オレにそんな危険性があったなんて
ノキアさん、後でこっそり年齢をメルに聞いたら八十歳らしい。
メルが五十歳、ノエーテが四十歳。
ノエーテ、マジか。親父とあまり変わらない年齢で自立してないとか想像するだけで背筋が凍る。
この世にそんな人間がいるなんて想像もしてなかった。
というか、見た目と年齢の整合性どうなってんだ。
ノキアさんはあんな見た目だけど遥かに人生の先輩だから、礼儀くらいはきちんとしておこう。
あの子はちょっと前まで、じゃなくて。
ノキアさんはちょっと前まで祖母の弟子だったらしい。
だけど十四年前に祖母が亡くなって以来、村での薬師の仕事を引き継いだ。
エルフのちょっと前の感覚がすごい。
知識や技術は先代の祖母を超えていたから、いわゆる天才というやつか。
話しているだけでものすごい知識を感じた。
こんな小さい見た目で、ノエーテよりしっかりしてる。
薬について教わり始めてちょうど一週間、おかげでオレは薬学の奥深さを思い知っている。
人体にいい影響を与える植物や成分、悪いもの。
これらは単純に分けられるものじゃなくて、組み合わせや相手によっては害にもなる。
これは薬学において最重要とまで教えてくれた。
だから単純に暗記すればいいわけじゃない。
一般的に薬草に使われているものは傷を癒すけど、一方で人によっては肌がかぶれる。
毒消しとして知られる薬草でも、実は超微量の毒素が含まれている。
大量に摂取しすぎると体が痺れるなんかの症状が出る。
個人によってはアレルギーという症状が出る。
魔法とも違う知識の世界にオレはすっかり魅せられていた。
極めれば無味無臭の猛毒で毒殺することもできるから、薬師とは仲良くしておけとメルに脅される。
知識を深めれば薬草を現地調達して調合することもできるから、本当にありがたい。
「くちゅん! ル、ルオン、君! なにを調合したのぉ!」
「おい、人が調合した薬に鼻を近づけるなよ。それはポーションのはずだぞ」
「くちゅん! どこが、くちゅん!」
「うーむ、くしゃみがすごいな。ということは失敗か。」
おかしいな、癒しの飲み薬を調合したはずなんだけどな。
何がどうなってるのやら。
他にも毒消しの薬を調合したはずが、逆に肌がかぶれる。
目薬を調合したはずが涙が止まらなくなる。
これにはノキア師匠も空いた口が塞がらない。
オレが調合したのは一般的なポーションよりも効果が強力なものだったはず。
ノキアさん曰く、レシピ通りの調合なら誰でもできるという。
「ルオンさんほど見込みがな……独特の発想をお持ちの方はなかなかいませんわ(何がどうなってますの?)」
「いやぁ、それほどでも」
まぁこれはこれで満足してる。
むしろオレはこれで新たな境地に目覚めたくらいだ。
そのうち役立たせてやるよ。
初心者は数日か一週間で卒業して、そこからは発想力を広げろと教えてくれた。
ノキアさんも毎日、新しい薬の開発を繰り返しているようだ。
「くちゅん! ノキアちゃん、くちゅん! エリクサーできた!」
「エ、エリクサーですの!? すべての外傷や病を癒す伝説の……! どれぇ!(わ、わたくしの弟子が!? メルお姉様に自慢できますわ!)」
「どう? くちゅん!」
「エフィ、悪くありませんが、これじゃせいぜいハイポーションですの。エリクサーは長いエルフの歴史の中でも伝説とされていますのよ(でもこのクオリティは素敵ですわ。エフィ……悪くありませんの、かわいらしいですわ)」
いい師匠だと思うんだけどな。
特に害はないから聞かなかったことにしよう。
「ごきげんよう、ノキアさん(あら、ルオン君。いたのね。ちょうどよかったわ)」
「クレムおば様、今日もお美しくてごきげんよう(きゃーーーーー! 素敵おば様ァーーー!)」
クレムおば様、つい最近になってようやく名前を知ったんだけどノエーテの母親だ。
日傘みたいなものを差して、機嫌よさそうに手を振って訪ねてくる。
何がちょうどよかったのかわからないけど、今日の薬のお勉強はここまでにしておこう。
「ルオン君。今日、付き合えるかしら?(この体……やっぱりいいわぁ)」
「いえ、今日はオフなんで無理ですね」
「意味わからないわ。ルオン君、あなたってかなり魔力が少ないのよ。これほど少ない人って稀なのよ。ゴブリンだってマシな魔力を持ってるもの(見てるだけでゾクゾクするわぁ)」
「心が折れたので帰りますね」
「ごめんなさい、言いすぎたわ。せめてコボルトと言うべきだった」
ゴブリンでもコボルトでも、なんでもいいんだわ。
やべぇことしか予感できないから帰るんだわ。
で、帰ろうとしたらしっかりノキアさんに出口を塞がれてんの。
監禁された?
