない。 昔から――首相になる前からそういう奴だ。
昔から合理的な性格で、家庭より仕事中心で、俺の心配より物事の本質から入る奴だ。
なんで今ここに?
「何しに来たんだよ」
「お前に会う必要があって来た」
……ほんと、昔からこういう言い方しかできないのかこいつは。
「悠一、お前に話さなければいけない事がある」
「なにを?」
それから少しの間があり、父さんは口を開く。
「悠一、お前は私の本当の子ではない」
「……は?」
「お前は、鬼の血を引く人間だ。 お前の血には鬼の血が流れている」
「待て待て、待てよ。 どういうことだよ」
無論、そんな冗談を言う父親ではない。 だからこそ、俺はすぐにそれが本当の事なのだとすんなり納得できてしまう。
それに今日雨美からも言われた。 〝俺は鬼の血を引いている〟と……。
「最初から話そう」
そう言うと父さんは俺の隣に来て柵へ手を置き、さっき俺がそうしていたように街の景色を見ながら語りだした。
――十八年前のことだ。 当時私は妻に先立たれた悲しみで在籍していた日本の対テロ機関の職員を辞めようとしていた。 そんな時に、上層部のある女性から話をされた。
――世界でも類を見ない。 〝鬼の子を育ててみないか〟と。
私が実験室に行くと、そこには赤ん坊が寝ていた。
それが悠一、お前だ。
この世には怪物がいる。 神話で滅んだとされる怪物が人間の姿を借り、現代でも悪さをしているそうだ。 今世界で暗躍しているテロには、その怪物が絡んでいるのだと。
そしてその赤ん坊は、その怪物が生んだばかりの子供なのだと。 怪物の中で特に危険とされているのが、〝鬼〟と呼ばれている存在だ。
棚田雨美も、その鬼と呼ばれている存在の一人だ。
お前も見て分かったと思うが、鬼には通常の兵器や人間の身体能力で倒すことはできない。
そして鬼にしか扱えないとされている武器もこの世界にいくつも発見され、人間が使用しようとするとそれはたちまち自壊を起こすようプログラムされているらしい。
それを唯一扱えるのは、怪物と、そしてその怪物の純正の血を引く者だけらしい。
私にお前を紹介してくれた女は沙門と名乗った。 聞いたことがある名だろ?
そう、そいつは沙門元首相の奥さんだった人物だ。 だが二年前、暗殺者によって首相と一緒に亡くなられた。
沙門は十八年前そのことを私に教え、〝いずれ来る鬼との闘争のためにその子を育ててほしい〟と。 見返りに、いつの日か私を首相にすると言ってきた。
当時私は寂しさでいっぱいだった。 だから喜んでその子を家族に迎え入れた。
信じられないかもしれないが、これだけははっきり言っておきたい。 私はお前を愛している。 しかしお前を愛せば愛すほどにお前が大人になった時のことを考えると辛くなっていった。
すまなかった。 でも、私はお前を愛している。
そして、今その時は来てしまった。
「おい、〝アレ〟を」
父さんはSPたちに向かって言うと、一人のSPが手に何か筒のようなものを持ってこちらに近づいてきた。
その筒状のものを父さんが受け取ると、俺へそれを差し出す。
「この刀の名は、吉備津彦命。 アメリカではデストロイアと呼ばれている。 その昔、鬼を退治した際に使われた刀らしい」
俺はその刀を受け取る。 ずっしりと重く、手に持った途端何か得体の知れない力が溢れてくる感覚がした。
「その刀は神が作り出した刀。 その刀で鬼を切れば、鬼を倒すことが出来る。 人間には扱えないものだ。 鬼の血を引くお前になら、その刀であの棚田雨美を倒すことが出来る」
「ちょっと待てよ……まさか父さん、これを使って雨美を殺せって言うんじゃ――」
「そうだ」
時間が止まるような感覚。 この刀で、俺が雨美を殺す?
