最後のピース、そして
「ル、ルオンさん。これは、あの……あまりに独創的というか……(危険物ですわーー!)」
オレが薬師ノキアさんのところで開発した薬は無事に危険物と認定された。
危険でなきゃ困るんだけどな。
むしろ危険すぎるくらいじゃないとたぶんあいつには何の効果もない。
ヘーベルの生家を出てからオレがノキアさんのところへ向かったのはもちろん魔獣対策のためだ。
とはいえ、オレごときがエルフの知恵と技術を学んだところで小手先のものにしかならない。
例えば魔獣を殺す毒物を作ろうとしたところで不可能だ。
そんなもんが作れるならノキアさんがとっくに開発している。
「わたくしでも思いついても作らないというか……(ある意味でどんな毒よりも恐ろしいですわ)」
「ノキアさん、これをエルフ達の矢に塗ってくれ。ただし取り扱いは慎重にな」
「えぇ、わずかにでも皮膚に付着すると戦いどころではありませんもの(なんでわたくしがこんなものをぉーー!)」
「頼りにしているよ」
心の叫びが聞こえてしまうからつい柄にもない言葉を口にしてしまった。
オレが開発した薬はこれで終わりだ。
たった一つのしょうもない薬かもしれないけど、これが鍵となってくれることを願う。
問題はエルフ達をどう納得させるかだ。
まずオレが用意した答えを全員が納得するとも思えない。
長を初めとしてドドネアさんやルパ、メル辺りがどう反応するかな。
隣でエフィが何の薬を作ってるのか、一生懸命に調合していた。
オレと違っていい色をした薬だ。
「ルオン君、エリクサーできたよ!」
「だからそれハイポーションだって言われただろ」
「舐めてみて?」
「人に毒見をさせるな」
エフィが指にハイポーションをつけてオレに向けてくる。
こいつはオレと違ってそっちの才能はあるから問題はないと思う。
だけどそれとこれとは別だ。
オレはエフィの腕を掴んで指を向こうの口に入れた。
「むごぉっ!?」
「どうだ?」
「わふふない……」
「悪くないか。じゃあ、それを怪我人に役立ててやらないとな」
「ふぇ……?」
エフィが意外そうな顔をしている。
それから指を口から出して、ハイポーションを一口飲んだ。
「悪くない?」
「お前のそれは確実に役立つ。オレにはわかる」
「わかる? 薬師でもないのに?」
「珍しく褒めたオレがバカだったよ」
エフィが瞬きをした後、パッと笑顔になった。
「え、えへへ……ルオン君に褒められちゃった。ほーめられちゃったー」
「どうしたってんだよ」
「嬉しっ! なんだか心がポワポワする!」
「それはまずいな。ノキアさんに頼んで薬を貰え」
くねくねとした動きでなぜかサモンブックを抱きしめている。
たまに変なことを言えばこれだよ。
元々おかしい奴が更におかしくなった。
こいつは気楽でいいよな。
実はまだ一つ、最後のピースが足りてないから長達には余計に言いにくいってのに。
薬はあくまで第一段階、その次が重要なんだ。
頭ではかすかに思いついているんだが、それを果たせる奴がいない。
力量的にはドドネアさんだけどあの人の性格上、任せるのは不安がある。
それに何よりこれはあくまでオレが考えた作戦だ。
失敗する可能性がある作戦に重要な役割を任せられない。
だから出来ればオレがいいんだが――ん?
なんかサモンブックが光ってないか?
「おい、エフィ……それ」
「へ? あれ? ウソ、私のサモンブック光りすぎ……」
「よくわからんが、まずくないか? 外に出よう」
エフィの手を引いて外に出るとサモンブックが勝手に開いた。
空中に浮くとパラパラとページがめくられて、光の柱が放たれる。
外にいたエルフ達が何事かと注目する中、サモンブックから何かが現れた。
「うおぉーーーーーん!」
「うるふ……?」
エフィがうるふと呼んだそれは子犬とはかけ離れた狼のような生物だ。
青白く綺麗なブルーの毛並みで大きさは馬ほどある。
凛とした目つきの巨大犬は行儀よくエフィの前にお座りした。
「な、なんですのこれぇ!?(か、かわかわですわーーー!)」
「ノキアさんでもわからないか……」
「まさか伝説のフェンリル……ですの?(かわいい、かわいい、かわいい……)」
「わかってんじゃないか」
おいおい、なんで伝説がサモンブックから飛び出してくるんだよ。
エルフ達が集まって来たし、どう説明すりゃいいんだろうな。
もっともオレにその義務はないわけだが。
何せ本人が一番驚いている。
口を開けたままお座りしているフェンリルを見上げていた。
こいつでもこんな反応することあるんだな。
「さもん……フェンリル……」
「うぉぉーーん!」
「フェンリルだね」
「うぉん!」
なんか通じ合ってる。
なんだってこんな立派なお犬様が現れたんだ?
