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エルフの負の遺産

「魔女ヘーベルはエルフの中でも最高の魔力を持っていた」


 語り始めたから後はドドネアさんの心の声で理解することにした。

 魔女ヘーベル。太古の昔に存在したエルフの魔道士で、幼少の頃から類まれなる魔力が注目されていた。

 ヘーベルは大人顔負けの習熟度で、通常なら十年はかかる魔法の習得を見ただけで終えてしまう。


 当時の里の長含めて、そんなヘーベルを称えた。

 ヘーベルは魔法だけじゃなく、森で生きる知恵と術をもたらす。

 それまで発見されていなかった野草や実の有効利用方法や未開の地に眠る資源など、瞬く間に発見した。


 今のエルフ達が住んでいる大木の家なんかもヘーベルがもたらした知恵だ。

 ドマおばさんが作る保存食なんかも元はヘーベルが作ったものらしい。

 他にはノキアさんの薬の知識は辿ればヘーベルから受け継いだもので、まさに今のエルフの里を作ったといっても過言じゃない。


 そんなヘーベルもまんざらじゃないようで、気をよくして次々と里のためになる善行をした。

 中でもエリクサーと呼ばれる万能薬は名前の通り、どんな怪我や病も治る禁忌の秘薬だ。

 最初は喜んでいたエルフ達も、このエリクサーが誕生した辺りで難色を示す。


 もしかすると自分達はとんでもないものに触れているのではないか?

 これは本当に自然の摂理と言えるのか?

