素直になったほうがいいこともある
「よっし! 登れたぞ!」
エルフの里に来てから三ヵ月が経過した。
木登りはだいぶ上達したと思う。
一見して真っ直ぐで登れなさそうな木でも、観察すればわずかな窪みやでっぱりがある。
どこに手をかけるか、足をかけるか。
最小限の力で木を掴み、最短で登りきる。
体力を抑えた上で、オレは枝の上から森を見下ろしていた。
レイトルさんのところで無駄な動きをなくして、ドキムネさんから教わった呼吸のおかげだ。
特に呼吸のおかげで人体の力を最大限に引き上げることができるのは強い。
さすがにネームドモンスターを破裂させるような真似はできないけど、別に相手は無機物でもいい。
手に入れる力やしがみつく力、一瞬だけ力を最大限に発揮すれば体力の消耗を抑えつつ最大の動きができた。
そんなオレをメルさんが無表情で見上げている。
「驚いたな。これほど短期間で自然を理解するとは……(一年は見ていたのだがな)」
「師匠の教えのおかげだよ」
「それだけとも思えんな。お前のそれは以前にも誰かから教わった技だ。それも恐ろしく腕が立つ者だろう(恐ろしい奴がいるものだ。絶対に敵に回すべきではない)」
「その目はそういうことも見抜くのか」
自然を理解するということは五感を最大限に活用するということ。
特にメルの目は異常なまでに発達している。
相手の動きを見て、先を予想するだけじゃない。
そこにある背景まで見通しているみたいだ。
平面的なものの捉え方をせず、三次元的にものを捉えている。
怖い、怖い。
下手したらオレの後ろにヒドラの方々の姿でも見えていそうだな。
メルがするすると木を登ってきた。
それから別の木に目をつけて、枝に飛び移った。
更に別の枝へと移り、まるで木の上を遊び場のように自由自在に移動している。
「それでお前の師匠はこういうことは教えてくれたか?(驚いたか? そうだろう?)」
「それはさすがになー……」
「自然を見るということは、自分にとっての安全地帯を理解するということ。それを瞬時に見抜けば、森で移動できない場所などない」
「今のオレには難しいかな」
「それを理解するのも成長の証だ」
メルがそのまま弓を構える。
放たれた矢は林の中に突き刺さって、魔物の悲鳴が聞こえた。
「このようにどこに隠れようとも無駄と思い知らせることもできる(あれはビッグボアだな。いい猪肉が食べられそうだ)」
「それもうスキルじゃね」
「スキルか。人間は恵まれているな」
「え? もしかしてメルはスキルも神器もないのか?」
「神託の儀だろう? あれは人間だけに与えられるものだ。我々エルフや獣人には何の恩恵もない」
衝撃の事実を知ってしまった。
そういえばエルフの里にきて、一度もスキルだの神器という単語を聞いたことがない。
ということはノエーテもメルも両親もドマさんもノキアさんも全員、ノースキルか。
オレは改めてメルを見た。
つまりエルフはスキルなんてものに頼らずに自らの知恵と技術で開拓してきたわけか。
そんなものがいるかはわからないけど、神様は人間以外を見放したってことか?
「そっかー。なんでだろうな?」
「さぁな。人間以外は神に見放されたという思想を持つ者もいるようだが、私はそうではないと考えている」
「そ、そうなのか。いや、そうだよな」
「我々エルフには人間にはないものが多々ある。魔力や自然の中で生きる力、長寿。そんな我々に神は何を与える? 私達は十分に愛されている」
ビックリした。
ヘッドホンでもつけてるのかってくらい的確に言い当てられた。
メルの考えもあながち遠からずってところかもしれない。
つまり人間以外が見放されたんじゃなくて、人間が甘やかされている。
スキルや神器でも与えなければ生きられない種族ってことか?
どっちにしても考え方次第ってことだろうな。
「人間の中にはいいスキルの上にあぐらをかいて、自己鍛錬を怠る者が多いと聞く。そんな中、お前は見上げた奴だ」
「スキル一つで一喜一憂して自分の人生を決めるなんてもったいないと思ってるからな。スキルがなんであろうと、自分が満足できる人生を送る。それでいいよ」
「その耳兜の神器をもってしてもか?(おそらく聴力の助けになる類の神器だろうな。だとすれば思わぬ部分も見透かされているかもしれん)」
さすがメル、その目でどこまで見透かすんだ。
そのうち心の声も聞かれているとバレそうに――お?