「棚田雨美は先ほど私たちに連絡をしてきた。 このあと日本の首都を〝朱雀の炎〟で焼き尽くすと言っている。 新たなる世界の狼煙を上げるのだと。 そして棚田雨美が率いる世界のテロ集団はその合図と共に一斉に動き出すらしい」
「朱雀の炎?」
「朱雀とは古代の生物兵器らしい。 その他にも、ガルーダ、ヤタガラスなどの生物兵器が確認されている。 私も詳しくは分からないが、近年それらを使う武装勢力が増え始めた。 情報によると、朱雀とは全身を炎で包まれた鳥と言われている。 そして不死身。 無論その刀でしか倒せない」
「だけど――」
父さんは俺の肩を掴む。
「頼む悠一。 この国を救えるのは、お前しかいないんだ! できればお前をこんな危険なことに巻き込みたくなかった! だが、お前しかいないんだ! 頼む!」
初めて見る、父さんのその必死な表情。 こんな表情見たことが無い。 それだけ今の状況はヤバいって事なのか……それとも――。
「総理!」
無線で話しているSPの一人が慌てた様子で父さんに言う。
「レーダーサイトが朱雀と思われる未確認の飛行物体を捉えました! 佐渡島から飛び立ち、まっすぐこの首都に向かっているという情報です! 大きさはガルーダ級!」
「なに!?」
「待て聞こえない! もう一度!」
SPの男は尚も無線から来る情報に耳を傾け、しばらくして言った。
「現在飛行物体は物凄い速さで首都を目指しています! 埼玉市上空をすでに通過し――」
――その時、空の彼方から赤い光が見えたかと思うと、一気にその光がこの病院の上空まで近づいてきた!
「!?」
それは馬鹿デカい鳥の姿をしており、全身を炎でまとっていた!
「未確認の飛行物体……解析完了! 〝朱雀〟です! なんて早さだ! もうここまで!?」
SPが叫ぶ。
「首相を守れ! 総理! すぐ退避を!」
馬鹿デカい鳥は甲高い咆哮を放ち、辺り一面がまるで昼間のように明るくなる! 距離は離れているが、こっちまで炎の熱が伝わってくる!
「悠一!」
朱雀と呼ばれた馬鹿デカい鳥から雨美の声が聞こえた。
「雨美!?」
よく見ると、朱雀の上に雨美がまたがっている。 ヴィンテージショップで見たあの十二単を着ている。
「悠一どう!? 私の朱雀は!? 今から最高のショウを見せてあげるよ! 神の再臨に相応しい、最高のショウをね!?」
雨美がそう叫ぶと、朱雀は咆哮を上げてGタワーの方へと飛び去っていった!
「こちら首相警護! 朱雀がGタワーの方へ向かった! 首相は無事だ!」
Gタワーを直接攻撃する気か!? まだ中に流星たちがいるんだぞ!?
「父さん!」
俺は父さんに掴みかかる!
