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自然の教え

 エルフの里での暮らしはオレの性に合っていた。

 自然の中でなるべく文明に頼らずに暮らすという文化は憧れる。

 例えば火を起こして料理をするのに、いちいち魔道具を使わない。

 天然の火打石か薪、魔法で竈に火をつける。


 使用素材も天然ものばかりで、人工的に加工したものはほとんどない。

 王都なんかで売られているものの中には、粗悪品も少なくなかった。

 安さを重視して、ほんのちょっとの肉に人工で作られたクソまずい肉を混ぜる。

 体に悪影響が出る魔法薬漬けにされた野菜だとか、口に入れるのもためらうものがあった。


 エルフが長寿なのも、単に種族の性質というわけでもなさそうだ。

 きっと生物が健やかに生きるには、こういう環境が最適なんだろう。

 里で遊ぶエルフの子ども達を見ているとそう思う。


 どこかの引きこもりエルフの不健康ぶりを見ているからな。

 そんな妹とは対照的に姉のメルは外部から来たオレをよく狩りに連れていってくれた。

 驚いたのはその弓の腕だ。


「こんなものか」

「このでかい猪ってだいぶ強いよね」

「ギガントボアは下手なネームドより厄介だからな。真正面から相手にするより、的確に急所を狙ったほうがいい」

「だいぶ距離あったけどなぁ」


 丸々とした巨大猪をメルは遥か遠くから矢で狙った。

 その威力たるや、木を貫通するほどだ。

 丸くくりぬかれたような木の跡が生々しい。


 それに一瞬で巨大猪の急所を見抜いて一撃で倒すなんて、オレのヘッドホンでも無理だ。

 音を聞いてようやく、なんてやってるうちにメルは矢を放つ。

 呼吸のごとくやってのけるんだから、その気になれば暗殺者にでもなれるだろうなとほんのり考えた。

 ヒドラでも通用するんじゃないか?


 コツを聞きたいけど、メルは言葉じゃ教えてくれない。

 これは意地悪じゃなくて、言葉で覚えても真の意味で身につかないと考えるタイプだからだ。


「では今日はもう少し奥へ進むぞ(そろそろ見て感じ取ってほしいものだな。自然は答えを教えてくれない。だからこちらも感じ取る必要があるからだ)」

「よっしゃ、ついていくよ。メル先輩」

「なんだ、それは? ふざけてるのか?(目に余るなら同行は控えてもらおう)」

「ごめん」


 お堅いのがちょっとやりにくいけどな。同行禁止にするほどのことかい。

 メルの言い分はわかる。わかるんだけど、オレにそこまでの素質はたぶんない。

 だから少しでもヒントが欲しいわけだ。


 でも普通に聞いたところで、教えてくれない。

 そこで頭を使うんだよ。


「いやー、この木を登るなんて無理だなぁ。無理だよなぁ。取っ掛かりがここしかないもんなぁ」

「できるぞ? ここにわずかな窪みがある。ここに手をかけて、次はこっちだ(この程度すら登れんと思われるのは癪だ)」

「そうだったのかぁ!」


 ね? 押してダメなら引けばいい。

 こんな風に答え合わせをして、オレなりに学んでいる。

 メルがお手本を見せてくれた後にオレがやってみた。

 

 こうやって少しずつ学ぶうちに、少しずつ木登りが上達し始めた。

 メルはオレの策略にはまったとも知らず――


「うむ、お前も自然を感じ取れるようになってきたようだな(自然がルオンを受け入れたとも言えるな)」

「ビンビンに感じるね」


 メルは優秀だけど教えるのは向いてないと思う。

 こっちはエルフじゃないんだから、相応の教え方というものがあるはずだ。

 だけどここでそれを指摘して機嫌を損ねられたら元も子もない。


 素っ気ない態度に見えるけど、メルって奴は割とわかりやすい。

 例えば機嫌がよければ、木の上から木の実をとってきてくれる。

 その流れで野草の知識なんかも披露してくれる。


「このユガリの花は微量の毒が含まれる。肌に合わなければ、強烈な痒みを引き起こすから触れないほうがいい(昔、ノエーテがかぶれて大泣きしたな)」

「あっちの紫の花もやばそうだね」

「あれは見た目に反して薬草なんかに使われる。苦みが強く、かといって消そうとすれば効力も失われるのだ(ノエーテが苦さに耐えられなくて大泣きしたな)」

「ちょっと採取していこうかな。オレもいずれは薬とか作れるようになりたいからね」


 ノエーテ、被害に遭いすぎだろ。

 なんとなくあいつが引きこもった理由が見えてきた。

 ただそれが自然と暮らすってことだし、そんな中で両親はあいつを育てたんだ。

 その点には敬意を表さないとな。


「薬か。それなら私より適任がいるから、後で紹介しよう(少し癖が強いがな)」

「助かるー」


 癖の強さはもう覚悟してるんで大丈夫です。

 これまで癖のない奴のほうが少なかったからね。

 

