これが自然界の洗礼ってやつか
旅に出て五日目に突入した。
ここで大問題が発生する。食料が尽きた。
村を出る時に保存食なんかは持ってきたけど、初めての旅でスムーズに進めるなんて甘かった。
このまま飢え死にするわけにもいかないから、食料は現地調達することにした。
少なくともまた今夜は野宿になるな。
なーに、親父だって若い頃は三年くらい家無しの生活をしていたって言うんだから大丈夫だ。たぶん。
というかこの地図、全然参考にならないんだが?
地形や道が実際の場所とかなり違っている。
ひとまず魔物の足跡や糞、獣道なんかの痕跡がないところを見つけて寝床を確保。
それから枝なんかを集めて火を起こす準備をする。
日没前に食料を確保するべく動いた。
動いたけど世の中、そう甘くない。
「何もいないんだけど……」
そう都合よく獲物がいれば苦労しない。
野生の生物だって何日も獲物にありつけないことだってあるんだ。
仕方ないのでヘッドホンでまた川の音を聞く。
少し遠いけど、川を見つけることができた。
自前の釣り竿に残しておいた保存食の欠片を餌としてつけて釣りを開始。
運よく三匹の魚を釣り上げることができた。
今日のところはこいつで飢えを凌ぐことができる。
寝床に戻って火を起こして、枝にぶっ刺した魚を焼き始めた。
「はぁ~、幸せ……」
誰もいない。夜の森は静寂だ。
こういう時、自分の人生観を祝福したくなる。
誰にも邪魔をされず、生きていくことだけを楽しむ。
富や名誉なんかいらない。ただこの至福の時さえあればいい。
一人は寂しいだとか、不便な環境は嫌だなんて思わない。
このまま暮らしてしまおうかとすら考えてしまう。
焼けた魚にかぶりついて、食のありがたみを実感する。
今日、食事にありつけたことに感謝しよう。
ありがとう、自然界。
――ガサッ
「ん?」
ヘッドホンが草を踏みしめる音を拾った。
ここからそう遠くない場所で何か大きなものが歩いている。
大地から伝わる振動の音もセットだ。
――ガサッ、ガサッ
こっちに来る。ヘッドホンが音でオレにそう伝えた。
心の声以外にも、このヘッドホンは様々な音を拾う。
その音がオレに具体的な情報として変換されて伝わってくる。
草を踏む音、大きな何かが移動する際の風の音、それが近づくにつれて明確になってきた。
まずいな。すぐにここから離れよう。
オレは手早く荷物をまとめてから、火を消そうとした。
――ガサガサガサガサッ!
「は、はやっ!?」
クッソ速い!
でもオレの判断も早かったはずだ。
この音の主がとんでもない速度を誇っているから、オレの足じゃ逃げきれない。
走ってきたのは黒い体毛に覆われた巨大熊だ。
腕が四本もあって、浮き出るような筋肉が体毛の上からでもわかる。
「チクショウ! やれってことか!」
感謝した直後にこれかよ、自然界。
巨大熊が二本の腕を上げる。
「下がるっ!」
オレが下がった途端、巨大熊の腕が周囲の木々すら吹き飛ばした。
風圧でオレも飛ばされそうになる。
ちびりそうなくらいやばい。死ぬかもしれん。
「左っ!」
オレが左に大きく避けた途端に巨大熊が突進してきた。
障害物なにそれと言わんばかりの威力だ。
くらったら肉片も残らなさそうだと考えた時、オレは異変に気づいた。
オレはなぜあいつの攻撃がわかった? 勘か?
「また下がる!」
口に出すほど、オレは自分の動きに自信があった。
ヘッドホンから聞こえてくるのは様々な音だけど、その中で風の音と巨大熊の心臓の音が大きい。
心音、巨大熊の動作によって発生する風の音。
それらを統合して、次の動きが予測できるんだ。
「だったら……!」
こんなところで死んでやるか。
オレは自分の生き方を決めたんだ。
だったら何が何でも意地汚く生きてやる。
オレはわざと巨大熊を真正面に見据えた。
そして次の動作はまた突進。巨大熊が駆けだしたと同時にオレは地面を蹴った。
「グゴアァッ!」
土を蹴り上げて巨大熊に目潰しをした。
突進している最中だった巨大熊がバランスを崩して横転。
その隙を見逃さず、オレは巨大熊の急所目がけて走る。
こんな意味不明な化け物の急所が、普通の生物と同じという保証はない。
だけどヘッドホンが教えてくれた。
巨大熊が無意識のうちに急所を庇っている動作を音としてオレに伝えてくれる。
「くらいやがれッ!」
巨大熊の胸のど真ん中にオレは剣を突き刺した。
巨大熊が咆哮を上げてのたうち回ると同時にオレは離れる。
もがいている最中に巨大熊が頭をこっちに向けてきた時、今度は目を斬りつけた。
続け様に比較的、柔らかい場所を斬り続けること数秒。
「ハァ……ハァ……よ、ようやく動かなくなったか……」
巨大熊を討伐できたことを確認したオレはその場に座り込んだ。
せっかく作った焚火はぐしゃぐしゃだ。
こいつは火を恐れずに向かってきたどころか、そのまま踏みつぶしてしまったんだからな。
自然界の洗礼とはいえ、これはきつすぎた。
休んでばかりもいられない。
「よし、解体してみるか」
殺して終わりなんて無粋な真似はしない。
せっかくだから肉でも食ってやろう。
こんな化け物の解体は初めてだけど、解体作業自体は親父の横でずっと見ていた。
見様見真似で解体すること数十分。
今度はあんな化け物がよってきてもすぐ逃げられるように細心の注意を払った。
幸い、何かがくる音も聞こえなかったから解体作業はスムーズに終わる。
「さてと、また火を起こすか」
この場から離れることも考えたけど、夜の森を歩き回るのは危険すぎる。
十分に危険な目には遭ったけど、敵は魔物だけじゃない。
森自体が常に危険地帯だ。
それでも、こんな目に遭おうがオレは自然界を愛してる。
安全性や快適さを捨てているんだから、このくらいは覚悟すべきだ。
また火を起こすと、さっそく巨大熊の肉を焼いた。
味は不安だったけど――
「いけるな」
意外に癖がなくておいしくいただける。
村にいた時、バンさんが山狩りをした時に狩ってきた獲物を焼いてくれた。
あの時から肉のうまさと自然界の魅力に気づいたんだ。
他には野草、木の実が自然の恵みと言えるけどこの辺りにはその手のものがなかった。
そういう時は獲物を狩るしかない。
「うまいうまい」
――ガサッ!
また何か来たな?
だけど今度は巨大熊どころかオレと同じか、少し小さい。
こんな夜の森にずいぶんとお客さんが多いな。
今度こそ逃げるか?
いや、このおいしい肉を置いて逃げるなんてもったいない。
情けないことに食い意地が勝ってしまった。
それに今回の音の主は、たぶん巨大熊とは比較にならないほど弱い。
音の様子からそう感じることができた。
そして音の主はピタリと止まる。
「そこに隠れているんだろ? 出てこいよ」
遠くの茂みの中に身を隠した奴がいる。
こちらの様子をうかがっているんだろうな。
そりゃこんな夜の森の中で巨大熊の肉を頬張っている奴がいたらオレでも警戒する。
だからといっていつまでも隠れられていてもいい気分はしない。
「出てこいって。こないならこっちからいくぞ」
オレはそちらに向かって歩き出した。
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