伝説の魔獣グランディース 1
「長! 補給班の準備が整ったよ!」
「うむ、射撃班はどうだ?」
エルフの里中が慌ただしい。
予定より早く伝説の魔獣が復活したせいで浮足立っている印象だ。
各班の班長が長に定期的に報告している。
補給班の班長であるドマおばさんが持前の気の強さで現場を奮い立たせている。
中には怯えて作業を進められない子どもを初めとしたエルフがいた。
そんなエルフに対して背中をバシィって叩いて元気づけている。割と痛そうなんだが。
戦えない子どもまで参戦して皆で里を守るわけか。
そりゃオレが逃げ帰ったら格好がつかないよな。
つかなくてもいいけど逃げたかった。
「おい、ルオン。貴様はどうするつもりだ」
「お前と同じ戦闘班だよ、シカ。ドドネアさんが先頭に立つんだろ?」
「そうだ。あのお方ならば伝説の魔獣といえど造作もなく片付くだろう」
「そう簡単にいかないってドドネアさんはよくわかっているだろ」
こいつ、いつの間にかオレを名前で呼ぶようになったな。
シカもバカじゃないからドドネアさんだけでグランディースを討伐できないことくらいわかっている。
だからいつもみたいに言い返してこない。
「長、射撃班はいつでも動ける(震えを押し殺すのも一苦労だな)」
「ルパ、感謝する(こういう時こそ頼もしいな。父が世話になっただけある)」
射撃班は今日のために作った高台と塀の上にいる。
木製だけど城壁と比べて遜色ない作りになっていて、もっとも硬い木材が使われていた。
並みのモンスターならあれで問題なかっただろう。
ルパさんは上に立つ者として決して恐れを見せない。
さすが老齢の熟練の狙撃手といったところか。
オレなんか遠慮せず震えているからね。
「ルオン君、寒いの?」
「怖い」
「じゃあ、手を握っててあげる!」
「よくわからんがありがとう」
エフィがオレの手を強く握ってくれた。
本当によくわからないけど、こいつなりの配慮なんだろう。
これって本来は逆じゃね、と思わなくもない。
いいんだ。どうせオレは弱いからね。
ちょっとまだ不安だからフェンリルの毛に埋もれていよう。
あーこのもふもふ感、余裕で眠れる。ウトウトしてきた。
「よっしゃー! 最新型魔道銃『エクステンデッド』が完成したぁ!」
「どわぁ! ビックリしたぁ!」
「ルオン、寝てたの?(ウッソだぁ。引くわー)」
「ノエーテ、お前は確か射撃班だろ。こんなところにいていいのか?」
オレがもっともな質問をするとノエーテがモジモジし始めた。
なんだこいつ、トイレか?
「最後かもしれないじゃない? だからエクステンデッドをルオンに見せたかったんだ(別にこいつに見せたいってわけじゃないから!)」
「最後とか言うな。オレが読んだ本だとそういうセリフを言った奴は高確率で死ぬんだぞ」
「私、ついこの前まで引きこもりだったけどさ。最近はやりたいことが明確になったし、お姉ちゃんにも認められて……(こんなんどうでもいい! ストレートに礼を言いに来ただけ!)」
「それも全部オレのおかげっていうんなら的外れだぞ」
「はあぁーーーーー! 言われた!」
感謝されて悪い気はしないけどな。
その完成したエクステンデッドとやらを見ると、やたらと細長い作りになっている。
一時期は小型化したはずだけど、コンセプトを変えたのか?
「他人に感謝するのはいいけど、結果的にお前は一人の力で道を切り開いた。更にそこから先はお前の人生だ。そこにあるお前の生きる力はお前だけのものだろう」
「うへぇ……。私よりちんちくりんで年下なのにずいぶんと達観してるなぁ(こ、こいつ、なんかすっごいかっこいいこと言うじゃん……)」
「ろくでもない親に恵まれたもんでな」
「じゃ、じゃあお礼なんか言わないからね! バーカ!(お礼を言えぇ私ぃーー!)」
なんか一人でテンションを上げたまま走っていった。
それでいい。こんなことを話している場合じゃないからな。
地面がまた一回大きく揺れた。
ふと射撃班のほうを見ると、オレが用意した薬を矢に塗っているところを確認できた。
この短い時間でオレ一人じゃ皆を説得できなかったけど、ドドネアさんのおかげで今はあれを使ってもらっている。
「さて、乗るか」
「うおぉーん!」
「ごー!」
「あぁ、そうだな。お前もいるよな」
エフィが当然のようにフェンリルの背に乗ったけど、こいつが呼び出した幻獣だから当然か。
まさか二人乗りがいけるとは思わなかった。
前衛にいる戦闘班のところまでフェンリルを走らせると、そこにはドドネアさんがいる。
エルフ達が武器を持って刃に炎やら雷を帯びている。
あれは魔法か?
