第十一章 『阿鼻叫喚』
「で、凪。 これは一体どういう問題なんだ?」
オリンピックスタジアム前の広場で、俺は凪と一緒に問題を考えていた。
「……これは単純に、あるなし問題だね」
「あるなし問題?」
「そう。 例えば……そうだね。 車にあって、ボートにない。 自転車にあって、人にはない……答えはタイヤ。 みたいな。 あるものの方に関連したものが正解になるのがあるなし問題ってやつ」
「なるほど……じゃあこの、ワインにあってブドウにないってのはなんだ?」
「ワインはお酒……アルコール? 違うな……」
「家具にあって具材にないってのは?」
「家具は食べることができなくて……具材は食べることができる的な? いやでもそれだとブドウは食べることが出来るし……」
「じゃあさ、楽器にあって音にはない?」
「楽器は物理的に存在するもので、音は……うーん、なんだかわからなくなってきた」
「おいおい頼むぜ物知り凪さんよ」
「悠一あんたも考えなよ! 私にばっか頼ってんじゃないよ!」
べしっと頭を叩かれた。
「頼りきれないところが好きなんじゃないのか?」
「えぇ!?」
なんてことない、いつも通りの反撃をしただけなのだが、俺の言葉で凪は一気に顔を赤くさせてしまう。
いつも通りの反応をしてほしかったのだが、これじゃ俺まで恥ずかしくなってしまう。
「じょ、冗談だよ! 本気にするな!」
「た、頼りきれないけど頑張ってるところが……好きなの」
そうぼそっと呟く凪を見て、俺はこの気まずさに耐えきれずに頭を掻きながらそっぽを向いた。
「と、とにかく……だな。 ん?」
再び携帯が鳴る。 流星からだ。 俺は助けを求めるように電話に出る。
「流星か? 爆弾は!?」
≪ああ、金村のメスさばきでなんとか次の解体手順は成功だ。 中から赤と青のコードが出てきた≫
「赤と青のコード?」
俺がオウム返しをして聞くと、凪は気づいて俺の電話口に耳を近づけてきた。
凪にも聞こえるようにスピーカーにしてやる。
≪たぶん次は、このどちらかを切れってことなんだろうな……≫
「そのどっちかはこの問題を解かないとダメだ。 最悪解けなかった時は確率は二分の一だがどちらかを切るしか――」
言いかけて俺は口をつぐむ。 俺が言うにはあまりにも無責任な言葉だと思ったからだ。
≪そうだな。 デッドオアアライブだ。 僕たちの運命はこのどちらかで二分される≫
「ああ……」
「大丈夫だよ赤塚! 私と悠一がちょいちょいって解いて、雨美から爆弾の解除方法を聞いちゃうから安心して! ね? そうだよね!」
横から凪が努めて明るく言った。 凪がこんなに心強く思った事はない。
そうだ。 何を不安に感じる。 何をネガティブに考えてる。
俺が、俺たちがみんなを助けるんだ。 絶対に。
「ああ! 任せろ流星! 絶対に助けるからな!」
俺はそう力強く流星に言った。
※
【日本海上空】
副操縦席が爆風で吹っ飛んだ。
「こちらスカイフィッシュ! 被弾した!」
≪敵影は?≫
「相打ちだ。 残りの敵影はない!」
≪エールは?≫
「副操縦席が吹っ飛んでる! エール! 聞こえるか!? 無事か!?」
パイロットは副操縦席へ必死に呼びかけるが応答はない。 パイロットは後ろを振り返る。
副操縦席には確かにエールが座っていた。 しかし頭から血を流し、意識があるようには見えない。
「……意識はない、生死不明」
≪〝デストロイア〟は?≫
パイロットはもう一度振り返る。
その体に刀が括りつけられていることを確認する。
「ああ、〝デストロイア〟は無事だ。 体に巻き付いてる!」
≪そのまま空港まで向かえ。 とにかく〝デストロイア〟が最優先だ≫
「ああ……」
パイロットは再び操縦に集中しようとするが、もう一度ダメもとで振り返って大声で叫ぶ。
「おいエール! まだ寝かせないぞ! 起きろ!」
しかし、エールは再び動くことは無かった。
※
【十三時五十分 オリンピックスタジアム タイムリミットまで01:10:34】
「悠一! わかった!」
凪が叫ぶ。
「答えが分かったか!?」
