ベテラン冒険者とオレの本気
「私はネリーシャ、あなたの名前は?」
「ルオンです」
女性が名前を名乗って、オレも名乗る。
ごく当たり前のやり取りが冒険者ギルドで行われた。
なぜ女の子ことエフィとこれができなかったのか。
オレにも原因はあるが、たぶん七割くらいはエフィが悪い。
「ルオン君ね。エフィがやたらと推すから、気になって今回の討伐に誘ってみたの」
「討伐依頼ですか。構いませんけど報酬の分別はキッチリしておきたいですね」
「若いのにしっかりしてるのね」
「あなたも若いですよね」
ネリーシャはオレよりいくつか年上、高く見積もっても二十歳前後だと思う。
二十歳からすれば十三歳なら子どもか。知らんけど。
「じゃあ、ご期待に沿えてまずは報酬を提示するわ。討伐するのは刃速の巨王蛇で、一人当たり銀貨三枚よ」
「銀貨三枚!? 銀貨一枚が銅貨千枚だから……」
「お金より気にすべきことがあるわ。一つはセイバーコブラ、当たり前だけどベテランの冒険者をなるべく多く集めなきゃいけないほどの化け物よ(この子、大丈夫かしら?)」
「強そうですね」
オレは漠然とした感想を述べた。
そして呆れられている。
お金に釣られたわけじゃないけど、討伐依頼の報酬がそこまで羽振りがいいとは思わなかった。
そりゃ確かに冒険者を目指す人達が後を絶たないわけだ。
討伐隊のメンバーにはネリーシャとエフィの他に男が三人いる。
一人は髭面でいかにも斧を振り回しそうなおっさん、もう一人は二十代半ばくらいの好青年風の剣士。
もう一人は口を真横につぐんだ無骨そうな男だ。
イメージに違わない冒険者像がここにある。
(この小僧、舐めてやがんなぁ)
(別にいらなくね? ていうか俺とネリーシャだけで十分だろ)
(メンバーが増えてしまった……口下手の俺にはつらい状況だ……)
全体的にオレはあまり歓迎されてないみたいだ。
そりゃそうだ。元々はこのメンバーで討伐に行く予定だったのに、たぶんエフィがオレを候補に挙げたんだろう。
戦力は多いほうがいいだろうけど、現れたのが耳兜なら誰だって信用ならんって。なぁエフィ。
「今回のメンバーは私の選りすぐりよ。グラントさんはこの道十六年のベテラン、サーフは性格はアレだけど私と互角、ドウマさんは口数は少ないけどこの中で一番の実力者なの」
「なるほど。精鋭って感じですね」
「刃速の巨王蛇討伐に足手まといは連れていけないからね。だからエフィには悪いけど、私はあなたの実力を知らない。もし討伐に参加するのなら、試させてもらっていいかしら?(悪いけど、報酬に釣られるようじゃ死ぬだけだわ)」
「報酬はどうでもいいですけど、経験としては面白そうですね」
「えっ……」
しまった。つい心の声に反応してしまった。
エフィ以外のメンバーはわかってない様子だけど、ヘッドホンの性能をばらすわけにはいかない。
だって考えてもみればわかる。
自分の心の声がわかる奴と一緒にいられる人間がどれだけいるのかってことだ。
別に嫌われてもいいけど、この状況でそうなるのは望ましくない。
「参加したいです。だけど試すってどうやって?」
「単純よ。私と剣を交えてもらうわ。別に私に勝たなくてもいいけど、話にならないようなら今回は断らせてもらう」
「ずいぶんと自信があるんですね」
「だって私、強いもん」
強いもん、だって。
うん。心音や所作で発生する音でわかる。
この人は強い。オレより強い。
たぶん勝ち目は薄いんじゃないかな。
まぁでも、経験としては面白そうだからぜひ参加したい。
「わかりました」
「じゃあ、冒険者ギルドが用意している訓練場に行くわ」
そんなものがあるのか。
あのギルド内の賑わいからして、あまり利用している人はいなさそうだけど。
* * *
「オレはネリーシャに銅貨七枚だ!」
「大穴で耳兜にいく奴はいないのか?」
気がつけば訓練場は多数の観客で溢れかえっていた。
どうもあのネリーシャは名が通った冒険者みたいで、かなり人気がある。
確かに強そうだもんなぁ。
現時点でたぶんあのラークより強いと思う。
