第九章 『向き合う者たち』
雲の上を一機の戦闘機が飛んでいた。
しかし普通の戦闘機と違い、形はロケットのような棒型で、翼は先頭から後部までを帯状のヒレのような羽になっておりそれがユラユラと揺れている。
乗員は二名。 前方の操縦席には操縦士、後方には副操縦士が乗っているタンデム式だ。
副操縦士席に乗っている人物はヘルメット型のディスプレイ(JHMCS)越しに窓から下を覗く。 下は一面雲海が広がっていた。
超高速で飛んでいるはずだが雲のせいでまるで自分たちが止まっているように見えていた。
≪エール。 間もなく日本の領土に侵入する≫
操縦士から副操縦士のスピーカーへ報告が入った。
「さすがに早いな。 不審な機影は?」
≪今のところはないな。 報告も入ってきていない。 だが現在日本のGタワーは索敵能力を失っている。 報告は当てにしない方がいいだろう≫
「空港まで、あとどれぐらいだ」
≪順調に飛行できれば四十分弱ってところだ≫
「そうか。 三十分だけ仮眠する。 もう三十時間ぐらい寝てない」
≪そりゃ働きすぎだ。 労働省に相談した方が良いんじゃないか?≫
「普通の仕事ならとっくにしてる」
≪俺たちにとってはこれは普通の仕事だろ?≫
面白い男だ。 エールは「とりあえず寝かせてくれ」と言って目を閉じた。
――エールがまどろみかけた時、連続的な電子音で意識が一気に覚醒する。 時計を見ると二分ぐらいしか寝ていなかったことがわかる。
≪レーダーに未確認反応! Gパターン! エールよく眠れたか?≫
「ああ、爆睡だったよ」
≪レーダーに複数の未確認飛行体を確認している。 数は――八匹。 大きさはそれほどでもない。 恐らく〝ヤタガラス〟≫
「さすが彼女の国だな。 行けるか?」
≪数が多いが、このスカイフィッシュは対ガルーダ用に造られたものだ。 行ける。 周囲の警戒を頼む!≫
「任せろ」
戦闘機は前方の影へ向けて突進を開始した。
※
【午後十二時三十分 Gタワー情報処理層】
偵察ドローンが爆弾の周囲をプカプカと浮いていた。 ドローンのカメラ映像は爆弾処理班と警察機関に送られ、その解析が進められている。
村岡はノートPCのディスプレイに映っている爆弾処理班班長の宮部と話をしていた。
その横でタワー責任者の皆瀬は二人の話を黙って聞いている。
この異常事態で中に居る人間はほとんどが学生。 そうなると、中の者へ適切に指示ができるのは教師村岡しかいないと判断しての対応だった。
「あの、宮部さん……爆弾は、本物なんですか?」
村岡は震える声で宮部に聞いた。
≪ドローンに搭載されているX線検査機能で内部を解析したところ、本物の可能性が九〇%と判定されています。 放射能反応も検知≫
「やっぱり核爆弾なんですか!?」
≪落ち着いてください。 本物なら解除すれば大丈夫。 放射能反応も、容器が密閉されており今のところ人体に害があるレベルで放出はされていません≫
「……宮部さん、生徒の一人から棚田さんと接触している佐々宮さんの報告を聞いています。 彼女は……何者なんですか?」
宮部はしばし沈黙する。 ――そして口を開いた。
≪彼女は国際的なテロリストでした。 名前も、これまでの経歴もすべて偽り≫
「やっぱり、ただの子供ではないんですね」
≪……いいですか。 爆弾は、本物の可能性が高いというのが上の出した結論です。 ですが聞いてください村岡さん。 私は、絶対にあなた達を助けます。 約束します≫
「宮部さん……実は私……さっきから手の震えが止まらないんです。 あの子たちも同じ気持ちだから、私が勇気づけてあげなきゃいけないのに……」
≪村岡さん≫
「こんな時になんですけど聞いてください……。 子供の頃から教師に憧れて、生徒が困っていたら率先して助けてあげよう、何かあったら相談に乗ってあげようって、みんなを助けられる教師になろうって思ってたのに、いざこういう状況になってしまったら、生徒たちを助けるどころか、一緒になって震えてしまって……これじゃあ上に立つ者失格ですよね? 私は教師ではありません宮部さん。 ただの人間です。 それを、棚田さんに思い知らされました。 私、もしここから無事に帰れたら、教師を辞めます」
≪村岡さん、誰でも怖いものはあります。 そして逃げたい気持ちも分かります。 人である以上、それは避けられない本能なんです。 ですがあなたは今そこに居る。 あなたにしか今できないことがある。 怖いのはわかります。 でも私もそばに居ます。 物理的にではありませんが、私でよかったら、応援させてください。 あなたは一人じゃない。 あなたを見守ってる人は、たくさんいるんです。 私はその中の一人ですよ≫
「宮部さん」
≪打ち勝つんです。 恐怖に。 私も実を言うと怖い。 でも今こうしてあなたと話しているのは、そこに居るべき人間だからです。 だからこそ、私は闘う。 私にしかできない事があるように、村岡さん、あなたにしかできないこともあるんです。 私は全力で応援し、バックアップします。 子供たちに、ただの人間の勇気を見せてあげてください。 それがあなたのできる教育です≫
「わかりました。 ありがとうございます……」
皆瀬はそんな二人のやりとりを聞くと、静かにその場から離れた。
――皆瀬はみんなに声が聞こえないところに来るとスマホを取り出して誰かに電話をする。
数回のコールのあと、通話先に女性の声がした。
「涼子、私だ。 ……ああ。 今のところは大丈夫。 萌香は今学校か?」
壁を背にして皆瀬は座った。
「最近話してなかったからな。 ちょっと声が聞きたくなってな。 はは、すまないな……ん? ああ、大丈夫。 多分夜には帰れると思うよ。 心配するな。 ちょっとお願いがあるんだが聞いてくれるか? 萌香を学校から呼んでもらいたいんだ。 できれば十五時までには帰って来させて話がしたい。 私と話すためだけに学校を早退するのは嫌だと思うが、なんとかしてほしい」
皆瀬の目から、一筋の涙が頬を伝う。 皆瀬はそれをそっと指で拭った。
「涼子、お前には色々と迷惑をかけた。 でも、いつも感謝してるんだ。 本当だよ。 だから帰ったら家族で話をしよう。 旅行にも行きたいな。 ん? だから大丈夫だって。 ふと気づいたら私も年を取りすぎた。 そう思っただけだ……」
【爆発まで、あと02:20:57】