エルフの里には驚きしかない
アブリナの花を採取してから二日ほど歩くと、サルクト大森林の北側に辿りついた。
騎士団とオレ達がトカゲ討伐を行ったあの大森林にエルフの里があるなんて、意外と世界は狭い。
そう思っていたけどノエーテの両親によれば、厳密には違う森らしい。
確かに森続きで繋がっていてサルクト大森林とくくられてはいるけど、オレ達が戦った南側とは大きな谷や川で仕切られている。
それに原生する植物がまるで違うから、別の場所だと思ったほうがいいと教えてくれた。
なんだろう、もみあげを頭髪と言うようなものかな?
「君達が討伐したリザードマンは元々遥か東側に生息していたはずだ。しかし環境の変化か……あるいは生存競争に負けて追いやられたのだろう」
「後者だとしたら、あいつらよりやばいモンスターがいるってことですか?」
「サルクト大森林全体でいえば、危険度は中の上といったところだろう(特にあの魔獣に比べたらな……)」
「怖くて帰りたくなってきた」
ノエーテの父親が恐ろしい事実を淡々と話す。
サルクト大森林の大部分が未踏破地帯なのはそういうことか。
何も阻むのは環境と広さだけじゃない。
結局は凶悪なモンスターが障害になってるってことかな。
特にあの魔獣さんとやらはリザードマンよりやばいんだろう。
いや、待てよ。
あのトカゲのボスでさえ、もし討伐されなかったら国を脅かす可能性があったとか言ってなかったか?
それ以上にやばいモンスターがいるってどんな魔境だよ。
誰だよ、安易にエルフの知恵と技術を教わりたいとか言ったのは。
エフィか? まったくしょうがないな。
「ルオン君、どうしたの? なんか脂汗がすごいよ?」
「少し暑くなってきたからな。お前も発汗作用が乏しいと熱が体内に籠って倒れるぞ」
「それは大変だね。でも生き残るためにエルフからいい知恵を貸してもらうんだよね? がんばろ?」
「なかなか煽るじゃん」
エフィのやつ、何も考えてないようでたまに急所狙いの発言をするな。
たまに思うけど、一番敵に回しちゃいけない奴なんじゃないか?
今になって帰りたくなったけど、腹をくくるしかないか。
辿りついたサルクト大森林はノエーテの父親が言った通り、木々を始めとした植物の様相がまるで違う。
曲がりくねった木や樹齢何年ですかと聞きたくなる極太の木、ぜんまいみたいな高い草。
ジャングルという言葉がしっくりくる。
遠くから聞こえる甲高い鳴き声とか、めっちゃ恐怖を誘ってくる。
遠すぎて実力がわからないから余計に怖い。ヘッドホン外そうかな。
「着いたぞ」
「ここが?」
辿りついたエルフの里は一見してひたすら森だった。
だけどよく見れば、木々そのものが家になっていると気づく。
巨大な木に取り付けられた窓や扉、テラス。
言ってみればここには人工的な建造物が一つもない。
木が家そのもので、そこにある扉が開けばエルフが出てくる。
巨木が集合住宅みたいになっているのも面白い。
そしてそれはめちゃくちゃ広範囲に渡って広がっているとわかった。
ここは天然版の王都だ。
「ルオン君、どうだ?(都会から来た者には馴れない光景だろうな)」
「かっこいいです」
「かっこいい?」
「この文明そのものがかっこいいんです。これを築き上げた知識や知恵があれば、何があっても生きていけそうです」
大袈裟でも媚びを売っているわけでもなく、オレは純粋にそう思った。
同時にオレはとんでもないことに挑もうとしているとも思う。
これは気が遠くなるような年月、数千年どころじゃない技術の集大成だ。
果たしてオレなんかが手を出してもいいものだろうか?
そう思わずにはいられないほど、この光景は美しかった。
こんなに素晴らしい場所で育っておきながら都会送りにされた挙句、親からの仕送りを食いつぶす奴がいるなんてな。
「人間の君にそう言ってもらえるとは光栄だ(本心から言ってくれているとよくわかる)」
「ちらほら人間の姿もありますね。人間との取引なんかもあるんですか?」
「もちろんだ。例えばエルフの里で作られた薬なんかは高値で取引される(それだけに最近はよからぬ人間が寄ってきているがな……が、余計なことは言うまい)」
「薬かぁ。そっちも気になります」
よからぬ情報が入った気がしたけどスルーだ、スルー。
どうせオレには関係ない。
そういうのは正義の騎士団がどうにかしてくれ。
「さて、まずは我が家にて腰を落ち着けるとしようか。いくぞ、ノエーテ」
「う、うん……(やだあぁ~~~! メルお姉ちゃんいるからやだぁ~~~!)」
おや、ノエーテには姉がいるのか。
一人っ子で甘やかされて育ったと思っていたけど意外だな。
オレには兄弟がいないからわからないけど、姉ってどういう感じなんだ?
村の子ども達を見ていると、弟は兄や姉に逆らえないようだけど。
ノエーテ親子の家も例にもれず、木の家だ。
中に入ると仰天不思議、とても木の中とは思えないほど床や壁が綺麗に研磨されている。
広々とした室内には毛皮の絨毯やテーブルで見栄えがよく、キッチンも完備されていた。
何より香りがすごくいい。
木特有の香りのおかげで、この空間にいるだけで落ち着く。
クッソ、これはいいぞ。早く色々と教わりたい。
だけど問題はそもそも教えてもらえるのかという話だ。
物事はうまくいくとは限らない。
問題は人間関係ならぬエルフ関係だ。
例えば黒装束に身を包んだ暗殺者風の女の子がいたら、それはやばい。
そういうのも覚悟しないとな。
「メルはまだ帰ってないようだな(生真面目すぎて無茶をしていないといいのだが……)」
「あの子は本当に働きものねぇ。ちゃんと私達の留守を守ってくれているし……どこかの娘とは大違いね(お仕置き甲斐がないのが欠点ね)」
妹とは違って姉の評価はいいみたいだ。
同じ親から生まれたのに、どうしてそんなにも違いが出るんだ?
子は親の背中を見て育つと思っていたけど、どうやらそうとも限らないみたいだ。
オレはそうして育ったけど、もし弟か妹がいたらノエーテみたいになっていたかもしれない。
親と子どもが違う人間であるように、兄弟も違う人間だ。
そう考えると、つくづくオレはオレとして生まれてよかったな。
「お、メル。帰ったか」
「お父さん、お母さん。おかえり。ん、ノエーテ?(なぜ愚妹がいる?)」
帰ってきたのは銀髪の髪を後ろで束ねた女性のエルフだ。
細くてキリっとした目、白に近い美肌、長身。
どこをとっても美人で、なぜか見た目だけでノエーテとは相性最悪だと思える。
「お、おかえり、お姉ちゃん……(まーたなにを言われるんだろぉ)」
「そちらは客人か。今日は色々と驚かされる日だな(あのぬぼっとした人間の少年……なぜか気になるな)」
ん? 初対面でメルお姉ちゃんに興味を持たれたぞ。
ところでぬぼっとしたって表現は全種族共通で使われているのか?
さっそくソファーで一切の遠慮なくくつろいでる奴と裏で口裏を合わせてないよね?
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