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魔女の趣味

 ヘーベルの生家は正確には里の外にある。

 というのもヘーベルが存命だった頃はそこも里の一部だったけど、事件後から切り離された。

 まるで臭いものに蓋をするかのように、その住居は森と同化しつつある。


 エルフの家は基本的に大木をくり抜いて作っているから、朽ちていてもおかしくない。

 実際、入り口は蔦や雑草に覆われていて注意深く探さなかったら見落とす。

 蛇腹剣で邪魔な草を刈りながら入り口を露出させていく。


 コケで覆われた扉を強く押すと、意外にもがちゃりと開いた。

 まるでつい最近まで誰かが住んでいたかのようにスムーズな開閉だ。

 中に入るとその答えがわかった。


「本当に使われてないのか? 綺麗すぎるだろ」

「何もないねぇ」


 室内には寝床らしきベッドの他にはたくさんの本棚と大釜があるだけだ。

 大釜の中には何も入っていない。

 匂いを嗅ぐと鼻が曲がるような悪臭を感じた。


「くっせ! なに作ってたんだよ!」

「究極生物じゃない?」

「そうか、そうだよな。エフィのくせに鋭いな」

「むーっ」


 バカにしたらエフィがしっかり頬を膨らませた。

 確かにヘーベルが最後に作ったものは究極生物だ。

 もしかしたら最後の晩餐かもしれないけど、いずれにせよ普通じゃない。


 室内の絨毯や棚に置いてあるビンに至るまで、オレはくまなく調べた。

 空瓶には埃が被っていて何の情報もない。

 棚に残っている本を手に取ると、それは意外にも童話だった。


「なになに、『大空の旅路』だって?」

「知ってる! 無職になったおじさんが空を飛ぼうと色々がんばって、そのままいなくなっちゃうんだよね!」

「童話にしてはタイトルからは想像できない切なさがあるな。ていうか読んだことあるのか?」

「少し!」

「どうせ二ページくらい読んで寝たんだろ。少し読んでみるか」

「一ページだよ!」


 一ページしか読んでないのになんでオチまで知ってるんだと思ったけど訂正しない。

 そういえばあまり本というものを読んでこなかったな。

 ドドネアさんのところで魔法に関する本を読んだ時は夢中になったものだ。


 本はいいぞ。

 読むだけで他人の知識を拝借できるなんてすばらしいじゃないか。

 たまに何を言ってるのかわからないことがあるけど、知識の吸収は間違いなく人生の栄養だ。


 対して童話はどうかな?

 おそらくあくまで空想上のものだし、知識のほうは期待できないか。


 本の内容はなんてことなかった。

 様々な問題に直面して仕事を解雇された主人公のダービーは遠くへ旅に出ようと考える。

 だけど結局どこにいても人と関わらなきゃいけない。

 人が嫌になったダービーはいつしか空を飛ぼうとして、色々な実験を繰り返すようになった。


 ラストでダービーは空を飛ぶことに成功する。

 大空に飛び立って地平の彼方に消えたところで終わりだ。

 特に意外性のあるオチもない。


「つまんなかったね」

「お前、あまりそういうことはストレートに言わないほうがいいぞ。オレはこのダービーの気持ちが少しわかる」

「えっ……」

「周囲の常識に縛られず、やりたいことをやり通したんだからな。やれ真面目に働けだのダメ人間だの、周りが言うことじゃないんだよ。どこかの引きこもりエルフと違ってダービーは自分だけの力で自分の人生を模索したんだからな」


