近未来の引きこもり?
最近、ノエーテが部屋から出てこないと両親が食卓の席で心配していた。
最近も何も常時じゃねえかと思ったけど口には出さず、メルも済ました顔で食事を終わらせる。
結局、ノエーテはこのままなのかと心配する気持ちはわからないでもない。
こればかりは家族の問題なのでオレは一切干渉しないことにしている。
それでなくても関わりたくないけどね。
そんな風に思っていたある日、夜に喉が渇いて起きるとノエーテの部屋のドアが開いた。
「どわぁっ!? なんだ、ノエーテか」
「ちょっと、人が出てきただけですごい反応するよね(まるで幽霊でも見たかのような驚きようじゃん)」
「実はお前はすでに部屋で死んでいて、中には誰もいないと思っていたからな」
「なにその想像力」
だってここ最近、心の声すら聞こえてこなかったからな。
眠っているか死んでいるかのどっちかだと思うだろ。
でも引きこもっていた割には顔色がいいことに気づく。
心音なんかの音もまともなものになってきている。
それどころか体つきもやや引き締まっているように見えた。
一体どういうことだ?
オレの予想ではノエーテは運動不足で不摂生を続けた挙句、部屋の中で急死するルートだったんだが。
肌艶もいいし、呼吸の音も落ち着いている。
こいつ、部屋の中で何をやっていた?
「ずっと部屋の中で何をやっていたんだ?」
「何でもいいでしょ(どうしよっかなー? 教えてあげよっかなー?)」
「そうか。じゃあ、おやすみ」
「ちょ、ちょっとくらいは気にならない!?(一切気にしないとか、そんなのある!?)」
すごい引き止めてくるから、仕方なくノエーテの部屋の中に招待された。
今度はどんな魔境になっているのか怖くてたまらなかったけど、意外な光景が広がっていた。
部屋の中は見たこともない魔道具だらけだ。
魔境どころか意外と整頓されていて、食べかけのゴミなんて一切ない。
ゾビランテ君と思われるものはパワーアップを遂げていて、様々な器具が取り付けられていた。
「なんだか凄まじいことになってるな。この壁を覆っているシートはなんだ?」
「それは防音シートだよ。張っていれば大声を出しても、音が外に漏れることがないの(将来、絶対に需要が増すと睨んでいる)」
「そりゃすごい。アアアァーーーーーーーーーーーーー!」
「い、今はドアが開いてるからやめてよ!(確認くらいとって!)」
叫んだ感じ、確かに音がシートによって阻まれている。
これのおかげで作業する音なんかが遮断されていたのか。
つまり必然的に心の声も聞こえないわけだ。
ヘッドホン、思わぬ天敵の登場だな。
心の声は相手が発する音を統合して最終的に変換されたものだから、音を完全に遮断されたらどうにもならない。
こんなものを開発していたとは実はこいつ、やばくないか?
「ルオンのそれってたぶん神器でしょ? それがヒントになって開発したの。プライベート空間を作るには音という情報を相手に与えないことだからね」
「そこまでするか。ていうかまだ引きこもりに心血を注いでいるのかよ」
「私は私にできることをやっているだけ(私はルオンやお姉ちゃんみたいに狩りはできない。だったら自分がやれることをやって、何としてでも認めさせてやる)」
「そうか。それはよかった。じゃあ、あそこにある武器や謎の器具は?」
「魔道具による武器だよ。いつまでも剣だの弓で狩りをする時代じゃないからね。まだ開発中だけど……」
それは奇妙な形をした武器だった。
ブーメランみたいな形で、先端には丸い穴が空いている。
どう使うのかまったく想像できない。
「それは魔道銃。完成すれば子どもでも大人を殺せるほどの武器になるよ。こうやって持って……ていっ!」
「おぉっ!」
ノエーテが魔道銃を撃つと、廃品に穴が空いた。
何がどうなってこうなった? まったく見えなかったぞ。
魔道銃の穴から煙が出ていて、なんとなく威力の凄まじさを物語っていた。
「弓と違って大きくないし、持ち運びも楽。矢もいらない。金属製の弾の装填が必要だけど、そのうち魔石なんかを組み込んで弾入らずにする予定なの(使い続けると今は暴発する危険性があるけどね……)」
「お前、まさかそれを使って戦う気か?」
「悪い?」
「素晴らしいよ」
素直に思ったことを伝えるとノエーテは意外に思ったのか、少しだけ目を丸くした。
オレをなんだと思ってたのか知らないけど、すごいものはすごいと褒めるくらいの感性はある。
王都の汚い部屋にいた時は武器なんて開発してなかったはずだ。
それが今じゃ明らかに姉を意識している。
それにこの肌艶とスタイル、明らかに運動をしているな。
室内にいながら、これだけの結果を出せることにも驚く。
おかげで健康体に近づきつつある。
部屋の中ですら一歩も動きたがらなかった奴がずいぶんと変わったものだ。
ずっとオレ達を尾行していた甲斐があったわけか。
自分とはあまりにかけ離れたものを見て、無理に追いかけようとせずに自分の道を歩く。
これなら両親や姉に胸を張って堂々とできそうなものだ。
だけどそれをせずにオレに見せてきたってことは、まだその勇気がないってことかもしれない。
「わ、私がやってるのはあくまで近未来の暮らしの実現だよ。いつまでも森の中で原始的な暮らしなんて嫌だからね(ルオンが私を褒めるなんて……)」
「そうか。オレは尊重するよ」
「な、なーに! なんか気持ち悪い!」
「会ってそんなに経ってないはずなんだけど、オレってそこまで捻くれてるように見えた?」
オレは常に自分に正直なだけだ。
いいものはいい。悪いものは悪い。
変に気を使ってストレスを溜めるような人生は送りたくない。
人間、言いたいことがあったら言えばいいんだ。
さすがにエルドア公爵だとか、その地位の人間相手となれば別だけどね。
「と、とにかく私だって色々考えているんだよ」
「じゃあ、あとは自立だな」
「自立はしてるよ」
「じゃあ、この魔道具の製作資金は?」
「……お、おこづかい」
ほらな。便利な道具で身を固めて楽をしたいという気持ちはわかる。
だけどそれだって先立つものがないと成り立たないんだ。
だからオレはノエーテが言う原始的な暮らしに適応したい。
何よりそのほうが健康的な生活を送れるはずだ。
綺麗な環境で甘やかされて生きるより、自然の中で暮らしたほうが生物として強くなれる。
拾い食いのプロである親父が腹を壊さないのも、あれは環境に適応しているからだ。
環境に適応すれば人前で拾い食いしたところで羞恥心なんか感じない。
オレがあの境地に至るのは難しそうだけどな。
ブックマーク、応援ありがとうございます!
「面白い」「続きが気になる」と思っていただけたなら
ブックマーク登録と広告下にある☆☆☆☆☆による応援をお願いします!