サモンブックの特性なんてさすがのエルフでもわからないだろう。
エフィに従順な仕草を見せているからひとまず危険はないか。
オレがまじまじと見ているとフェンリルがこちらに気づく。
ゆっくりと近づいてきて、オレの匂いを嗅ぎ始めた。
「エフィ、これでオレが食われたら責任とってくれるか?」
「食べないよ?」
「どこにそんな保証が……うわっ!」
いきなりベロリと舐めやがったぞ!
ていうかエフィを差し置いてなんでこういうことする!?
「ルオン君、なつかれてるねぇ」
「なんでだよ!」
「嫌われるよりよくない?」
「そうだが! そうなんだが!」
散々舐められてベトベトじゃないか。
だけど変な臭いとか一切しないし不思議と不快感もない。
これが伝説たる由縁か? 絶対違う。
騒ぎになっていると遠くからドドネアさんがやってくるのが見えた。
超ナイスタイミング!
「ふむ、これは驚いたな(フェンリル……生きているうちにお目にかかれるとはな)」
「ドドネアさん、一から十まで簡潔に教えてくれ」
「エフィのサモンブックは本来、この世界には存在しない生き物を召喚することができる(以前、屋敷でエフィに説明したはずなんだがな)」
「とんでもねぇ代物じゃないか」
エフィの奴、聞いていたんじゃないか。
まぁオレに説明する義務なんてないから責めるつもりはない。
問題は本人が常にこの世のすべてを理解してなさそうな顔をしているところだ。
今だって頭の上にハテナマークが浮かんでそうな顔をしてやがるからな。
「フェンリルは本来、幻獣界に生息する生き物だ。この世のほぼすべての人々は空想上の生物と思っているだろう」
「空想上の生き物なら誰かが考えたのか?」
「フェンリルが住む幻獣界はこちらの世界と表裏一体……時折、何かがきっかけでこの世界と重なることがある。それが目撃情報となって伝説として語り継がれるのだろう」
「あー、なるほどね。『オレはフェンリルを見た!』『酔っぱらってたんだろ?』みたいな感じか」
「ルオン少年、想像力がたくましくなったな(素晴らしい……)」
何が素晴らしいのか教えてくれ。
ヘーベルの生家で本ばっかり読んでいたせいじゃないかな。
「なんでエフィがフェンリルを召喚できるようになったんだ?」
「神器は本人の成長に応じて進化することがある。エフィも何かがきっかけで成長したのだろう」
「そうか。あんなのでも成長するんだな」
エフィがフェンリルに抱き着いて、もふもふを堪能している。
伝説の存在があんなことに使われていいのか?
こいつ、強そうだな。
でもさすがにグランディースに勝てるとは思えない。
一瞬でもフェンリルで対抗できるかと考えたけど無理だ。
オレの解釈が正しければグランディースには誰も勝てない。
「ん? いやいや、待てよ」
「ルオン君?」
大人しくお座りしているフェンリルを見ていると何かを思いついた。
フェンリルの手や足を無駄に触って確認しつつ、背中に乗ってみる。
「いい眺めだな。おい、一緒に走れるか?」
「うぉん!」
これはいけるかもしれない。
グランディース対策の最後の一ピースが埋まった気がする。
そう確信した時、地面が大きく揺れた。
「な、なんだ!?」
「チッ! 思ったより早かったな! ルオン少年! 奴が本格的に復活しようとしている!(私の計算では後一週間はもったはずだ!)」
「心の準備くらいさせてくれ……」
「私は結界を極限まで強化する!」
「え? あの、オレの作戦……」
ドドネアさんが転移して消えてしまった。
しまった。こんなことになるなら伝えておけばよかったかな。
とにかく急いでオレが作った薬を射撃部隊のところに持っていかないとな。
ノキアさんとエフィを乗せてオレはフェンリルに乗って走った。
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