「うん! メモと照らし合わせてみたら簡単だった! いい悠一? もう時間がないから手短に説明するね! 答えはヴィンテージ! ほら、ワインならヴィンテージワイン、家具ならヴィンテージ家具、楽器ならヴィンテージ楽器! だから答えはヴィンテージショップ!」
「おお! 確かに!」
「決まり! ここからの経路は!?」
俺はスマホでヴィンテージショップを検索する。 ここから歩いて三十分だ。
「くそ! 遠いな! 走るぞ!」
俺たちはすぐに走り出してヴィンテージショップに向かった。
商店街を抜け、オフィス街を抜け、繁華街へ入る。
なるべく止まらず、全速力を維持して走り続ける。
早くしないと爆弾が爆発してしまう。 一刻の猶予もない。
警察に助けが借りられない以上、タクシーなどを利用することもできない。
体はもう汗だくだ。 熱中症にも近い症状を感じながらも、途中にあった自販機で買ったスポーツドリンクを飲みながら俺たちは目的の場所目指して走る。
――そしてようやく、区内で唯一のヴィンテージショップに着いた。
ここは都内でも規模の大きいヴィンテージショップだ。
古着や雑貨、家具、家電、あらゆるジャンルの品を扱っている。 俺たちは店内に入ると雨美を探した。
店内は広く、一階と二階で分かれている。 俺はスマホで時計を見てみた。
現在時刻は十四時十分。 タイムリミットまであと00:50:00だ。 もう時間がない。
見渡すとすぐに異彩を放つ人物に目が行く。
目の前の古着のコーナーに、〝十二単〟を着た雨美が立っていた。
「雨美!」
俺たちは雨美に近づく。
「悠一、正解おめでとう」
「なんだよその恰好」
「ああ! 懐かしかったから買っちゃった! どう? 似合うかな?」
雨美は着物の袖を持って見せびらかしながら近づいてくる。 古風な衣装(着物)も正直似合うと思ったが、俺は敢えて何も言わなかった。
「つれないなあ。 お世辞でも、女の子には似合うよって言ってあげたらいいと思うよ」
「そんなことより雨美、爆弾の解除手順を教えろ! もう時間がないんだ!」
雨美はそこで真顔になる。
「その前に悠一、ここでゲームは終了だよ」
「なに?」
「本当は問題をもう一つ用意してたんだけど、どうやらそれを解くことはできないみたい。 だから正解だけ教えるね? 最後の問題の正解は、〝エキシビジョンセンター〟。 ここから十五分のところにある」
「エキシビジョンセンターで最後にする予定だったってことか? でもなんで――」
なんでここでゲームを終わらせるんだ? さっきまでノリノリだったこいつが、ここで終わらせる理由ってなんだ? 単純に飽きたから? それとも改心したのか?
「ルールを破ったからだよ」
「なに? 俺はルールを破ってない! 警察にも話してないぞ!」
雨美は笑いながら凪に言った。
「真希、あんた狡猾だね。 自分の母親を使って警察をここへ誘導したんだからね」
「雨美、何かの勘違いだよ! あたしはそんなことしてない!」
凪が一懸命否定するが、雨美には響いていないようだ。
「悠一教えてあげる。 この店の中にいる人間は全員、私たちを除いて全員変装した警察の対テロ特殊部隊なの」
「はあ? なんでそんなことわかるんだよ!」
俺は周りの客や店員を見てみる。 パッと見警察関係者には見えない。
しかしよく見るとみんなこちらの方へ鋭い視線を向けてるし、少し大きめのバッグを全員持っておりの中の〝中身〟をすぐに取り出せるように手を添えている。
俺の額から冷や汗が一筋流れる。
「言ったでしょ? クヴェラはこの国の通信をすべて監視してるって。 警察の動きは私には筒抜けなの。 こいつら、ここで私を捕まえようって考えてる」
「雨美、もしそうだとしても、あたしが止める。 お母さんに連絡して、あんたに近づかせないように言うから、だから爆弾の解除方法を――」
――その時、雨美の手が動く。
次の瞬間、凪の体から赤い血しぶきが溢れた。
「……!?」
見ると、凪は雨美が取り出した刀によって切られていた! 凪は自分に何が起きたのかを確認する前にその場に倒れる……!
「凪!?」
凪に近づく。 辺り一面に血だまりが出来ている。
「凪!? 大丈夫か!? おい! おい!」
意識は無いようだった。 体を抱えて必死に血を止めようとするが、体からドクドクと溢れて止まらない!
