魔女と魔女
長達によるグランディース対策会議が開かれてから、里全体が慌ただしくなった。
当たり前だけどエルフといっても人間と同じで、反応は様々だ。
武器を手にとって戦おうとするエルフ、戦えなくても保存食を蓄えるエルフ、右往左往するエルフ。
そんなこんなであまりまとまりがない印象だ。
メルはもちろん弓の手入れを怠らない。
里一番の弓の名手と言われている老齢エルフのルパのところで訓練をやっていた。
弓の腕に覚えがあるエルフ達が一斉に集まって指導を受けている。
オレもメルから誘われて、少しずつ弓の扱い方を覚えているところだ。
これがまた難しくて、何よりかなりの力が必要になる。
そこへいくとメルはあの細腕でオレより飛ばすし、ルパは百発百中で的の中心に当てていた。
オレなんか矢を明後日の方向へ飛ばしてしまって、たまたま歩いていたシカに当たりそうになったからね。
とてつもない殺気を感じているよ。今、オレの後ろにいるの。
「とっとと歩け」
「悪かったって。謝ってるだろ」
「黙れ。止まれば命はない」
「オレを殺したらエルドア様が悲しむぞ」
短剣をオレの背中に当てやがって、マジで言いつけるぞ。
殺されちゃ敵わんのでエルドア様という弱みを出しつつ、シカと命の駆け引きをしていた。
さすがにだるいから転んだ振りをしつつ、足を引っかけて転ばしてやった。
その隙にダッシュで引き離してようやく解放される。
エルドア様も少しは躾けてくれ。
そもそもなんであいつがここに来ているんだ?
戦力という意味ならレイトルさんとか、他にたくさんいるだろうに。
「ねーねー、ルオン君。なんだか忙しそうだね?」
「そりゃ伝説の魔獣とかいうネタか本気かわからんもんが迫ってるならやるしかないだろ」
「また逃げちゃおう?」
「実は夜中に試したんだよ」
ドドネアさんの前で安請け合いしつつ、その夜にコッソリもう一回だけ脱走を試みた。
ところが途中で見えない壁みたいなものに引っかかってしまう。
何をどうしようが破壊なんて出来るはずがない。
あれどう見ても結界ですわ。
外側からも内側からも逃げられず、完全に閉じ込められた。
外から無関係な人間が入ってくるのを防ぐ意味はわかる。
だけど内側から逃げられなくするのはどういう了見だよ。
あの腐れ魔女ドドネアさんに問いただすと、意外な答えが返ってきた。
「あれに防衛の役割などほぼない。私程度の結界などグランディースの前ではないに等しいぞ(ちょっと盛ってみよう)」
「そういうのは知りたくないから動機を教えてくれ」
「エルフ達……長の希望なのだ」
「あの飲んだくれ長が?」
エルフ達は自分達の手で決着をつけるべきだと考えていて、あえて逃げられないようにしたらしい。
それは戦う姿勢があるエルフだろうがなかろうが関係ない。
魔女ヘーベルは一族の汚点であり、負の遺産ごとこの世界から消すのがエルフの宿命だと考えている。
早い話がとっとと腹をくくって戦えってことだ。
オレを巻き込んだ上でね。
「ルオン、君はエルフ達が魔法を使っているのを見たことがあるか?」
「そういえば、ないかな」
「魔女ヘーベルが殺されて以来、エルフ達は掟で魔法を使うことを禁じられた。魔女ヘーベルが駆使した魔法の力に対してエルフ達は恐れたのだ。魔法とは忌むべき力であり、溺れてはならない。はまれば魔女と化す、とな」
「はぁぁーー? くっだらねぇー!」
思わず言っちゃったけど、どう見ても失言です。
後ろにメルとかいないよね?
