外の世界は面白い
冒険者登録を済ませたオレはフーレの町にしばらく滞在することにした。
あれから受付嬢は今まで巻き上げた分の銅貨を極力、返済させられていた。
女の子もぼったくられた銅貨をしっかり返してもらったようだし、オレから言うことはもう無い。
噂じゃあの受付嬢はどこかで強制労働させられて返済の金を稼がされるらしい。
オレには関係ないことだけど。
この町で冒険者として仕事をして、まずはいろんな経験を積みたい。
寝床は一泊銅貨三枚で泊まれる激安宿だ。
冒険者の友といっていいその宿は薄壁一枚で仕切られているだけで、音は筒抜けだった。
隣から死にかけた小動物の鳴き声みたいないびきが聞こえるわ、反対側からは呪文のような呟きが延々と聞こえるわでなかなかの環境だ。
だけど親父の猛獣の咆哮みたいないびきの中で寝られるオレにとっては、何の障害にもならない。
どんなところでも熟睡できる術を身につけられたのは、あの親父のおかげだ。
そんなオレはさっそく冒険者ギルドで仕事を引き受けた。
部屋の片づけ、ドアや家具の修理、側溝の掃除、トイレ掃除。
どれも誰もやりたがらない仕事だと聞いて驚く。
依頼人のほうもそれをわかっていて冒険者ギルドにダメ元で依頼を出しているみたいだ。
だからオレが引き受けて向かった時は目を丸くされたよ。
確かに派手な仕事じゃないけど、こういう面倒なことをこなしてこそ後の経験に繋がる。
そういえば親父が言っていたな。
金持ちになりたければ毎日、便所掃除をしろって。
オレは金持ちになりたいわけじゃないけど、今ならなんとなくわかる。
誰もが面倒で後回しにしたり、やらないことをやった人間だけが出世できるってやつだと思う。
オレはそんなものに興味はないけど。
「ルオン! 三番テーブルに持っていってくれ!」
「はい!」
今は町の料理店で働いている。
建物内の人口密度がすごい。大勢の人達が一同に集まってワイワイと食事をしている風景が新鮮だ。
厨房では常に客から注文された料理を作っている。
料理人達が汗まみれで必死に働く姿はかっこいい。
天井まで届くほどの火力で料理を鍋で炒めている姿を見ると、オレもやってみたいと思えてくる。
この店に何度か仕事できているうちに、オレは作り方や素材を覚えていった。
がんばって仕事をしているうちにオーナーはオレを気に入ってくれたみたいだ。
「今日の報酬だ。とっておけ(本当はもっとくれてやりたいんだけどな)」
「こんなにもらっていいんですか?」
「両親に楽させてやるんだろ? お前、頑張ってるもんな(オレは母ちゃんに苦労ばかりかけていたからな)」
「はぁ……」
ちなみにオレはオーナーに身の上を話したことなんてない。
オレを見たオーナーが勝手に自分の中で設定を作ってるだけだ。
この人の中ではオレは貧乏な家庭を助けるために出稼ぎにきた子どもなんだろう。
悪い気はしないし儲かってるから、このまま通させてもらっている。
そして夜、仕事終わりに店の裏口から出るとあの女の子が待ち構えているのはお約束だ。
「耳兜君! 冒険者の仕事しようよ!」
「やってるだろ。これも大切な仕事だよ」
「そんなのじゃなくて魔物討伐とか!」
「そんなの言うな。人の仕事をバカにする奴とは一緒にいられないな」
「あー! あー! ごめん! 謝るって!」
冒険者ギルドに案内してもらった恩はあるけど、言いなりになるつもりはない。
オレの人生はオレのものだし、好きにさせてもらう。
未だにお互い名前すら名乗ってない仲なのに、なんでこの子はオレに付きまとう?