「雨美を止める! どうしたらいい!? Gタワーにはまだ友達がいるんだ! 早く止めないと!」
「ああ! 分かってる! おい!」
父さんがSPに指示を出すし、SPがどこかに通信を入れている。 それから間もなくして上空から黒い筒状の飛行物体が中庭へと降り立った。
ミサイルのような見た目だが、その横には翼の代わりに帯状のヒレのようなものがついている。
「これは!?」
「アメリカが開発した対ガルーダ戦闘機だ。 今回アメリカの対テロ機関の全面的なバックアップを受けている。 悠一! 早く乗れ!」
俺は刀の鞘に固定されている紐を体へ固定し、すぐに副操縦席に乗り込んだ。 操縦席に窓はあったが、なぜか副操縦席に窓はなく、かなり損壊が激しい。
「佐々宮悠一! これを被れ!」
操縦席の窓が開き、パイロットが俺にヘルメットのようなものを渡してくる。 それを被ると、ヘルメット内部のスピーカーから声が聞こえる。
≪俺はカルスだ! よろしく! 俺の声は聞こえてるか!?≫
「あ、ああ! 聞こえてる」
≪よし! 今から朱雀に乗った棚田雨美を追う! 刀は持ってるな? 掴まってろよ!≫
パイロットのカルスはそう言うと、戦闘機を急発進させた。
父さんたちの姿が一瞬にして遠ざかっていく。
かなりスピードが速く、風圧で副操縦席から吹き飛ばされるかと思ったが、意外なことにそれほど重力や風の抵抗を受けない。
≪その刀の力があれば、そのぶっ壊れた副操縦席でも通常通り乗っていられる!≫
しばらく飛び、戦闘機は上空を飛んでいる朱雀を捉える。
飛んでいる戦闘機は俺たちだけではなく、他にも戦闘機が数機飛んでいた。 その戦闘機がミサイルを発射し、朱雀に命中させるがどれも朱雀にダメージを与えられている様子はない。
≪悠一! いいか? この戦闘機は対ガルーダ戦闘機だが、相手はあの棚田雨美だ。 恐らく足止めぐらいにしかならないだろう!≫
「どうすればいい!?」
≪対G用ミサイルとガトリングガンを掃射してアイツの動きを鈍らせて接近する! お前はその隙に朱雀へ〝飛び移れ!〟≫
耳を疑った。 飛び移る!? この戦闘機からあの朱雀へ!?
「生身で!? てかあの馬鹿デカい鳥燃えてるけどぉ!?」
≪大丈夫だ! その刀があればできる!≫
マジかよ……。 しかし、この刀を持っているとそんな芸当も可能なんじゃないかと思えてくる。
≪神の造物には人間の力では太刀打ちできない! しかしその刀なら殺せる! 飛び移ったら朱雀をその刀で刺せ!≫
「飛び乗るのは百歩譲って良いとして、どうやって降りる!?」
≪足元にパラシュートがある! それを着用しろ! スカイダイビングだ!≫
カルスの言う通り足元にはパラシュートの〝バッグ〟があった。 俺はそれを背負ってベルトを固定する。
「何も無いよりかはマシってか!」
すでに目前にはGタワーが見える。 朱雀がGタワーへ向けて口から炎を吐いた!
「!?」
朱雀の炎はGタワーへ直撃する! しかしその一撃だけではGタワーを倒壊まではさせられないようだった。 Gタワーは多少揺れたものの、まだその姿勢を維持していた。
≪攻撃開始する!≫
カルスが合図すると、戦闘機から一斉に朱雀へ向けてミサイルが発射された!
閃光、爆音と共にミサイルは朱雀に全弾命中したが、その爆炎とは関係なく、朱雀に致命傷を与えるには厳しかった。
朱雀の頭部がこちらを向き、その大きな口ばしを開けて炎が吐かれる! 炎は一瞬にして戦闘機を包み込む! 同時に機内でアラート音声が鳴り響く!
≪朱雀のフレア! 機体損傷!≫
炎の中に居るのに、不思議とそれほど熱さを感じない……。 これがこの吉備津彦命の力なのか?
やがて戦闘機は炎の中から抜け出し、再び朱雀と対面する。
≪くらえ!≫
真正面からガトリングガンを浴びせ、その猛攻に朱雀は一瞬だけ身動きが止まった。
戦闘機は一気に朱雀へ接近する!
「悠一今だ! 飛べぇ!」
カルスの一声で我に返る。 そうだ、今しかチャンスはない! 飛べ悠一! 一世一代の勇気を見せろ!
俺は戦闘機とニアミスする朱雀へ――その体を、外に全力で投げ入れる……!