「着いたぞ。ルオン、お前にここを見せてやりたかった(昔はよくノエーテと一緒にきたものだが……)」

「泉? めちゃくちゃ綺麗だね。天然が作り上げた芸術だよ」

「そう言ってもらえたら何よりだ」


 今日はどこまで進むのかと思ったら、開けた場所に大きな泉がある。

 小さな滝が流れていて、周囲の植物と相まって幻想的な光景だ。

 都会暮らしじゃ絶対にお目にかかれない。


 それとメルはノエーテのことを気にかけているけど、それについてはたぶん心配ないぞ。

 何せ実は割と近くにいるからな。


(お、お姉ちゃん。ルオンとあんなに仲良さそうに……)


 オレも最初はびびったんだけど、気になって尾行しているみたいだ。

 最初は体力がもたなくて途中でリタイアしていたけど、最近はがんばっている。

 そこまでさせる何かがあるんだろうな。


「では少し水浴びをしていこう(たまらん! 今すぐ飛び込みたい!)」

「いいね。じゃあ、入ろう」


 オレが木陰で服を脱ごうとした時、メルが躊躇なく脱ぎ始めた。

 待て。何が起こってる。


「メル、まだオレがいるけどいいのか?」

「目のやり場に困れ。多少なら許す(人間はそういうのを気にするから少し面白い)」

「多少ってどの程度さ。ていうかメルは平気なのか?」

「ジロジロ見られていい気はしないが、そもそも自然の中で暮らせば嫌でも裸を見られることなどある(人間の中年が鼻の下を伸ばして覗いていた時はさすがに射殺しかけたがな)」


 おい、オレもメルの匙加減で射殺されかねんぞ。

 エフィなんか風呂に入る時は五回くらい覗かないでねとか念を押してくるんだが。

 そこまで言うならついてこなくてもいいんだが。


 仕方ないからオレは木陰で服を脱いだ。

 さすがに見せる趣味はないから、下着だけは着用しておく。


(わ、わわっ! お、おねーちゃんの前でなに脱いでるの!)


 尾行してる奴がなんかうろたえてるけど知らん。

 姉公認だからな。文句があるなら堂々と出てきてくれ。


 ふと見るとメルは下着すらつけていない。

 恥じらう素振りもないし、本当に気にしないんだな。

 あまりジロジロ見て射殺されても嫌だから、目は逸らそう。


「ルオン、お前は泳げるのか?」

「川で水遊びをしていたから多少は泳げるよ」

「ではこれはどうだ?」


 メルが泉に潜ったかと思うと、魚みたいに水面から飛び出す。

 くるりと泉を一周して戻ってくる。

 かろやかな泳ぎに、オレは拍手をした。


「時には潜って魚を捕らえる必要がある。慣れれば釣りよりも確実な場合が多いな(ノエーテは浮くことすらできなかったな)」

「マジか。さすがにその境地は難しいかな」

「何を言う。せっかくの機会だ。少し泳いでみろ(人間の泳ぎを見るいい機会だ)」

「え、じゃあ遠慮なく……」


 メルほどじゃないとはいえ、オレはうまく泳ぎ始める。

 さっきの鮮やかな泳ぎを見せられた後じゃ格好がつかないな。

 程々にして水面から顔を出すと、メルが凝視していた。

 ジロジロ見られていい気はしないんですけど?


「思ったよりやるな(私には到底及ばないがな)」

「お褒めの言葉、ありがとう」

「やはりお前には適性がある。それに未だ隠している武器というか、素質を感じるぞ(会った時からそれは感じていた……)」

「それはたぶん気のせいかな」


 エルフに褒められたんだから、オレの泳ぎはそれなりのものなんだろう。

 でも泳ぎに関しては確かラークがうまかったな。

 というか運動全般、あいつのほうが上だ。

 川で溺れていた子どもを助けていたし、足の速さだってオレは勝てない。


 今頃、何をしているかな。

 あいつはあいつで引き続き出世街道を進んでいるんだろう。


(お、おねーちゃんが、男の前で、は、裸に……ひいぃ~~~!)


 なんか悲痛な声が聞こえるけど、きっとこの辺で息絶えた人なんだろう。

 これも自然の怖さだ。自然は時として人に牙をむく。

 だからいつまでも引きこもっていたら、いざという時に噛まれるんだよ。

 わかったか、ノエーテ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 話やテンポも面白いが、何より設定が腐らないのが凄い。メルの教え下手という点を、心の声が聞こえる事でクリアするという流れが完璧すぎる。 色んな初期設定はあるが、物語が進むと無双とかになる話が…
[気になる点] 身に着けてるのはヘッドフォンとパンツ・・・ シュ~ルだw
[一言] あーたまに生まれる価値観がまるで違う人なんだな でもそーゆーのが生まれないと環境の変化で全滅しかねないから 自然が無くても平気!むしろ便利な道具に頼りたいって人もまた大事なんだよね
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