この後、激安宿に眠りにいってまた翌日に仕事だ。
色々な経験ができるから、今のところは楽しい。
だけど楽しいことばかりじゃないのが仕事だ。
いつもみたいに料理店で働いていると、一人の柄が悪そうな客がやってくる。
特に何もしなければ問題ないんだけど、そいつは絶対にやらかす雰囲気があった。
「おい! コラァ! ちょっと来い!(さぁて、今日はここでタダ飯だ)」
男が店内で声を張り上げた。
これはアレか? 噂に聞くクレーマーか?
そうなのか? ついにオレもクレーマー初体験?
「はい、どうかされましたか?」
「どうかされましたかじゃねぇんだよ、腐れトンチキ野郎が! これを見ろよ!(お、ガキじゃねえか)」
「はい、そちらの品が何か?」
「このボケトンマ野郎が! このテンタクルスのイカすみパスタに黒いゴッキロンの足が入ってんじゃねえか!(この店も無料にさせてやるぜ)」
なんで黒に黒を混入させた。もう一緒に食っちゃえよ。
と言いたいところだけど、そういうわけにもいかない。
これはあくまでオレ個人の考えなんだけど、この手の客は下手に取り合わないで追い出したらどうだろう?
こいつにヘコヘコしたところで、たぶんつけあがるだけだ。
他の客が怖がってこなくなるんじゃないかと田舎者のオレは思う。
男が騒いでいるとオーナーがやってきた。
「お客様。料理に不備があったとのことですが……」
「おう! これだよ、ヘタレポーク野郎が! マジありえねぇだろ!(今思ったら黒に黒はまずかったか? 他のにしとけばよかったな)」
「はぁ、確かに入ってますね」
「だろ? わかったら責任とってくれや、カス脳みそ野郎!(これでタダ飯いただきだぜ)」
世話になった店でこんなことが起きるのは気分がよくないな。
この前の小悪党や受付嬢とは違って、こいつはまだわかりやすいだけマシか。
あとさっきから罵倒のバリエーションすごいな。
オレはオーナーを助けることにした。
「で、お客さん。あとどのくらいポケットに虫の死骸が入ってるんですか?」
「は、はぁ!? なにを、このボウフラが!(バ、バレたか!?)」
「はい、身体チェックしますねー」
「お、おい! やめろ!(こ、こいつ速すぎる!)」
男のポケットに手を突っ込むと、出てくる出てくる。
虫の死骸だけじゃなく、髪の毛や使用済みの紙が出てきた。
きたねぇなクソ!
「お客様、さすがにこういった行為は見過ごせませんね」
「い、いや……(やべ、逃げよ)」
男が立ち上がって逃げようとしたところで、オレは足を引っかけて転ばせた。
クッソ、後で確実に手を洗わないと。
「ぎゃふん!」
「お客様、お帰りはあちらです」
「ク、クソォ!」
男が転びそうになりながら逃げていった。
その瞬間、店内から拍手喝采を浴びる。
「すごいぞ、少年!」
「若いのに大したもんだ!」
「オーナーも鼻が高いだろう!」
やっぱりああいうのは追い出して正解だったか。
こんなにも歓迎されてるんだからな。
オーナーも申し訳なさそうに、オレに頭を下げた。
「ありがとう。そして手を煩わせてしまって申し訳ない」
「いいんですよ。さ、仕事しましょう」
素っ気なく返したけど実のところ、どういう反応をしていいかわからなかった。
辺境の村じゃラークとの試合以降、かなり煙たがられていたから余計にそう思う。
まぁ自業自得だけどさ。
この日はこれ以降、何事もなく無事に仕事を終えることができた。
夜、店の裏口から出ていくとまた女の子が待ち構えている。
「エフィ、この子が耳兜君?」
「そうだよ! 見るからに耳兜でしょ?」
なんだ、見るからに耳兜って。
今日は見知らぬ女性と一緒だ。
腰に身に着けている剣からして、同業者なのはわかる。
そして他人を通して女の子の名前を知るという珍事が起こっていた。
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