「うぉぁああああ!」
朱雀の背中へ――着地する! 不思議と燃え盛る鳥の背中なのに熱さは感じない。 そして目の前には、雨美が居た。 両手に一本ずつ刀を持っている。
「雨美ぃいいい!」
俺は叫ぶ。 雨美は俺を見て笑っていた。
「悠一! はは! どうしたのこんなところで!」
「雨美! とにかく話し合おう! これ(朱雀)をとりあえず下に下ろせ!」
「それは無理な相談だよ! てかそれ、吉備津彦命だよね!? その刀で私を殺すんだね!? いいよ! やってみなさい!」
「ちがぁぁう! 話し合おうって言ってるんだよぉおッ!」
しかし雨美は俺の呼びかけに構わず、両手の刀を構えて突進してきた。
「くそ!」
瞬足で近づいてくる雨美の姿を捉えることが出来ず、俺は咄嗟に持っている刀で攻撃を防いだ!
雨美の刀と俺の刀が交わって金属のぶつかる音、そして同時にこの世の者ではないような叫び声にも似た音が空中で炸裂する!
「……!」
途端に、俺の体の中を熱い何かの感覚が駆け巡り、雨美の交わる刀へと……反発した力が瞬間的に加わりつばぜり合い状態から解放される!
気づくと俺は刀を振り、雨美を刀ごと薙ぎ払っていた!
雨美の体は吹っ飛ばされ空中を舞い、途中にあった朱雀の羽を掴む。
「雨美……!」
雨美の所へ駆け寄ろうとしたが、体が言う事聞いてくれない事をそこで初めて自覚する。
俺の腕は勝手に動き、その刀を掲げ……切っ先を朱雀の背中へと向ける。
「くっそ! なんだこれ! どうなってる!?」
その力に抗おうとしたが、まるで刀が勝手に俺を操っているかのように自分自身の行動を制御できない。
「……!?」
そして、刀の切っ先は朱雀の背中目掛けて振り下ろされる! 肉を貫く重い音と共に、その貫いた先から炎が物凄い勢いで溢れ出した!
朱雀は人とも獣ともつかぬ甲高い絶叫を上げ、しっちゃかめっちゃかに空中で暴れながら空高く上昇していく! どんどん空を登り、〝積乱雲〟を広げて朱雀は遂に雲の上まで上昇した!
すると朱雀の全体が真っ赤に光りだし体全体が振動する!
――まずい! 直感でそう思った時、刀は一気に朱雀の背中から引き抜かれ、俺は朱雀から飛び退いて空中へと身を投げる!
その瞬間――朱雀から眩い閃光が発せられ、爆発が起きた!
「うわぁあああ!」
爆発に巻き込まれそのままの勢いで吹っ飛ばされる。 空洞になった積乱雲の中に突入し、俺はそこで我に返る。
爆発した朱雀は直視できないほどの光を放っている。
俺は猛スピードで落下していきながら、雨美を探す。
「悠一ぃいい!」
声のした方を見ると、雨美が俺の方へ向けて迫っていた!
「雨美……!?」
雨美は落下しながら、俺へ刀を振りかぶる。
俺は空中で何とか体勢を立て直して、さっきと同じように刀を使って防御の姿勢に入る。
その瞬間、再び刀が俺の意思とは反して勝手に動き、当たりそうになる雨美の刀の一本を弾いて雨美ごと吹っ飛ばした! まるで雷鳴のような音と共に、二本の刀のうちの一本が雨美の手から離れる。
雨美はそこで気を失ったのか、体を脱力させながら無造作に落下していく。
「くそ!」
このままでは墜落死だ。 俺はなんとか体を傾けて雨美の元へ近づく。
刀を持たない手で雨美の方へ手を伸ばし、ゆっくり……ゆっくりと近づき……。
――掴んだ!
真下には街のビル群の灯りがかなり近くで見える。 早くパラシュートを開かないと!
気絶する雨美の体を自分の腕でしっかりと支え、少し手こずったがなんとか刀を持つ方の手でパラシュートバッグの紐を引く!
