戦いで大切なのは〇〇だ!
「ルオン! 今日のところはこのサタンベアでも食って休め!(男の子はたくさん食べないとな!)」
軽快にそう言い放ったドキムネさんは、小屋の外で化け物の死体を見せびらかしている。
サタンベア。確かブラストベアの上位種だ。
その名の通り、魔王のごとく大自然の頂点に君臨する地上最強の生物。
単純な腕力なんかを含めた強さなら、モンスターの中でもトップクラスだと聞く。
腕の一振りでブラストベアがえぐられるほどの怪力らしい。
そんな化け物をドキムネさんは汗一つかかずに討伐してきたわけだ。
こんなもの、男二人がいたとしても食べきれないぞ。
ブラストベアでさえ、エフィと二人でかなりギリギリだったはず。
そんなものをドキムネさんは手刀で解体していく。
あの巨体がみるみるうちに部位ごとに切り分けられていく様は思わず見とれてしまう。
いや、素手でどうやって?
そういえばこの人、武器を携帯していないな。
武器どころかシャツ一枚と手荷物のみだ。
「ふぅー、こんなところか。さぁ、まってろよ。火を起こすからな」
そう言ってドキムネさんは木の棒を両手で挟んで転がして、摩擦熱で発火させた。
それから手際よく調達してきた薪をくべてから、サタンベアの肉を木の串に刺す。
耳心地が悪い鼻歌を歌いながら、まさにあっという間の作業だった。
「焼けるまで少し時間がかかるな。あぁーもう腹がペコリンちゃんだぜ(ユーモアユーモア)」
「ドキムネさん、お腹に名前つけてるんですか?」
「え? いや、そういうわけじゃないがな(しくじったか!?)」
「違うんですか。あぁよかった。もしそうだったらどうしようかと思いましたよ」
ちょっと攻めてみたら、すっごい狼狽してる。
さすがにからかいすぎたか。
「そろそろ焼けたぞ。食ってみろ、ほっぺたがポロリンだぞ(めげずにチャレンジだ!)」
「うん! うまい! ブラストベアの肉より脂身が少ないけど、逆に噛み応えがありますね!」
「そうだろ!? 近頃は脂身たっぷりの肉が高級品として扱われてるのが納得いかなくてな!(ポロリンは成功か! よし!)」
成功してねぇよ。少しはめげてくれ。
おっさんが無理に若者に合わせようとするとこうなるのか。
オレは最近の若者の事情なんて知らないから、マジで無駄な努力なんだよな。
「それにこいつにはタンパク……なんだっけ? そう、タンパク質が大量に含まれているから筋肉とかすごい感じになるのだ!(大人としての知識も披露しておかないとな)」
「残りたった二文字じゃないですか。それより筋肉か……」
「お前はいい体つきをしているな。それになかなか腕が立つ。が、しかし……」
「しかし?」
それからドキムネさんはサタンベアの肉を一人でバクバク食べていく。
あれだけの量を一人で食べきる勢いだ。
それはいいんだけど、言いかけてやめないでくれ。
「もぐもぐ……あれだ……動きとか……もぐ……それよりもだな……(惜しいんだよな。アレができていない)」
「食べ終わってから喋ってください」
結局、この時は一人でサタンベアの肉を完食してしまう。
話を聞こうと思ったら満足そうに眠りやがったから、オレも休むことにした。
* * *
翌朝、オレ達は小屋を発った。
ケルブ山から少し離れた場所に立つこの小屋から王都まではさほど遠くない。
ドキムネさんも王都へ行くらしいから、一緒に行くことにした。
朝、改めて音を聞くとそれだけで冷や汗が出てくる。
平常時でこれなんだから、この人が殺気を向けてきたらショックで心臓が止まる自信あるぞ。
「ふああぁ~あ……もうひと眠りしていくか?(マジで眠いわ……)」
「冗談じゃないですけど」
「急ぎか?(こいつ、朝は強いのか。いい傾向だ)」
「そういえば待たせている奴がいるのを思い出したんで……」
「お、もしかしてコレか?(この歳でまさか! 俺の娘だったらどうする!?)」
「はい?」
小指を立ててコレとか言われても意味がわからないな。
オレには心の声なんて聞こえないからスルーしよう。
「い、いや。悪かった。急ぎなら急ごうか(この歳はそういうのに敏感かもな……)」
「わかればいいんですよ」
しゅん、と聞こえてきそうなほど落ち込んでる。
あまり助けてくれた人に辛辣に当たるのもよくないな。
どう見ても親父よりは遥かにまともな人なんだ。
どうせなら学ぶべきことを学ぼう。
「ドキムネさん。あのサタンベア相手にどうやって戦ったんですか?」
「お、それを聞いてしまうか?(きたぞ!)」
「ダメならいいですよ。先を急ぎましょう」
「そこまで言うなら仕方ない! 大切なことを教えよう! 今、モンスターを連れてくるから待ってろ!(少しは催促するかと思ったのに!)」
ドキムネさんが慌てて脇道に逸れた。
少し経ってから走って戻ってきたと思ったら、追ってきているのはモンスターだ。
二足歩行の獣で、まるで人間みたいに拳に自信を持っているかのようなポーズをとっている。
耳が長くて兎のようにも見えた。
「カルルルル……!」
近づくとこれがまたドキムネさんより大きい。
いや、これやばくないか?
