子は親の背中を見て育つ
両親の前でノエーテが正座させられている。
スペースは両親が足で強引に物をどかして作ってくれた。
その際に変なのが父親の足にべちゃりとついた時の形相は一生忘れないと思う。
何がついたんだよ、ホント汚いな。
ノエーテはすでに涙目になっていた。
膝に置く手が震えていて、まるで死刑宣告を受けた囚人みたいだ。
そこまでびびり散らかすなら、最初から両親と話し合っておけばよかったものを。
こんな生活がいつまでもバレないわけないだろ。
などと傍観者を決め込んでいるけど、両親がちらちらとこちらを見てくる。
あの太い腕で殴り殺される前にこっちから釈明したほうがいいか。
「あの、オレは冒険者のルオンです。ノエーテの依頼を引き受けるためにやってきました」
「冒険者? つまりノエーテが報酬を用意したというのか?(その金はどこから出ているか? 考えるまでもないな)」
「あっ」
ノエーテがこの世の終わりを悟ったかのような表情でオレを見上げてきた。
いや、オレは一切悪くないからな?
誤解されたらとんでもないことになりそうな事態なんだから、自己防衛くらい許せ。
こんな事態だってのにエフィはゾビランテ君に寝そべってウトウトしている。
その自由さがいつか命取りにならないといいな。
「お父さん、あそこで寝ているのはオレの仲間です」
「君にお父さんなどと呼ばれる筋合いはないぞ(あそこで寝ている女の子といい、理由次第ではただじゃおかん)」
「すみません」
クソッタレ。エフィのせいだ。
もう知らんぞ。
いいよ、来るなら来い。
音を聞く限り、実は戦って勝てない相手じゃない。
それだけに、修行前のオレなら歯が立たなかったとよくわかる。
オレ、強くなったんだな。うん。
でもやっぱり怖いから全力で逃げるわ。
「ノエーテ、私達の仕送りを何に使った? 今はどんな仕事をしている?(まともな返答など期待できんがな)」
「そ、それは、研究費とか、色々……(後は新発売のお菓子とか……)」
「研究費だと? お前、まだ下らん魔道具を作っていたのか?」
「い、いや、その、作ってないこともないというか、作ってないというか(作ってるというか作らんというかあぁもう早く時間くらい経ってよ)」
混乱が極まって時間の概念さえ憎んでいるぞ。
でも下らん魔道具、か。
ちょっと思うところがあるな。
「お前はもう大人だ! 下らん魔道具にかまけてないできちんと働け!(あの女の子が寝ているベッドがそうなのか? 下らなすぎる!)」
「く、下らなくないって……(ちょっとカチンときたかな)」
「下らんだろう! 世のお前と同じ年ごろの人間は皆、働いているぞ! そして家庭を持って自立している! 恥ずかしいとは思わないのか!(情けなくて仕方がない!)」
「うぅ……(働きたくないぃ……でもそれ言ったら更に怒られる……)」
あぁそうか。そういうタイプの父親か。
言ってることは間違ってない。
間違ってないけど、やっぱり引っかかる言い方だな。
それにしてもエフィ、この状況でも起きないとかどんな神経してるんだよ。
「ねぇ、ノエーテ。働きもしないで仕送りをガラクタに使ったんでしょう? お父さんに謝りなさい(謝って? でないと……あぁウズウズする……)」
「ガラクタじゃない……」
「謝らないならこのガラクタは片づけて処分するわ(嫌がる娘の表情……たまらないわ……)」
「や、やめてぇ!」
なんかこの母親のほうがやばそうなんだが。
悪寒さえ感じるぞ。
エルフってやつはこういうものなのか?
「いいか、ノエーテ。人生、真面目が一番なんだ。こんな堕落した生活を送っていて、将来はどうするつもりだ?(このままだと結婚すらままならんな……)」
「魔道具で楽々生活するよ……」
「そんなことができるほど世の中は甘くないぞ! コツコツと働いて暮らす! それが一番だ!(実現できるならとっくにされている!)」
「で、でも……(どうしよう、やっぱりパパとママには逆らえない)」
こうなった時に言い返せないから、自立は大切だと思っている。
誰かに頼って生きるということは、裏を返せば弱みを握られているに等しい。
でも、だからといってノエーテのすべてを否定しようとは思わないけどな。
「……親ならもう少し冷静に話したほうがいいんじゃないか?」
「なんだと?(こいつ、ノエーテを守ろうとしているのか? まさか……)」
「あんた、さっきから否定してばっかりだろ。確かにノエーテは働いてないけど、自分なりの生き方を見つけている。魔道具作りだってそうだ。せめてそこは応援してやるべきじゃないのか?」
「怠けるために仕送りをしたわけではないぞ!(こいつ、急にノエーテを庇ったな?)」
ノエーテの父親がグッと拳を握りしめる。
戦闘態勢に入らないで。
やるっていうなら逃げるぞ。
「ノエーテが約束を破ったのはよくない。だけどそれもこれも、あんた達がノエーテに背中を見せてやった結果なんじゃないか?」
「どういうことだ?(こいつ、さっきから食えんな。何者だ?)」
「子は親の背中を見て育つ。あんた達がノエーテに何を見せてきたのか、よく考えたほうがいいよ」
「私達は朝から晩までがむしゃらに働いた。おかげでノエーテをここまで育てることができたのだ。まさかそんな姿をノエーテが否定してるとでも言うのか?(言ったらただではおかんぞ)」
おぉ、怖い。
オレも柄にもなく熱くなっているな。
ノエーテなんかどうでもいいし、オレはこの親に同調すべきだ。
そしてエルフの里に案内してもらって、あれこれ教えてもらう。
そのはずだったけど、ここまでこいつらが親としてどうしようもないとは思わなかった。
どうもオレは他人に自分の生き方を押し付ける奴が許せないみたいだな。
それもこれもノエーテにきちんと魔道具製作の才能があるからかもしれない。
自分の才能で好きなことをやっているなら、何の問題もない。
誰かに褒められる生き方をする必要なんてないだろう。
ただそれを親に甘えながらやるのはどうかと思っただけだ。
「そうだな。少なくとも、そんな生き方はしたくないって思ったんだろうな」
「このッ!(もう容赦せんぞ!)」
父親が片手で部屋の壁を破壊した。
とてつもない腕力だな。たぶん強化魔法の類だと思うけど。
少し前のオレなら震えあがって逃げていたところだ。
母親のほうも体中に魔力を滾らせている。
オレとしてはどちらかというと、こっちのほうが怖い。
対魔法のノウハウがまるでないからな。
まぁいざとなったら逃げるけどな。
この二人に打ち勝ったところで何のメリットもない。
「落ち着けよ。別にあんた達の生き方を否定しているんじゃない」
「む……ならばどういうことだ?(まったく動じないか。こいつ、結構やるな)」
「子どもが親と違う生き方をしたいってことは、自立した考えを持っている証拠だ。立派に育っているし、だからこそちゃんと話し合ったほうがいいんじゃないか?」
「……なるほど(なぜ私はこの小僧の言葉に動かされつつあるのだ?)」
両親ともにノエーテを見た。
怯えている娘を見て、少しだけ何か思うところがあったんだろう。
父親が拳を下ろし、母親の全身を覆う魔力が消えていく。
「……ノエーテ。話を聞いてやる(不思議なものだな。あんな子どもに諭されるとは……)」
「うん、うん……(なんか助かった?)」
どうにか矛が収まったようだな。
やがて三人の親子は場所を変えて話し合うことにした。
ここにいたらまたケンカになりそうだから、それがいいかもな。
ところでオレの依頼は?
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