バサッ! という音と共にパラシュートが展開され、衝撃で雨美から手を放してしまいそうになったがなんとか力を入れて落とさないように体を持ち続ける。
急降下がなだらかになり、風に流されながら落ちていく……。
「はあ……」
スリリングだった……。 俺は上を見上げる。
雲の上から朱雀の爆発した際の光が、まるで太陽のように眼下を照らしている……。
「う……ううん……」
意識が戻ったのだろうか? 雨美がうめき声をあげ……そして自分が今俺の手によって一緒にパラシュートで下降していることを理解する。
「目が覚めたか? 大丈夫か?」
そう呼びかけた俺の顔を、雨美は見つめた。
「お、おいおい。 ここで暴れないでくれよ! 今ここで暴れたら二人とも地面に落ちて死ぬからな!?」
俺は自然と雨美を支える腕に力が入り、自分の体へ雨美の体を密着させる。 そのせいで、雨美の顔がさらに俺の顔へと近づいた。
雨美は俺の心配するようなことはせず、大人しく俺の腕に抱かれている。
「やっぱり……似てるね」
雨美はそうひとこと呟いた。 似てる?
「似てるって……誰に?」
「吉備津彦命」
「吉備津彦命って……この刀か?」
俺が刀を見ながら聞くと、雨美は首を微かに振って。
「私の初恋の人」
「……初恋?」
真下にはちょうど〝赤い鉄骨〟のタワーが見える。
「その刀はね、鬼を殺した者の名を取って付けられたの」
「鬼を殺した奴を……好きになったのか?」
雨美は目をつむり、何かを思い出したかのように笑う。
「吉備津彦命は、〝人間〟だった。 所詮鬼の私には過ぎた願いだったの」
「で、鬼の俺を好きになったってこと?」
「ほんと鈍いなあ悠一は。 でもそこが良いんだよね」
「何を言っているのか分からないぞ。 お前の話はいつもそうだ」
「悠一。 あなたは鬼じゃない」
「え?」
「私を、殺してくれるから」
「そんなこと、俺がすると思うか? 確かに真希……凪に酷い事をした。 みんなを危険な目に遭わせた。 それは許せない。 でも、だからって仇討ちなんて俺はしないし、そんなの今の時代流行らない。 それに凪は、最後までお前のことを友達だと思ってたんだぜ? そして助けたいって思ってたんだ。 あ――凪は生きてるからな! そこは安心してくれ!」
慌てて訂正する俺を見て、雨美は笑った。
「悠一ってさ、ほんとおめでたい。 こんなことをしておいて、私のことを許そうとしてくれてるの?」
「いやだから、許さないって。 ……お前が鬼だかなんだか知らないが、お前にはお前なりの事情があったんだろ? そこは理解する。 でも雨美、俺たちには俺たちの事情があるんだ。 だからこんなことは、できればもうやめてほしい。 俺の願いだ」
雨美は黙って俺をずっと見つめていた。 この至近距離だ。 俺はまたドキドキしてしまう。
「いや……だからな? ……好きな人のお願いくらい、一つぐらい聞いてくれてもよくないか!?」
照れ隠しに少し乱暴に言う。
「鬼はね、退治されるものなんだよ」
「そんなルール誰が決めたんだ?」
「私」
「そんなルールは知らないし聞いてないね! なあ雨美、もっと柔軟に考えようぜ! 難しい問題ばっか作ってて逆に頭が固くなってんじゃねえのかァ? んん?」
「それはできないの。 どうしても」
「なんでだよ」
「私が、鬼だから」
言い終わると同時に、雨美は俺の腹を蹴って離れる。
「雨美!?」
雨美は真下の〝赤い鉄骨〟のタワー先端へと落ちていく。
俺もすぐに鉄骨へとパラシュートのまま突入する。
「ぐっ……!」
パラシュートは途中にある突起に引っかかって止まった。
雨美は俺より一段上の鉄骨へと既に着地している。
俺はすぐにパラシュートの紐を刀で切って鉄骨の上へ着地した。