ラークの後悔
凄まじい数のフォレストウルフが迫る中、観測所に逃げ込むことができた。
ここは対モンスターを想定した施設で、ちょっとした砦並みに頑丈にできている。
外にはフォレストウルフ達が群れているけど、簡単には侵入できないはずだ。
負傷者の俺とアストンを除いて、ディッシュ小隊長達が交代で中から見張りをしている。
負傷した俺を庇ったアストンへの後ろめたさもあって、俺も志願したけど断られた。
当然だ。俺は命令に背いて勝手に行動したんだからな。
働きや成果で挽回しようと思っている時点で俺は未熟なんだろう。
その証拠にディッシュ小隊長はあれから一言も言ってこない。
帰ったら相応の処分が下されるのか?
それでもいいか。
エクスカリバーの強さにかまけて、俺は仲間を怪我させてしまったんだからな。
初めてのモンスター戦で浮かれたせいだ。
相手をたかがフォレストウルフと侮った。
あいつらは単体じゃ怖くないけど、そもそも単体で行動することなんてほとんどない。
野生の中で常に群れて狩りをしているんだから、俺なんかよりよっぽど上手だ。
負傷して寝ているアストンを見下ろしながら、俺は拳を握りしめた。
幸い迅速な応急処置のおかげで一命はとりとめたみたいだけど、きちんとした治療が必要だ。
そのためにはあのフォレストウルフどもをどうにかしなきゃいけない。
「アストン……すまん……」
ここが観測所の医務室でよかった。
もっと過酷な場所での任務だったら、こいつは助からなかったはずだ。
ディッシュ小隊長達には何度謝ったかわからない。
今も見張りなんてさせちまっている。
対して俺は怪我をさせた同僚の看病だ。
ダメだ。もう辞めよう。
どのみち今回の件で俺は責任を取らされる。
今のうちに覚悟しておくべきだ。
命令違反だもんな。しょうがない。
エクスカリバーなんて大層な神器を引っ提げておきながら、オレは何もできなかった。
村を出る前は出世間違いなしなんて思ってたけど、そんなに甘いものじゃない。
ビルク隊長がオレに任務につかせなかった理由が今ならよくわかった。
あの人はこうなることがわかってたんだろうな。
俺だけが死ぬならいい。
だけどこれは小隊だ。
俺が死ぬってことは他の誰かが死ぬってことだ。
今がまさにそんな状況じゃないか。
アストンに俺を庇わせてしまったんだからな。
恨まれてもしょうがない。
こんな思いをするくらいなら、ルオンみたいに適当に生きていたほうがよかったか。
あいつなら少なくともこんな思いをするような生き方をしないだろう。
「アストン、聞いちゃいないだろうけど俺は責任をとって騎士団を辞めるよ。本当に、ごめん……」
そう口にすると目元が緩んでくる。
これでいいんだ。
もしかしたら辞めるどころか、厳しい処分が下るかもしれない。
そうなるとディッシュ小隊長の責任も問われるのかな?
だとしたらせめて全力で擁護しよう。
「今回の件はすべて俺の」
「いや、重すぎ」
「……え? 目が覚めたのか!?」
「少し前から起きてるよ。ずっと独り言を言っていて声をかけるタイミングを見失ってた」
俺は一気に恥ずかしくなった。
立ち上がって逃げようとする俺の腕をアストンが掴む。
「いや、逃げなくていいから。じゃなくて、トイレ? だったらごめんね」
「ち、違うが……」
「そうなんだ。じゃあ、今回の件でラークが処分されることはないから安心していいよ」
「え? そ、それはないだろ」
「ディッシュ小隊長、僕達にお願いしてきたんだよ。今回の任務でラークが何がやらかしても、すべて自分が責任をとるってさ」
頭をガツンと殴られた気分だった。
ディッシュ小隊長が?
俺なんかのために?
「そ、そんなこと俺に一言も……」
「そりゃ言うなって言われてたよ。ディッシュ小隊長達、何も言ってなかったでしょ? たぶんラークには十分に反省してもらいたいんだよ」
「言っちまっていいのか?」
「ダメだと思うけど、思ったよりすっごい責任を感じていたからつい……」
ディッシュ小隊長達は俺に自分なりに反省してほしかったのか?
なんて人が悪い、いや。
俺があの人達にどうこう言える立場じゃない。
それに言われてみればもっともだ。
これでディッシュ小隊長達が一言、気にするなと言ったとして俺は心の底から反省したか?
俺はアホだから本当に気にしないかもしれない。
俺に落ち込んでもらわないと困るんだ。
無言の指導というやつか。
「でもなんでそこまで俺のことを……」
「あの人さ。厳しさに耐えかねて騎士団を辞める人が出るたびに愚痴を言ってたんだよ。ここは人を育てていないってね」
「あの人がそんなことを?」
「立場上、ビルク隊長には逆らえないけど思うところはあるみたいだよ。自分が部隊長になったらあの人よりうまく育成してみせるって意気込んでたから、いい隊長になってほしいね」
そうか。だから俺を小隊に加えてくれたのか。
すぐ婚約者のブローチを見せつけて自慢してくるから、どっちかというとうざいと思ってた。
飲み会であれこれ話しかけてくれたのも、自分なりに距離を縮めようとしてくれていたのかもしれない。
「ラーク、僕に責任を感じているみたいだけどさ。あまり舐めないでほしいね」
「え、いや、それってどういう……」
「先輩の僕が後輩をフォローしないで何が育成さ。初めての任務でうまく動ける奴ばっかり集めるようにしていたら、誰もいなくなるよ。そんなのはヒドラに任せりゃいいの」
「……それってディッシュ小隊長が言ってたのか?」
「受け売りだよ。僕の初任務がディッシュ小隊長の小隊でよかったって今でも心から思う」
ここがディッシュ小隊でよかった。
アストンが先輩でよかった。
アストンが友人でいてくれてよかった。
俺一人の力なんて大したことない。
俺一人で出来ることなんてほとんどない。
ディッシュ小隊長からアストンに、アストンからオレに。
そうやって俺はようやくここにいる。
俺は気がついたら涙が止まらなくなっていた。
「うわっ……めっちゃ泣いてる……」
「う、うるせぇ」
「ディッシュ小隊長には僕が言ったって絶対に言わないでね。頼むよ? 本当にお願いだからね?」
「わかってるって。どんだけ信用ないんだよ、俺は……」
アストンが俺の手を握って懇願してきた。
俺は人として騎士としても、こいつには勝てないんだろうな。
不思議とルオンと違って諦めがつく。
そう心の中で悪態をつきつつ、俺はまだ涙が止まらなかった。
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