 創作とはいえ、オレは思わずダービーに共感してしまった。

 作り話にここまで考えさせられるとは思わなかったな。

 正直、甘く見ていた。


 やっぱり本はいいな。

 他人の知識だけじゃなく、誰かの生き方や考え方まで学べる。

 この本が世間からどんな評価を受けていたのかは知らないけど、オレは好きだと言いたい。


 他にも本があるけど、魔法関連のものは事前の情報通りまったくない。

 本の面白さを知った今、処分したエルフ達に憤りを感じていた。

 ここにあった本はいわば知識という名の素材だ。


 素材を活かせば、いくらでも道は開ける。

 ある人は悩みが解決するかもしれないし、ある人は病から解放されるかもしれない。

 ある人は素晴らしいものを作って世に広めるかもしれない。


 そんな素材を台無しにしたエルフ達は愚かとしか言いようがないな。

 ここに残っているのは創作された話が書かれている本だけだ。

 もう一冊の本のタイトルは『夜明けの国』だった。


 働きものばかりの人々が住む国では誰も笑っていなかった。

 朝起きて仕事をして夜遅くに家に帰ってきて眠る。

 遊びというものがないその国である日、一人の若者が我に返った。


 人生、これでいいのか。

 自分にはもっと生まれた意義というものがあるのではないか。

 若者はその日から、色々な遊びを考えた。


 国の人々は若者を軽蔑した。

 奇妙な服を着て踊りまくったり、ある時は素っ裸で川遊びをする。

 働くことをやめた若者の姿にやがて一人、二人と感化されていく。


 若者があまりに気持ちよさそうにしているからだ。

 それが国中に広がり、人々は働かなくなった。

 一日中、国がお祭り騒ぎになって人々が笑うようになる。


 こうしてこの国では誰も働かなくなったけど、笑い声が絶えない日々が続いたとさ。

 いや、ダメだろと思わなくもない。

 でもオレにはこの作者の意図がなんとなくわかる。


「これはいわゆる風刺だな」

「ふーし?」

「遠回しに何かに対して批判するってことさ。これはたぶん働くことしかできない世の中への皮肉だろう」

「世の中のバカって言えばいいのに……」

「それじゃ芸がないし角が立つだろ? これなら敵を作りにくいし、同じ不満を持っている人達にも楽しまれやすい」


 実際に楽しまれているかは知らないけどな。

 ただこの作者は世間的評価とか、そんなことを考えて書いたわけじゃない気がする。

 もしオレが本を書くなら、絶対に世間に迎合した内容にするからな。


 それは当たり前だろう。

 読まれてなんぼの本なのに、オレの独善的な話や思想を押し付けたところで嫌気が差すだけだ。

 世の中の人間全員がオレみたいな人間じゃないからな。


 例えば商売で成功したい人がこんな本を読んだら、憤慨するかもしれない。

 働き者の人が読めば本を投げ捨てるかもしれない。

 多くの人に読まれたければ読み手のことを考えるべきだ。


 商売人に受けたければ商売人向けの内容じゃないと読まれない。

 商売人向けの本なのに冒険者向けのことしか書かれていないなんて話にならないだろう。

 自分の思い通りに書いて世界中で読まれるなら、そいつは天才か神だ。


「他にも創作物語の本があるな。なるほど、少しヘーベルのことがわかった気がする」

「本だけで?」

「どんなものだろうと、そいつの趣向がわかるものさ。というわけでオレは今日からここを調べ尽くす」

「伝説の魔獣は?」

「迎撃の手段なら他の皆に任せる。オレの勘だけど、おそらく正攻法じゃ無理だ」


 珍しくエフィがごくりと唾を飲んだ。

 こいつでも緊張することがあるんだな。


「ルオン君がそんなに言うんだ……」

「格上に正攻法で挑むほど無謀じゃない。ヘーベルというエルフを知る必要がある」

「本だけで勝てるの?」

「あくまで打開策だ。オレはいつもそうしてきたからな」


 オレがラークに勝てたのも、長い付き合いがあったからだ。

 ああいうクソ真面目な奴と違ってヘーベルは甘くないだろう。

 ヘーベルがどういう奴なのか。なんで伝説の魔獣なんて作ったのか。

 ヘーベルの人間性がわかれば、伝説の魔獣の正体も見えてくるはずだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 相変わらず正攻法を投げ捨てるルオン君 正攻法なんざ圧倒的に格上じゃないと機能しないから仕方ないね [一言] こんな創作話書けるなら誰か一人でもヘーベルと向き合って話してたら暴走はしなかった…
[一言] >無職になったおじさんが空を飛ぼうと色々がんばって、そのままいなくなっちゃう 某風船おじさんかな? あの人は必要な許可も無視して家族から何から投げ捨てて海の藻屑になったからなぁ…現実は厳し…
[良い点] 本の楽しさに目覚める!以外に本を読む機会が無かったんですね。大空の旅路って、有名なあのオジサン?この本は、最後が平和っぽいし、ちょっと読んでみたいかも? [気になる点] 意外と残された童話…
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