まるで耳を殴りつけられているかのような音がガンガン響くし、聞いているだけで倒れそうになる。
マジで何を連れてきてるんだよ!
「手本を見せようと思っておびき寄せたけど、よく見たらこいつはネームドだな! ハッハッハッ!(しかもなかなかだな!)」
「これ討伐できなかったらたぶんオレ死にますよ?」
「そこまでわかるなら大したものだ。こいつは連拳の漢牙。強そうな奴を見つけては肉塊になるまで痛めつけるアグレッシブなネームドだな(これ確かヒドラに討伐要請出てなかったか?)」
「そこになんの生産性があるんだ」
モンスターにそんなもん求めてもしょうがないんだけどさ。
このおっさん、しれっと双尾の侵緑主クラスを連れてきやがった。
いや、下手したらあっちより強いかもな。
「安心しろ! こいつは私を好敵手としたようだな!(いい目をしている)」
「頼みますよ?」
「ルオン、今から戦いで大切なことを教えてやる。それはだうぶべらぁっ!」
いや、一発もらってるやん。
めっちゃ吹っ飛んで林の中に突っ込んだが?
あまりの威力に何かが爆発したかと思ったぞ。
あんたがいなくなったらオレどうすりゃいいんだよ。
「カルルルル……!」
「あの人とは行きずりの関係なんですよ」
などとモンスターに供述したところで何がどうなる?
やばいな。これは死んだか――
「ギャッ……!」
突然、連拳の漢牙が吹っ飛んだ。
そして立っていたのはドキムネさんだ。
え? 見えなかったけど?
「人が喋っている時に殴るなんて、最近のネームドはなってないな」
「今のどうやったんですか?」
「ルオン、戦いで大切なのは呼吸だ」
「呼吸?」
「呼吸で体内に酸素を取り入れるという行為は人にとって……あぁなんかこんがらがってきた」
いや、諦めないで。
ドキムネさんが構えると、確かに呼吸が違う。
それはあまりに複雑で、なんでそんな呼吸をするのかと聞きたくなる。
でもその答えはあの動きにあった。
「カルルルルッ!」
「いい拳だが所詮、野生流だな」
連拳の漢牙の嵐みたいな拳の連打がすべてドキムネさんによって弾かれている。
手の平を突き出して、拳を受けているだけなのに。
攻め立てられてもその場から動かないドキムネさんが、まるで巨木に見えた。
「人はお前達と違って考えて強くなる。どうすれば速く動けるようになるか。どうすれば強く殴れるか。恵まれた身体能力の上にあぐらをかいていられるほど楽ではない」
そう言い終えたドキムネさんが息を大きく吸ってから吐いた。
その次の瞬間、連拳の漢牙が強い衝撃を受けたように吹っ飛ぶ。
更に体が一瞬で血しぶきへと変化しつつ、わずかな肉片を残して決着がついた。
ドキムネさんは拳を突き出したポーズのままだ。
なんだ、これ?
決着がついたのか?
強い攻撃を繰り出した様子もない。
レイトルさんみたいに槍で風穴をあけたわけでもない。
「やべっ! これやっぱり討伐要請出てる奴だわ……さーて、どうやって証明するかな? ハハハッ!(報告めんどくせぇーーー!)」
「あの、ドキムネさんってヒドラですよね?」
「は? なんだそれ?」
「ヒドラですよね? オレ、レイトルさんに鍛えられましたから」
「……まぁ、隠す意味もないか」
ポリポリと頭をかいたドキムネさんがポーズを正した。
「いかにも。私が王国軍事機関ヒドラの戦闘部隊隊長ドキムネだ(違う! 間違えた! ドキムネじゃない!)」
ビシッと決めたつもりなんだろうけど、これは気の毒だ。
かわいそうだからここは驚いた振りをしてあげよう。
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