 長い歴史の中で育んできたエルフの知恵や技術がすべて塗りつぶされていく。


 そう考えたエルフ達だったけど、ヘーベルはあくまで善意でやってくれている。

 自分達のことを考えてくれている。

 それに暮らしが劇的に楽になったのは確かだ。


 以前まで逃げ隠れするしかなかったモンスターを討伐できるようになったのも。

 以前まで不治の病とされていたものを治療できるようになったのも。

 以前まで存在しなかった魔法を習得できるようになったのも。

 すべてヘーベルがいたからこそだ。


 エルフ達はヘーベルという存在を恐れながらも恩恵を受けていた。

 ヘーベルは自分達にとって救世主であり、崇めなければならない。

 中にはヘーベルに対して不信感を抱くエルフもいたけど、悪口を言おうものなら徹底して全員で痛めつけた。


 救世主に対する冒涜する者はエルフの里への冒涜だ。

 そんな宗教染みた思想が生まれて、エルフ達は歯止めが利かなくなっていた。

 エルフの里にヘーベルあり。そう思うことでヘーベルの異様さから目を逸らしていた。


 そんな日々を過ごしていた時、エルフの里に人間の集団がやってきた。

 当時はまだエルフと人間が友好的な関係じゃなかったから、当然争いが起こる。

 人間達はエルフの技術や薬に目をつけて、奪おうとした。


 他の里のエルフは人間達に連れ去られて奴隷にされたと聞いている。

 エルフ達は奪おうとする人間達に激しく抵抗した。

 戦いはエルフ達が優勢で、次第に人間達は逃走し始める。

 そんな中、ヘーベルがふらりとやってきた。


 ヘーベルが片手を人間達に向けると、みるみると獣の姿に変貌していった。

 これにはエルフ達もあっという間すらない。

 何が起こったのか、誰もヘーベルに聞こうとしなかった。


「成功、成功! やーっと長年の研究の成果が出たよ! 次はゼロから生物を生み出さなきゃねぇ!」


 人間の襲撃に微塵も動じず、ヘーベルは高らかに笑って去っていった。

 この瞬間、エルフ達は理解した。

 ヘーベルは人間から自分達を守ったわけじゃない。


 今までもヘーベルは自分達のことを思ってやっていたわけじゃない。

 あくまで自分の好奇心を満たすためにやっていただけだ。

 あまりに高い知能と魔力を持つせいで、ヘーベルは自分達とは違う次元の存在になっていた。


 このままだとヘーベルはいずれ里を滅ぼす。

 そう確信したエルフ達はヘーベルに里から出ていくよう申し出た。

 頭を下げる里の長をヘーベルは一瞥した。


「邪魔だから出ていっておくれ」


 そう言った後、ヘーベルはまた研究に没頭した。

 文字通り、話にならない。

 里のエルフ達は頭を抱えた。長を交えて、長い時間をかけて話し合った。

 その結論はヘーベルを殺すことだ。


 怪しまれないようにエルフ達はヘーベルを受け入れる振りをした。

 研究を褒めて、質問をするとヘーベルも機嫌よく答える。

 ある日、ヘーベルを祝いたいということで宴の席に呼んだ。


 その席でヘーベルは睡眠薬を盛られる。

 あっさり罠にはまったヘーベルはエルフ達によってめった刺しにされてしまった。

 ところが血まみれのヘーベルがカッと目を見開く。


「ヒヒッ……今頃鈍いねぇ……もうあの子は完成した……究極生物グランディースは……私の最高傑作……悔いなんてあるものかい……生涯一片の悔いなしッ!」


 そう叫んでヘーベルは大量の血を吐いて息絶えた。

 エルフ達は恐れながらもヘーベルの死体を燃やして処分、その後にグランディースについて調べた。

 ヘーベルの研究室なんかを徹底的に調べた時、詳細が判明する。


 グランディースは里から離れたところで作られていて、ヘーベルが言ったように間もなく目が覚める。

 そう気づいた時には遅かった。

 地響きと共に現れるグランディース、混乱するエルフの里。


 戦いは熾烈を極めた。

 エルフ達の総力をもってしても討伐できず、多くの犠牲が出る。

 滅ぼすことすらできない究極生物はエルフの里を滅ぼした後、世界を滅ぼすに違いない。


 グランディースの襲撃が一時的に収まった後、エルフ達で話し合った。

 結論としては封印するしかないということ。

 究極生物というのはヘーベルの驕りでも何でもない。


 いくら傷を増やそうともたちまち再生されてしまい、いかなる攻撃手段も致命傷に至らない。

 何人たりとも滅ぼすことができない最強の生物だ。

 エルフ達はヘーベルがもたらした知識を活かして、封印術を完成させた。


 苦労と犠牲の末、グランディースの封印に成功する。

 エルフの里から離れた森の奥深くに封印の祠を立てて見張ることにした。

 今のエルフ達がずっとここに住み続けているのはグランディースを見張るためでもある。


 封印は絶対じゃないし、いつか破られる。

 その日のためにエルフ達は密かに準備を進めてきた。

 自分達の先祖が残した負の遺産は自分達の手で片づけなきゃいけない。

 そして現代、グランディースの封印が限界を迎えていた。


                * * *


「いや、まったく同情せんわ」

「えっ」


 えっ、じゃないんだわ。ドドネアさんよ。

 ルオン攻略マニュアルも途中までいい線いってたんだけどな。

 肝心の話の内容に問題がある。


 なんかドドネアさん、途中から悲しげな口調で話したり涙をして見せていたけどオレは終始真顔だ。

 エフィなんか開始二分で寝息を立てていたぞ。

 寄りかかってきて涎まで垂らしやがって。もうこいつを生贄に捧げて逃げようか。


「結末だけ聞いてあーだこーだ言うのはフェアじゃないけど、全部自業自得じゃないか。結局、ヘーベルにおんぶに抱っこしてまともに向き合おうとしなかったのが悪いんじゃないか?」

「しかしヘーベルは極めて異質な存在だった。最初から仲間のエルフなど、実験体くらいにしか思ってなかっただろう(クッ! ここにきて雲行きが怪しい!)」

「果たしてそうかな? じゃあ、ヘーベルはどういうエルフで何が好きでどんな時に笑う? どんな考えをしていた?」

「む、それは……(手強いッ!)」


 手強い、じゃないんだわ。

 上っ面だけ聞いてみれば、オレにはそういう疑問しか浮かばない。

 別に頼るのはいい。オレだってそうしてるからな。


 じゃあ、それ以外にエルフ達は何をした?

 崇め称えて神格化すれば、誰だって神にでもなったと勘違いするんじゃないか?

 バツが悪そうな顔をする長を含めて、オレは全体を見渡した。


「なぁ、なんでヘーベルがどういうエルフだったかわからないんだ? なんでそこは記録に残されていないんだ? 長、答えてくれよ」

「ヘーベルは変わり者で誰ともあまり関わろうとはしなかったと聞いている……(確かに誰もそこは記録に残していない……)」

「まぁちょっと親近感が湧くけど結局、誰もヘーベルと向き合おうとしなかっただけなんじゃないか? ヘーベルと誰が親しかったのか。どんな会話をしたか、何を言ったか。わからないんだよな」

「そうかもしれないな……(私を含めて誰も考えもしなかったところだろう)」


 ちょっと言いすぎたか。

 あくまで部外者のオレが出しゃばることでもないな。

 ただ協力してほしいと言うなら、口出しする権利くらいあるだろう。


「オレはいろんな人から教わった。親父、レイトルさんやドドネアさん、ドキムネさん。ここにいるシカとメル、どんな人間なのかきちんと説明できるつもりだよ」

「待て、ルオン。貴様が私の何を知っている? ドキムネとは何者だ?(まさか私を調べていたのか!)」

「シカ君、話の腰を折らないでくれたまえ。そんなに気になるなら丁寧に説明してやろうか? クールを装っているけど実は他人が気になってしょうがない寂しが」

「あああぁーーーーーーー!」


 いきなりうるせぇな。こいつはもういいわ。

 ドキムネさんはお前のところの隊長だよ。

 それはともかくオレは親父を最低だと思っているけどどんな人間か、ちゃんと言える。

 何が好きで何が嫌いか、誰に嫌われていたか。いやこれは村人ほぼ全員だったわ。

 ちゃんと人として見て向き合っていれば、こんなオレでもわかることがある。


 とはいえ、しょせん部外者の勝手な意見だ。

 これ以上、踏み込むのはよくない。


「ちょっと言いすぎたな、悪かった。それとドドネアさん、討伐の報酬はもちろんあるんですよね?」

「あ、あぁ。金貨10枚でどうだ?(経費で落ちないから私の自腹だ。クソ痛いぞ、これは)」

「申し訳ないけどどんなに金を積まれても、無理なものは無理です。ただエルフの里にいるうちはオレにできることがないか探そうと思いますよ」

「それはつまり……」

「オレなりの感謝の気持ちですよ」


 エルフ達がどよめいて、ドドネアさんが静かに頷いた。

 ルオン攻略マニュアルは確かだな。

 ドドネアさんがありがとうと感謝の言葉を口にした。

 ところでそんなにオレって必要なの? 絶対いらないと思うぞ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ルオン君の正論が清々しくて好きです。そして、引っ張らない。過去のことは「それはそれとして」と切り替える所が良いです。結論、個人的にこの主人公を、大変気に入ってます。 [気になる点] エフィ…
[一言] 寧ろヘーベル可哀想。エルフ共はほんま屑の集まりだな、って感想しか出てこなかった。
[良い点] やっぱりツンデレ!きっと、大活躍するでしょう!主人公だし! [気になる点] ドキムネさんwの本名は結局何でしょうねw もし、ヘーベルさんに友人がいたら、また違ったんですかね? [一言] 父…
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