「ルオンさん。まさか無料でわたくしから教わろうとしていたわけではありませんよね?(クレムおばさまのためなら!)」
「そういうことは事前に取り決めておかないと詐欺ですよ。大声出していいですか?」
「心配ありませんわ。クレムおばさまの薬は絶対に人体を害しませんの。おばあ様の弟子の中ではわたくしの次くらいの腕ですのよ」
「いや、薬の実験台にする気満々なのは変わらないじゃないですか」
「クレムおばさまは魔力が極端に少ない人のために、とある薬を開発していたんですの。あまりに魔力が少ないと、稀にですが魔欠乏症になることあるのですの」
初めて聞く名前の病気だ。
落ち着いて話を聞いてみると、魔力は基本的に体に影響を与えない。
でも稀に魔力が何らかの理由で大幅に減少した際に、直接肉体にダメージを与えることがある。
血の流れや心臓の鼓動なんかと連動して動いているのが魔力だ。
常に一緒にくっついている魔力が減少した際に、肉体がそれを感知して同時に活動が遅れるらしい。
全員が必ずそうなるわけじゃないけど、中にはそういう体質の人間もいると聞いた。
怖すぎるだろ。
「人間の医療知識じゃ原因不明として片づけられることが多いんですの。でも命にかかわることがあるから、なんとかしておいたほうがいいですわ」
「確かに……。特にオレは魔法を使いますし、無関係ってわけじゃないですね」
「クレムおばさまはそういう方々のために、合間を見つけて研究を行ってますのよ」
「そうだったんですか……」
なるほど、オレは誤解していたわけか。
勝手に変態女だと決めつけて距離を取っていたけど、実は正しい行いをしている人だった。
それにオレのことをちゃんと考えてくれている。
いわばオレの命の恩人だ。
それに世話になっているから、オレも少しくらい協力しないとな。
「クレムさん、痛くない範囲で協力するよ」
「ありがとう、でもそんなに緊張しなくてもいいわ。実はすでに開発が最終段階なのよ。あとはあなたに飲んでもらうだけでいい(たぶん問題ないはずよ、たぶん)」
「えっ」
「ん?」
思わず、えっとか言っちゃったよ。たぶんとか言うな。
クレムおばさんが持ってきた薬は粉状のものだ。
これを水と一緒に流し込めばいいのか。
エフィなんか期待の眼差しで目が輝いているし、これはもう飲む流れだな。
ええい、さらば!
「……特に苦みもなにもないな」
「良薬は口に苦しなんて三流の言葉よ。人を救うための薬なのに苦しめるわけにいかないでしょ」
「めちゃくちゃいいことを言いますね」
「これで魔欠乏症の心配はなくなったはずよ。おめでとう」
思わぬところでオレの命が救われたわけか。
エルフの里を訪れなかったら、どこかで倒れていたかもしれないな。
これだけ貰ってばかりなのも申し訳ない。
オレごときが恩返しなんておこがましいけど、せめてしっかりと学ぼう。
「おばさま、おめでとうございますわ。長年の研究成果が活きましたわね(それにしてもいくら研究のためとはいえ、おばさまが出会ったばかりの人間にとっておきの薬をあげるなんて……)」
「えぇ、ルオン君には感謝してるわ(このぬぼっとしたところがいいのよね。あぁ、たまらないわ……うふふふふふふ)」
うん、あくまでただの好意なんだよな?
あまり常軌を逸してると旦那に言いつけるぞ。
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