弱い相手なら任せろ
いくつあるのと聞きたくなるほど鋭利な牙の数々、それでいてリザードマンみたいに二足歩行も可能な化け物だ。
爬虫類特有のぎらついた瞳をぎょろぎょろ動かして、のっそりと移動している。
今は遅いけど獲物を見つけたらそれなりに速いらしく、捕まったらあの頑丈な顎で鎧ごと噛み砕かれるらしい。
単純なパワーと硬さなら、いつかの刃速の巨王蛇以上だ。
大きさと速さはあっちが上だけど、それで勝負が決まるほど自然界は甘くない。
なんであのワニが悪食なる殺戮者と呼ばれて、一帯の支配者をやっていられるのか。
それは水陸両用という点にある。
見落としがちだけど、戦えるフィールドが多いってことはそれだけで強い。
あいつに噛み砕かれそうになってなんとか抵抗できたとしても、川に引きずり込まれて終わりだ。
「エフィ。手筈通りにやるぞ」
「う、うん……サンダースピアッ!」
オレ達はさっそく動いた。
エフィが放ったサンダースピアが鰐に真っ直ぐ直撃した。
川から上がった直後だから、体の表面の水に電気がよく通るはずだ。
案の定、奇襲を受けたワニは電撃で全身を焼かれた。
その隙にオレが悪食なる殺戮者に接近して、まずは蛇腹剣で正確に目を狙った。
水平に振った蛇腹剣はワニの片目を斬りつける。
いくら表面が固くても、目だけはどうしようもない。
片目から血しぶきを上げたワニはようやく襲われたことを理解したみたいだ。
感電した体をのっそりと動かした後、オレを敵と見定める。
「ゴアアァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
「うるせっ……!」
おぉ、さすがの咆哮と圧だ。
ヘッドホンを通してワニの怒りと獰猛さがよく伝わってくる。
耳から脳天まで貫かれるかと錯覚するほどだ。
まずは怒らせ成功。
そうするとこいつは電撃魔法を放ったエフィよりも、目の前にいるオレを狙う。
片目を斬りつけた奴がすぐ近くにいるんだからな。
ダッシュして大口を開けて接近してきた。
ステップを踏んで軽やかに回避した直後、オレの後ろにあった草木が丸ごと食われる。
歯形だけ残して綺麗になくなっていた。顎、強すぎだろ。
おいしそうに食ってるところがまさに悪食だ。
「そーれそれそれそれっ!」
蛇腹剣を上下左右に振って牽制、悪食なる殺戮者の体の表面を傷つけるけど大したダメージにはなっていない。
片目を潰したおかげで、オレは死角をうまく利用して避けていた。
なかなかの速さだけど、このアドバンテージは大きい。
そして鰐は体を丸めたと思ったら、まるで車輪みたいに回転して駆け回った。
背についているヒレが刃みたいになっていて、ぐるぐると回りながらオレを執拗に追う。
走った後の地面がえぐりとられていて、土が掘り起こされたみたいになっていた。
(すごいな。息切れもしないし、こいつの動きが手に取るようにわかる)
オレは走って逃げて、悪食なる殺戮者をエフィ達から遠ざける。
暴走車輪と化したワニに対してエフィがまたサンダースピアを放つ。
二度目の直撃はさすがのワニも効いたみたいで、前転するようにして背中ごと落ちた。
そこへすかさず腹に蛇腹剣を連続で斬り込む。
背中や腕、足なんかは硬いけど腹ならなかなかのダメージになる。
蛇腹剣は通常の剣と違って継続的に斬りつける特性があるから、さすがのワニも悲鳴を上げた。
呼吸と合わせて威力が上がっているから、目に見えて派手に血しぶきが飛ぶ。
「おっと、まだ動くか?」
それでも致命傷にはなってない。
さすがに硬いな。
だけどこいつの柔らかい箇所はもう一つある。
「さぁ、こいよ」
オレはあえて無防備を装った。
こいつはそもそもオレ達を食いたがっているんだ。
その隙を見せれば、こいつはもっとも自慢の武器でオレを殺しにかかる。