「残念だよ悠一! こんな形でゲームを終わらせるなんて、本当に残念!」
「雨美! 貴様ァ!」
その途端、周りの客が全員こちらへ向けて迫ってきた。 見ると全員手には銃を握って雨美へ向けて構えている。 やはり周りの客は警察の特殊部隊だったようだ。
「棚田雨美! 刀を置いて地面へ伏せろ!」
一人の銃を持った男が叫ぶ。 しかし雨美は微動だにしない。
「危険だ! こっちへ!」
別の男が俺の服の襟を掴んで引っ張る。 倒れている凪も別の人に引っ張られていく。
「くそ! 離せ! お前たち何なんだよ!?」
抵抗するが男の力が強くあっという間に俺たちは店の入り口近くまで離されてしまう。
「落ち着け佐々宮さん! 私たちは君を助けにきた!」
引きづってきた男が俺を押さえつけながら言うが、その手を何とか振り払いながら叫ぶ。
「やめろ! そいつしか爆弾の解除方法を知らないんだ! 刺激するな!」
俺の必死の叫びが隊員たちの耳に届いたかは分からない。 しかしどちらにせよ、銃を下ろすようなことはしなかった。
「刀を捨てろ! 撃つぞ!」
また男の一人が言う。 しかし雨美は刀を捨てない。
雨美は俺を見つめて言った。
「ゲームオーバーだ。 悠一」
そう言った途端、その姿は消えた。 そして次の瞬間――。
「ぎゃゃああああ!」
店の中に絶叫がこだまする。
見ると一番遠くに居た隊員が雨美に腕を掴まれて倒れていた。 腕はおかしな方へ曲がっている。
「撃てぇ!」
誰かが叫んだその言葉で、店内で一斉に銃声と閃光が入り混じる。
「待て! 撃つなあああ!」
俺の叫びは銃声でかき消され、それは数秒間続いた。
銃声が響いている間、怒号、悲鳴、絶叫、阿鼻叫喚の様が繰り広げられ人が一人、また一人と倒れていった……!
――しばらくして……銃声と叫び声が止んだ。
代わりにうめき声がそこら中から聞こえている。
周りには銃を持っていたはずの男たちが全員倒れていた。 そしてその中心には……雨美が、何事もなかったかのように立っている……。
……何が起きたって言うんだよ? あんだけ銃で撃たれてたのに、なんで雨美だけ立ってるんだよ!?
もう周りに雨美を制止する者は居ないのは明らかだった。 そして雨美はゆっくりと俺に近づきながら呟く。
「愚か。 鬼に人が勝てるわけがない。 でも私は対等に勝負しようとした。 約束を破ったのは人間の方……」
「雨美……お前は……」
雨美は俺の目の前まで来ると、俺の事を見下ろしながら静かに言う。
「タワーのみんなを助けたい? 悠一」
「ああ……」
「ならヒントくらいならやろう。 神は慈悲を与えるものだ」
雨美はかがみ、俺の頬をそっと撫でながら囁く。
「爆弾を解除するすべてのヒントは、私と悠一があの図書館で話した内容を思い出すこと。 【あの〝物語〟に、〝悠一が感じた感想〟】……それが答えよ」
「なんだよそれ。 意味が分からない! もっと――」
「最後くらい自分で考えなさい悠一」
そう言うと、雨美は店の外へと出て行った……。 そして外からは再び銃声と悲鳴が聞こえてくる。
しばらく茫然としていたが、隣で倒れていた男が俺に近づいてくる。
「佐々宮さん! 大丈夫か!?」
男はそう言うと、無線を取り出してどこかに通信する。
「こちらA! 首相の息子を保護した! 棚田雨美には逃げられた! 繰り返す! 棚田雨美には逃げられた! すぐに追跡を――」
「うわぁあああ!」
俺は通信中のその男に掴みかかる。
「何なんだよお前ら! 関わるなって言ってただろ!? なんで来たんだよ! お前らのせいで、爆弾が……凪が……!」
その時、隣からうめき声が聞こえて我に返る。 凪だった。
「凪! おい大丈夫か!? おい!」
俺は凪を抱きかかえる。
「悠一……」
声は消え入りそうで、体からはまだ赤い血が溢れ、顔が青ざめている。
「雨美は……?」
「逃げられた……」
「悠一……爆弾を……」
「ああ、分かってる! 何とかする! だから喋るな! もうじき救急車がくる!」
俺は隣の男へ目くばせする。 男は俺の意図を察したのか、無線で医療班を呼ぶように伝えていた。
「大丈夫! 傷は浅い! だから気をしっかり保て!」
このまま凪が意識を失うことがあれば、もう二度と凪の言葉を聞くことができない。 気休めでもなんでもいい。 とにかく俺は凪を励まし続ける。