「この声はノエーテ、やばいな」
「む?」
オレはノエーテの声が聞こえたほうに走り出した。
メルに鍛えられてなかったら間に合わなかったかもな。
そこには震えて魔道具の武器を構えるノエーテとグリーンタイガーだ。
あいつ、引きこもりのくせに何してんだ?
そういえばいつも尾行してきているくせに今日は気配がなかったな。
「ノエーテ!」
「お、お姉ちゃん……」
グリーンタイガーには何かが撃ち込まれた跡がある。
たぶんノエーテが開発していたあの武器の攻撃跡だろう。
この分だと大したダメージにはなってないな。
むしろ刺激して怒らせた分、事態が悪化している。
グリーンタイガーはその体毛が森の緑と似ていて、接近まで気づきにくいという特徴がある。
そのくせ実力は決して低くないんだから、徹底した魔物だ。
今、ノエーテが生きているのは奇跡といっていい。
「グルルルアァァァーーー!」
「ひぃっ!」
ノエーテが身を縮めた時、グリーンタイガーの頭を矢が貫通した。
グリーンタイガーはふらふらとよろけた後、どしゃりと倒れる。
この至近距離で正確に急所を撃ち抜くか。
へたり込むノエーテはまだ震えていた。
ホントなんでこんなところにいるんだ?
「ノエーテ、何をしている」
「あ、そ、それは……(お姉ちゃんたちを尾行していたらうっかりはぐれたなんて言えない)」
「理由を言え」
「さ、散歩、とか……(これたぶんごまかせないやつ……。タイミングを見て、颯爽と登場した私が魔道銃で魔物を倒す。お姉ちゃんが私を見直す。そんなプランがががが)」
このままだとメルがキレるな。
ウソやごまかしが嫌いなのはもちろんだけど、自分を理解せずに命を危険に晒す行為もおそらく許さない。
ましてや相手が妹ときた。これは助け船を出すべきだ。
「お前、オレ達が気になって尾行していたんだろ?」
「ちょおぉーーーー!(マジでデリカシー皆無ぅぅーーーー!)」
「頃合いを見て魔道銃の威力をオレ達に見せつけて、さすがノエーテって言ってほしかったんだろ?」
「いいぃやぁぁーーーーーー!(恨む! 一生恨んでやる!)」
尾行してた奴に言われたくないわ。
大方、あの魔道銃に大した自信を持っていたんだろう。
オレの見立てでは、あの飛び道具で殺せる魔物はかなり限られている。
グリーンタイガーを始めとした魔物は皮膚や筋肉の層が人間のそれとは比較にならない。
それにノエーテが当てていた箇所はどれも急所外だ。
自分の技術を過信して命を危険に晒す。
これは怒られてもしょうがない。
だけどメルはノエーテをしっかりと立たせた。
「怪我はないようだな(一人で決意してこんなところまで来たのか、そうか)」
「お、お姉ちゃん。怒らないの?(それとも嵐の前の静けさ?)」
「動機はどうあれ、お前は一歩だけ踏み出した。今はそれでいいだろう」
「お、お、お姉ちゃん……」
ノエーテの目がうるうるとしている。
確かにメルはオレを利用して、ノエーテを焚きつけていたからな。
結果的に作戦成功だろう。
メルがノエーテと手をつないで歩く。
「ルオン。すまないが今日の散策は終わりにしよう。ノエーテを里まで送りたい(一歩踏み出したのは良し。次に叩き直すのは無謀な行いだ)」
「いいよ。言いたいこともあるだろうからね」
オレの発言にノエーテが狼狽し始めた。
メルとオレを交互に見て、冷や汗をかきはじめている。
「お、お姉ちゃん。怒ってない、よね?(怒ってない怒ってない私を心配してくれているんだから怒ってない)」
「怒ってないぞ。少しだけ叩き直さないといけない部分があるだけだ(その武器についてもな)」
「いやぁーーーーー!(やめときゃよかった! やめときゃよかったぁー!)」
「森の中で無暗に大声を出すな(教えることは森ほどある)」
よかったな、ノエーテ。
山ほどじゃなくて森ほどあるらしいぞ。
心の中でエルフジョークをまじえるなんて、ユーモアがあるお姉ちゃんをもったな。
ブックマーク、応援ありがとうございます!
「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたなら
ブックマーク登録と広告下にある☆☆☆☆☆による応援をお願いします!




