プロローグ
むかしむかし、あるところに鬼の国がありました。
それは太陽がさんさんと照り、獣たちが野を駆け回るような幾百の中の一つの日。
一匹の獣が、それはそれは大きい岩の前に佇んでいました。 その岩には何か文字が刻まれていましたが、獣には文字が読めませんでした。
しかし獣は、この岩が小さい頃から好きだったのです。
この場所に来れば、なんだか温かい気持ちになる。 誰かに見守られているかのような、そんな気持ちになれる。 だから獣はそこによく来ていました。
「そこの獣」
ある日いつものようにその岩にいると、後ろから鋭く突き刺さるような声が聞こえました。
獣は驚き、すぐに後ろを振り返ります。 そこには、〝女〟が居ました。
「この場所はお前のような獣が来る所ではない。 すぐに立ち去れ」
しかし獣には女の言葉が分かりません。
「聞こえぬか? すぐにここを離れよと言っている」
獣は恐怖からその場で腰を抜かしてしまいます。
「我の言葉がわからない? ならばお前に言葉と文字を教えてやる」
女は獣へ手をかざします。
「これでどうか? お前は言葉と文字を理解し、危険から身を守る術を考える事ができるようになった。 さあ、私の言葉を理解したなら早くここから立ち去る事だ」
「眩しい」
「なに?」
獣の口から初めて言葉が発せられました。
本当に眩しいわけではありません。 なぜだかわかりませんが、ついついその言葉が出てしまったのです。
「私はここが好きだ。 温かいからここによく来ていた。 あなたもここが好きなのですか?」
獣は女に質問をしました。
突然、獣の中に様々な疑問が生まれ、その疑問を解決したい衝動に駆られます。
「面白い獣だ。 ここが何であるか気になるか?」
「はい。 気になります」
女は獣に近づき、そして言います。
「ならば教えよう。 この岩の謂れを」