凪は焦点の合わない目で俺を見つめ、そして力の入らない手で俺の頬にゆっくり触れて……笑いながら、言う。
「ねえ悠一……最後にお願いがあるの……聞いてくれる?」
「最後なんて言うな! なんでも聞いてやるから、だからしっかりしろ!」
「真希って呼んで」
そう力なく言った。 俺は流れる涙を肩で拭うと、凪にしっかり聞こえるように言う。
「真希! 真希! ほら、何度でも呼んでやるから、だからしっかりするんだ! 目を開けてろよ!」
〝真希〟は微かな笑顔を見せるとそのまま目を瞑ってしまい何も言わなくなってしまった。
「真希! おい! 目を開けろ! 寝てる場合じゃないだろ! 起きろよ! おい!」
※
【官邸会議室 タイムリミットまで00:36:56】
「何故取り逃した!?」
佐々宮総理の声が会議室中に響く。 目の前に座っていた凪羅は表情を変えずに言う。
「棚田雨美の身体能力はどうやら我々の想像を超えていたようです。 現場で対処した特殊部隊員のほとんどは重症。 追跡部隊も全員重傷を負っています。 しかしご子息は無事です。 ご安心ください」
「爆弾の解除方法を知っているのは奴だけだ!」
「棚田雨美から最後のヒントをもらっています。 一か八か、その方法を試してみるしかないでしょう」
佐々宮総理は顔を手で覆う。
「君の娘は棚田雨美に切られたようだね。 大丈夫か?」
「現在医療班に運ばれて治療中です。 そんなことより総理、爆弾はどうしますか? ちなみにタワー窓の穿孔作業は引き続き行っていますが、最低でもあと三時間は掛かる見通しです」
「解除するんだ! 窓の穴をまだ開けられない以上、中の爆弾を解除するしかないだろう!」
すると凪羅の携帯に着信が入る。 凪羅は「失礼します」と言って電話に出た。
しばらく受け答えをして電話を切ると、総理に向き直り言った。
「総理、吉備津彦命が届きました」
「刀か?」
「はい。 現在選択肢は二つです。 棚田雨美の要求は吉備津命の引き渡しです。 刀を渡すか、爆弾を解除する以外ありません」
総理は最後の決断を迫られた。
「それか或いは、三つ目の選択肢があります」
凪羅が静かに言う。 他に何かあるのか?
佐々宮総理は藁にもすがる思いで凪羅の次の言葉を待った。
「吉備津彦命は一般の人間には扱えません。 鬼の血を引く者が持って初めてその効果を発揮します。 ですから――」
※
【タワー情報処理層 タイムリミットまであと00:28:46】
「悠一! お前が付いていてなんで……! 馬鹿野郎!」
赤塚は悠一へ怒りをぶつける。 電話じゃなかったらそのまま殴りそうな勢いだった。
≪すまない……すべて俺のせいだ。 俺が……≫
散々赤塚が罵ったあと、悠一は力なく謝る。 その消え入りそうな声に、赤塚は幾分か平静を取り戻す。
「悠一、わかったよ……もう気にするな。 僕も言い過ぎた。 でも――」
赤塚は電話口で拳を握る。
「ここから無事出られたら、お前を一発ぶん殴らせろ。 それでチャラにしてやる!」
≪……ああ!≫
「それで、爆弾の解除方法は?」
≪雨美は最後にヒントを言った。 それは〝泣いた赤鬼〟について〝俺が感じた感想〟だ。 それは俺と雨美にしか分からない≫
「うん」
≪もし、俺の解除方法で合ってるのなら、方法はこれしかない。 赤と青のコードを、〝両方同時に切る〟これしかない≫
「それに賭けるしかないってことだな」
赤塚は教師村岡を見る。
「先生。 僕、悠一を信じます」
「……」
教師村岡は再び自分の持っているノートPCに目を落とす。
「宮部さん」
ディスプレイ越しに、宮部が映っている。
≪村岡先生。 大丈夫。 あなたは一人じゃない。 私が付いてる。 あなたの勇気が、そこにいる全員の勇気に火を点ける。 私はそれを見ています≫
「ありがとう。 宮部さん」
≪ああ、あと村岡先生≫
「はい?」
≪一仕事終わったら食事でもどうですか? 良い店知ってます≫
「ええ、良いですね。 でもその前に、ゆっくり休ませてください」
村岡は笑いながらそう言うと、ノートPCから体を離して爆弾の前まで歩いていく。
そこで、爆弾の前に集まる生徒全員を見回して言った。
「皆さん! 爆弾解除方法がわかりました! これから解除します」
室内のみんなが村岡の言葉を一言一句逃さず聞く。
