お前にも大切なものができたらしいな
ケルブ山に到着したのは予定通り、明け方だった。
途中で数回の休憩と仮眠を挟んだものの、体力的にはそこまで余裕がない。
山歩きは慣れているとはいえ、ここにはフォレストウルフがいる。
ヘッドホンで慎重に気配の音を拾いながら、距離をとって歩く。
事前に得た情報によると、山の頂上付近に国の観測所があるらしい。
小隊が籠城するとしたら、たぶんそこだ。
食料がどれだけあるのか知らないけど、さすがに餓死しているってことはないだろう。
ディッシュという人がどんな人間か知らないけど、まともな動きをしているなら迂闊に移動していないはず。
(この先にフォレストウルフが三匹か。数的にはなんとかなりそうだけど増援が怖いな)
小隊の足跡らしきものを追っていると、この先でフォレストウルフがうろついている音が聞こえた。
音を聞く限り、単体だとそんなに強いモンスターじゃない。
ただ三匹の時点でリザードマン一匹相当の脅威が感じられる。
だからといって六匹でリザードマン二匹相当みたいな単純な換算はできない。
三匹のところに一匹が加わったら、リザードマン二匹以上の脅威になることも考えられた。
(迂回するか)
フォレストウルフの音を聞きつつ、脇道に逸れて林に足を踏み入れた。
雨のせいで足場があまりいい状態じゃない。
林に身をかがめながら慎重に進んだ。
一番いいのはディッシュ隊の音が聞けることなんだけどな。
現状、フォレストウルフの音が大きすぎる。
そしてどうしても戦わなきゃいけない時というのはある。
前方にフォレストウルフが二匹。
こっちに背を向けているけど、徹底してやるのがオレだ。
ここから急所を狙うのは得策じゃない。
下手な部位を狙って中途半端に動かれでもしたら、一気にリスクが上がる。
ということで蛇腹剣でまず二匹の後ろ足を斬り裂いた。
「ギャウッ!」
「ガァッ!」
大型のモンスターと違って、俊敏性が売りのモンスターは足さえ損傷させてしまえばいい。
続け様に一気に接近して二匹の頭部を鞭のようにしならせた蛇腹剣で斬った。
迅速かつ静かにフォレストウルフを処理できたところで、一息つこう。
レイトルさんに鍛えられたおかげで、この雨が降っているような劣悪な環境でもさほど疲れを感じない。
以前のオレだったらここに辿りついた時点で、不意打ちをする体力すら残ってなかったと思う。
自分の体力と相談できるようになったのが大きいな。
あの訓練のおかげで自分の動きを洗練させるだけじゃなく、自分の限界をより正確に把握できるようになった。
山の狩人みたいなフォレストウルフ相手に奇襲を成功させられるのはヘッドホンによるところが大きいけど。
――ルオン。戦いってのはいかに自分のリズムとペースを作るかだ。
ただし女相手には御法度な。そんな強引な男は嫌われる。
(レイトルさん。戦いに関しては本当にいいことを言う)
今のオレは多くのフォレストウルフの位置関係を把握できる。
新たに発見した二匹に奇襲をしかけて仕留めつつ、一気に山を駆け上った。
どうやって助けるかの前にディッシュ隊の無事を確認したいところだ。
「ガウアァァッ!」
「グルルルル……!」
左右から襲いかかってきた二匹の首を蛇腹剣で掻っ切る。
チームプレイなんかできないだろ?
オレがそうさせないように位置取りを気をつけているからな。
近くに駆けつけられるフォレストウルフはいない。
それがわかっているから走ったんだ。
その時、遠くからようやく心の声が聞こえてくる。
(クソッ……。いつまで籠ってりゃいいんだ)
これはラークか?
そう思っていると、小さな石造りの建物が姿を現わした。
ひとまず生きていてよかった。
ただし大量のフォレストウルフつきだけどな。
扉や壁を爪でガリガリとひっかいて、ひどい有様だ。
「ガルルル……!」
「ウオォォーーーーン!」
「ガァウガウッ!」
「ガァァッ! ガァァルウアァッ!」
すっご。ざっと見て百匹以上はいるんじゃないか?
さすがにあれとやり合うのは勘弁だ。
さてと、問題はここからだな。
(アストンが怪我をしたのはオレのせいだ……)
(隊長の私がしっかりしなければ……)
詳しいことはわからないけど、アストンという騎士が危ういらしいな。
傷口から菌でも入って熱でも出たか?
ディッシュさんらしき声も聞こえるけど、死者はいないよな?
「ディッシュ隊長……。やっぱり俺が囮になります」
「よせと何度言えばわかる。黙って救援を待て」
「でも……このままじゃ俺を庇ったアストンが……。こいつにもし何かあったら俺……」
「……この小隊を率いているのは私だ」
これは実際の声だな。
ラークをアストンという騎士がかばって、責任を感じているのか。
ディッシュという人も気丈に振る舞ってはいるが、精神的に参っているのが伝わってきた。
このままだとアストンが死ぬ。
知らん人だけど、あのラークがあんなにも心配をする人間だ。
単に仲間がやられたってだけじゃない。
おそらくだけど、オレと違って親友と呼ぶに相応しい人間ができたんじゃないか?
オレなんかと違ってそいつはきっといい奴なんだろうな。
何せラークなんかとうまくやれる奴だ。
同じ村の出身として、よかったなと言ってやりたいところだけど。
(それにはまず、この状況をどうにかしないとな)
現状、あの数のフォレストウルフを討伐するのは不可能だ。
だからといってあいつらがどこかへ行くのを待っていたらアストンが死ぬ。
どうする?
悩んでいる時間はない。
この状況はディッシュ隊が切り抜けられなかったんだ。
オレ一人の実力で切り抜けられるなら苦労しないだろう。
そうなると逆算でものを考えるしかない。
ディッシュ隊になくてオレにあるもの、それはヘッドホンだ。
この場をどうにかするにはヘッドホンしかない。
(ルオン、聞け。何か打破できる可能性がある音を拾え)
ここにきて少し雨が強まった。
風が出てきて、木々がざわつく。
オレ一人でどうにかできないなら、何かを利用するしかない。
拾え。ヒントになる音を拾え。
――ズズッ
(この音は……)
聞こえたその音は一瞬だけゾワリとさせてくれる。
だけどこれはチャンスなんじゃないか?
音はここからそう遠くない。
(やるしかないか)
オレは音のほうへ向かって一気に走った。
同時にフォレストウルフがオレを標的に定める。
そうだ、こっちに来い。
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