「外野が騒がしいけど気にしないでね」
「それで勝利条件は?」
「どちらかが参ったと言えば終わりよ(さて、どの程度かしらね?)」
「わかりました」
言い終えると同時にオレはネリーシャに斬り込んだ。
奇襲成功、とはならずネリーシャはオレの剣を軽々と受ける。
「見かけによらず大胆ね。ちょっと驚いちゃった」
「これで決めるつもりだったんだけどな……」
始めの合図も何もないからな。
勝つためには何でもやらせてもらう。
「ふれぇー! ふれぇー! み・み・か・ぶ・と・くーん!」
区切って強調するな。ていうか名前を名乗っただろうが。
エフィの声援が耳に届く中、ネリーシャの剣にオレの剣がジリジリと押されていく。
力も負けてるのか。まずいな。
「腕に覚えがあるのは認めるわ。だけど色々と雑ね」
オレの剣が弾かれてがら空きになってしまう。
バックステップで体勢を立て直した。
「あら、あらあら?」
これも意外だったのか、ネリーシャが目をぱちぱちとさせている。
そう、ヘッドホンで予想できているにも関わらずオレは防御を崩されてしまった。
つまり、だ。ネリーシャの攻撃はわかっていても反応できない。
「ネリーシャー! 決めちまえ!(太ももたまんねぇ!)」
「オレとやった時はもっと容赦なかっただろ! 相手がガキだから手加減してるのか!(このオレが押し負けたんだからな!)」
外野の声を聞いて、オレは改めて世間の広さを知った。
本気になったネリーシャと戦った人間がここにもいる。
今回のメンバーの一人、ドウマさんに至ってはネリーシャより強いときた。
これが世界か。やっぱり面白いな。
「仕方ないわね。じゃあ、本気を出すわよ」
風の音が止まった。
すべての音が消えた。
あぁ、そうか。真の強者が本気になると、すべての音が停止する。
そう、心の声すらも。
「はぁッ!」
ネリーシャの掛け声が聞こえたと同時に、オレは気がつけば剣先を首に突きつけられていた。
これは詰みか。ネリーシャが少しでも剣を動かせば、オレの首は飛ぶ。
「……強いな」
「まいった?」
オレは静かに剣を置いた。
それから両手を上げて降参をアピールする。
「勝負あったな!(まぁ順当よな)」
「さすがネリーシャ! オレの嫁!(あのうなじもやべぇな! ふっふぉっはぁ!)」
周囲が沸いた。
ネリーシャが剣を下ろして、金色の髪をかき上げる。
うん、完敗だ。
「まぁ悪くなかったわ。でも残念だけど、その程度じゃ今回の討伐には参加させられない」
「すみません。最後に握手いいですか?」
「えぇ、構わないわ」
ネリーシャが握手をしようとして、オレに近づく。
その瞬間、オレは剣を置いた時につまんだ訓練場の砂をネリーシャの目にぶつける。
「うっ……!」
怯んだネリーシャの首に解体用のナイフを取り出して突きつけた。
「さすがにこの距離ならオレのほうが速いですよ」
場が静まった。心の声すら一瞬だけ聞こえなくなる。
「バ、バカ野郎ー! もう勝負はついただろうが!(死ね!)」
「このガキが! なんてことしやがるんだ!(死ね!)」
「頭おかしいんじゃねえのか!(死ね!)」
大ブーイングだ。だけどオレはナイフを動かさない。
もしこのまま降参しないなら、本当にやるつもりだ。
オレは参ったとも言ってないし、殺さないとも言ってない。
元々はネリーシャが仕掛けた勝負だ。結果、どうなっても構わないだろう。
「……まいった」
ネリーシャは剣を収めた。
同時にオレもナイフを下ろす。
「対戦、ありがとうございました」
「……あなた、私が降参しなかったら殺していたでしょ」
「まさか……」
「戦う前から感じていた違和感はこれだったのね。だって戦っている最中ですら、あなたから本気を感じられなかったもの」
ラークも同じようなことを言っていたな。
オレは本気だった。だけど真の意味で勝つために本気になっているかどうかとなれば、ね。
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