「爆弾の解除は私たちにしかできません! 私は、この爆弾を解除できると信じています。 ですから皆さんも信じてください。 必ず解除できると。 だから、みなさんに感謝の言葉も言わなければお別れの言葉も言いません。 それは爆弾を絶対に解除できると信じてるからです。 信じることで、それは叶うのです! これは何も爆弾の解除に限った話ではありません。 これから先、皆さんの前に似たような困難が沢山訪れるでしょう! でも、勇気を出して、その先へ歩みだしてください! 先生は、今からそれをみなさんに教えます!」
室内の生徒は、無言でうなずいた。
一方で、その集団から離れて室内の壁にもたれかかっている一人の男が居た。 皆瀬だ。
皆瀬はスマホを耳に当てて話をしていた。
「萌香か? 父さんだ。 ああ、大丈夫だよ、心配するな。 今から父さんな、ちょっと大きな仕事をするんだ。 だから涼子と萌香の声が聞きたくなってな。 ……父さんな、言ってなかったけど、涼子と萌香にいっぱい励まされてきたんだ。 お前たち二人のお陰で父さん、頑張ってこれたんだ。 それを伝えたくてな? だからこのあとする仕事も、二人の声が聞けて頑張れるんだ。 それを……今まで伝えられなくてごめんな? でもこれからはずっとお前たちのこと、たくさん見てあげるから、もう寂しい思いはさせないからな?」
皆瀬の目からは多くの涙が溢れている。 それを電話口の向こうに悟られないよう、声が震えないよう努めた。
「ほら、泣くな。 父さん泣いてるお前を見るのはつらいぞ? いつまでも笑って、幸せに生きてほしいんだ。 大丈夫、父さんずっと見守ってるからな? だから安心して、精一杯生きるんだぞ!」
皆瀬は腕時計を見て……そして爆弾の周りに集まっている生徒たちを見る。
「さて、そろそろ時間だ。 父さんそろそろ行かなきゃ。 いいか萌香。 母さん悲しませるなよ? 涼子も、萌香を頼むぞ? お前たちは、私の世界で一番大切な存在だ。 父さんいつまでも、ずっとお前たちのそばに居るからな? じゃあな――」
そう言って、皆瀬は電話を切った。
「さて……」
皆瀬は深呼吸をしながらハンカチで顔を拭いて爆弾へと近づく。
「さてさて皆さん! 下がってください! 最後の役目は、このアタシ皆瀬が背負います! なんせアタシはこのタワーの管理責任者ですからね!」
「皆瀬さん……」
教師村岡が皆瀬を見る。
「皆さん! 何をそんな悲しい顔をしているのですか? 爆弾は絶対に解除できます! なんせ私が言うんですから間違いありません! ほら、ペンチを貸してください!」
皆瀬は村岡が持っていたペンチを受け取ると、笑顔で言った。
「さあ、今日の晩御飯は何かな? 楽しいこと考えましょうね! お家で待ってる大切な人の所へ一刻も早く帰りましょう!」
皆瀬はペンチを〝赤と青のコード〟へ添える。
それを見て、赤塚は再び悠一へ声を掛けた。
「悠一、聞こえるか? 一旦電話を切るぞ」
≪は? なんでだよ!≫
「お前は凪羅のそばで全力で見守ってやるんだ。 僕は僕たちの無事を祈る。 お互いの願いが分散したら、叶う願いも叶わないだろ? 大丈夫。 僕たちのことは心配するな。 凪羅を頼むよ」
≪おい流星――≫
赤塚は電話を切った。
※
救急搬送中の車の中で、医療スタッフが凪――いや、真希の処置をしている。
容体は極めて危険な状態である事が、医療知識のない俺でも周囲の緊迫した雰囲気から感じることが出来た。
隣にはさっき俺と一緒に居た警察関係者の男も乗っている。
男はどこかに通信をしていた。
「凪――いや真希! しっかりしろ! 俺が付いてるから!」
真希に声を掛ける。 依然として意識は戻らない。
「佐々宮さん」
通信中の男が俺に声を掛けてくる。 俺の中で、緊張が走った。
「爆弾は――」
唾をごくりと飲み込む。 世界が止まったように感じた。
「爆弾は解除成功だ」
その言葉を聞き、俺は膝から崩れ落ちた。 良かった……本当に良かった!
「あぁ……真希……爆弾は解除できた! みんな無事だ! 聞こえるか! 真希! 爆弾は解除できたんだ! お前も起きろよ! なあ!?」
俺は真希に呼びかける。 絶望に暮れる俺の耳に、微かにだが声が聞こえた。
「ゆう……いち……」
幻聴ではない。 か細い声で、確かに真希の口から俺を呼ぶ声が聞こえた。
「真希!」