確かエルフ達は魔女の時以降、魔法を禁忌として封印したはずだ。
「ルオン少年、来たか。てっきり逃げたかと思ったぞ(まぁ無駄なのだがな)」
「あのエルフ達は魔法を使っているのか?」
「私がひそかに指導した。元々魔力自体は人間を上回るのでな。ただ練度で言えば少々不安が残る」
「こんな時だからこそってやつか」
どうせ結界のせいで逃げられないんだろ、という突っ込みはあえてしない。
エルフ達が魔法を使っているということは、長が解禁を許可したのか。
そりゃこんな時すら魔法を封印なんてされたらさすがのオレだって怒って逃げるわ。
当のエルフ達が自分達の場所を守るのに舐めたことやっているわけだからな。
もしエルフ達が武器だけで戦おうとしていたら、それを口実に逃げていたところだ。
クソッ、ドドネアさんめ。
結界?
どうせグランディースにぶち破られるんだからその隙に逃げられる。
オレを甘く見るなよ、ドドネアさん。
とか謎に達観していた時、強い光と揺れが発生した。
耳をつんざくかのような破裂音。
バカなオレでも何が起こったのか理解できる。
「復活したか! 戦闘班、前へ出ろ! 射撃班は有効射程圏内に入ったら撃て!」
長が大声を出すと里中から悲鳴が上がった。
補給班には戦えないエルフも多いから、いざとなったら恐怖ですくみ上る。
ドマおばさんがそんなエルフ達を元気づけて、全員で戦っていると実感させてくれた。
「ルオン! 行くぞ!(逃げたら冗談抜きで殺す)」
「おうッ!」
人生においてここまで気合いを入れて叫んだことがあったか。
オレにとってはヘーベルより怖い魔女に促されてフェンリルを走らせた。
戦闘班が森の中を走ると、間もなくもっとも大きな揺れが起こる。
この地響きは間違いない。
遠くに見えるあのでかすぎる奴が歩いているからだ。
そいつが少しずつ進むにつれて森全体が揺るがされる。
「ル、ルオン君、なんか、やっばいのいるぅ……」
「あれがグランディースだろ。なんかもう逃げたいんだが?」
見えてきたそいつは魔獣というより異形だった。
獅子の頭部から鹿のような角が光り輝いて天に向かっている。
四足歩行で前足が見張り塔よりも太くて黄金の毛で覆われていた。
後ろ足の四つはガニ股のように左右に突き出していて、森の木々が簡単に潰される。
巨大な鞭のような尻尾が九本ほど揺れていた。
極めつけに背中から生える三対の翼が飛行能力ありとよくわからせてくれる。
「カロロロロロオオォォーーーーーーーーーーーーーーッ!」
聞いたこともないおぞましい雄叫びでオレは悟った。
これ死んだわ。
どうあがいても勝てない。
無理だ。
生物としての次元が違う。
そもそも同じ次元に存在していいもんじゃない。
例えるならメルヘン作品に突如怪物が現れたらどうなる?
それと同じだ。
そもそも存在していること自体がおかしい。
(なんでオレはあの化け物をどうにかできると思ったんだ……?)
オレが呆然としている横でシカが一歩踏み出した。
「あ、あれがグランディース……」
だけど威勢がよかったシカすら、見るとかすかに震えている。
オレはというとガックガクだ。なんでオレがここにいるんだ。
「誰だよ、あれを魔獣呼ばわりした奴……」
「まずは私が仕掛けるッ!」
ドドネアさんが魔力を解放すると周囲の森が突風に吹かれたかのようになぎ倒される。
オレ達のことすら忘れるほどドドネアさんは本気だ。
球体の結界に包まれたドドネアさんが両手に魔力を集中させると、それぞれ魔法陣が浮く。
「お初にお目にかかる! グランディース! 現代の魔女がここで新たな伝説を作ろうぞッ!」
ドドネアさんのフルパワーと思われる魔法が発動する。
オレは思わず目を瞑ってしまった。
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