シカならいたわ。いい加減諦めてくれ。
「ふふっ、言い切るか(長とメルがいたら、どうなっていただろうな)」
「いやホント危なかった」
「ん?」
「いや、何でもない。それよりドドネアさん。あんたは何も思わないのか?」
オレは真剣に腐れ魔女を見据えた。
見つめ返されて思わずぶるっちゃったけど、後には引けない。
やろうと思えばオレなんて一切の痕跡を残さず消せる相手なのにね。
「何も思わないのかとは?(こんな挑戦的な姿勢を見せるとは意外だな)」
「あんたが魔法に対してどう思ってるのか知らないけどさ。世話になってる力に対してエルフ達はクソ失礼なことやってんだぞ?」
「ふむ、確かにそういう捉え方もあるな(失礼の意味がわからんが、とりあえず納得しておこう)」
「魔女ヘーベルは確かに魔法で怖いことをやったけど、裏を返せばそれだけ便利なものってことだろ。ヘーベルのせいであんたが使う魔法まで風評被害をこうむってるんだぞ」
虚を突かれたのようにドドネアは一言、ふむとだけ言った。
顎に指を当てて神妙な面持ちだ。
「いや、もちろんオレなら勝手にどうぞって感じだけどさ。だけど全員がそう思うとは限らないからな」
「なるほど。そういう理由で感情を動かすこともあるのか。盲点だったな(ふーむ、やはりこの子は色々と見所がある)」
「ドドネアさんは魔法の実験とか好きみたいだけど、魔法は好きなのか?」
「魔法だから、という捉え方をしたことはない。そこに好奇心がうずくからだろうな(漠然とした概念よりも細かな個を見るか。勉強になる。たまには他人と話してみるものだな)」
この一言と心の声でドドネアという人間が少しだけ見えてきた。
この人、味方だからいいけど根はヘーベルとあまり変わらないかもしれない。
たまたま好奇心が善のほうへ向かっているけど、それが悪のほうへ向かわないとも限らないからな。
仮にエルフの里が滅ぼうとも、この人にとっては大した問題じゃないんじゃないか?
守ろうとしているのはヒドラとして派遣されたからであって、失敗してもエルフという好奇心の対象が消えるだけのこと。
オレの考えすぎかもしれないけどさ。
ヘーベルの話をたっぷりと感情を込めて話していたけど、それはあくまでオレを納得させるためだ。
ドドネアさん自身も実はこの問題に対して、オレとそう変わらない感想を抱いているのかもしれない。
「君は本当に色々と考えているのだな(だから面白い。魔力をほぼ持たざる者だからこそ、変わる見方もあるのかもな)」
「巻き込まれた上に命までかかっているんだから当然だろ」
「ではぜひ期待したいところだ(これは本当に楽しめそうだ)」
「あんたを楽しませられる自信はないけどな」
ドドネアさんが口角を意地悪そうに上げた。
あんまり邪悪なことやってるとエルドア様に言いつけるぞ。
未だ後ろに張り付いてる奴はいるし、ヒドラにまともな奴がいない。
「それでこれから君はどうするのだ?」
「ヘーベルの生家を調べる」
「ほぉ、それは意外だな(あそこを調べたところで何も出ないと思うがな、何せ資料などほぼ処分されたはずだ)」
「意外か? オレからすれば訳の分からん化け物相手に役立つかわからん訓練をするより有意義だと思うけどな」
そう言い残してオレはドドネアさんの別荘を出た。
何気についてきたエフィと一緒にオレはヘーベルの生家を目指す。
ドドネアさんによれば資料なんかは処分されたらしいけど、オレとしては行く価値は十分にある。
もしオレがヘーベルなら、本当に大切なものは見つからないようにする。
ヘーベルにオレ程度が思いつく発想がないとは思えない。
弓の訓練だの罠だの、そんなものでどうにかなるなら苦労しないだろう。
グランディースが正攻法じゃ絶対に討伐できない怪物なら、これはいわゆるオレ達とヘーベルの知恵比べってところだな。
ヘーベルはあの世でオレ達に対して、やれるものならやってみろと舌を出しているに違いない。
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