悪食なる殺戮者が大口を開けた。
「そこだよ、そこ」
オレの蛇腹剣が曲線を描きつつ、ワニの舌を切断した。
呑気に大口なんか開けるからそうなるんだ。
普通の剣なら口の中にまで射程を伸ばしたりとか、こんな器用な動きは難しいだろう。
悪食なる殺戮者は絶叫して横転した。
そこへエフィの止めのサンダースピアが直撃。
三度目とあって、悪食なる殺戮者は小さく痙攣してやがて動かなくなった。
「ルオン君、やったね!」
「討伐完了だな」
「褒めて!」
「すごいぞ」
「それだけ?」
「偉いぞ」
オレがエフィをいなしてワニの死体を眺めていると、エルフ親子がやってきた。
ワニの死体とオレ達を見比べて、観念したように父親のほうが息を吐く。
「ものの見事に仕留めてしまったな。こいつは我々でも苦労するのだが……(完全に流れを作っていたな。まるですべての動作がわかっていたかのようだ)」
「こいつが単純で助かっただけですよ」
「危なければ手を貸そうと思ったが、その必要はなかったな。自分より強いモンスターに挑む真の勇気……私は感動したよ(骨のない連中ばかりだと思っていたが、この少年には英雄の資質があるかもしれん)」
「えっと、それよりこいつの解体方法ってわかります?」
なんか盛大に勘違いされてる気がするんだが。
勝てると踏んだ相手にしか挑んでないだけなんだが。
英雄に失礼だから、その評価は改めたほうがいい。
そういうのはラークに任せているんだ。
あいつなら勝てるかどうかの可能性なんか考えない。
そこに倒すべきモンスターがいるなら迷わず戦いを挑む。
褒められた行動かどうかはともかくとして、人に称えられるべき英雄ってのはそういうものじゃないのか?
オレと違って勝てない相手にとことん強いのが英雄だ。
「私達でよければ解体しよう。母さん、手伝ってくれ」
「はい、あなた。ノエーテ、やり方を見てなさい……ノエーテ?」
母親に話しかけられたノエーテがハッとなっていた。
てっきりションベン漏らして気絶してるかと思ったけど、ちゃんと戦いを見ていたんだな。
なんか俯いてしおらしくなってるけど、どうした?
「おーい? ノエーテ?」
「え、うん……(なんか……すごいな。圧倒されちゃった)」
「この後、アブリナの花もちゃんと採取するからな。ご指導、頼むぞ」
「わかったよ(なんだろ、なんかすごくソワソワするような……)」
あれ? もしかして何か刺激されちゃった?
外の世界に出て、自分と比較してしまった?
確かに普通の神経をしていたら、オレみたいなガキがモンスター討伐をやっているところを見たら危機感くらい抱くか。
自分はこのままでいいのかってな。
だけどノエーテみたいなのはそういう現実を見たくないから引きこもる。
そして楽なほうへと逃げるわけだ。
「さすがの解体捌きだ。これは勉強になる」
「さもんっ! うるふっ!」
「隙あらば召喚するな。そういえばさっきの戦いでケットシーを召喚し忘れただろ」
「あー……でも無傷で勝ったからいいよね」
エフィの強みは魔法じゃなくてケットシーにある。
回復手段を持つ仲間がいるのはオレにとってこの上ないラッキーだ。
ん? あれ?
今、サモンブックがかすかに光らなかったか?
「おい、エフィ……」
「腐ったポーション発見っ!」
もう一度、改めて見るとサモンブックに異常はなかった。
気のせいか?
「よし、解体が終わったぞ。こいつの鱗は防具なんかに利用できるし、肉は癖があるがうまいぞ」
「助かります」
解体が終わって、この後は無事にアブリナの花を採取することができた。
ノエーテはオレと違って本を見ずに本物を見極めたんだから、大した知識だ。
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