ラークの慢心
「俺をケルブ山の調査隊に加えてくださいッ!」
第三部隊に課せられたケルブ山の調査は全員でやるわけじゃない。
地質などを含めた環境調査が主だから、小隊規模で向かう。
そうなると必然的に俺は確実に漏れる。
最近、ようやく巡ってきた仕事も王都の詰め所で日誌を書くだけ。
何も起こらないんだから何も書きようがない。
そのくせ夜勤込みで時間だけは長いから、やりがいがマジでなかった。
このままじゃ生きながらにして腐っちまう。
だから俺は何としてでもケルブ山の調査隊に加えてほしかった。
「ダメだ」
「なんでですか! 俺が弱いからですか! 俺が子どもだからですか!」
「ケルブ山は山歩きに慣れた冒険者ですら命を落とす場所だ。今回は私が厳選したメンバーに向かってもらう」
「やってみなきゃわかりませんよ!」
俺はビルク隊長に食い下がった。
山歩きなら故郷がアレだから慣れている。
生息するモンスターもフォレストウルフとかいうザコだ。
むしろ第三部隊の中に俺以上に山歩きに適した奴がいるのか?
俺はビルク隊長を無意識のうちに睨んでいた。
「……ラーク。今のお前には任せられない。理由がわかるか?」
「俺が弱いからでしょう?」
「そうではない。最近のお前は前のめりなのだ。訓練でも、勝利ほしさに獰猛な戦い方をする。あれではいつか命を落とすだけだ」
「じゃあ、どうしろってんですか!」
「少し頭を冷やせ。いずれ機会を与えてやる」
このカタブツのオヤジ隊長が。
いずれっていつだよ。明日か?
一年後か? 十年後か?
俺はたまらなくなって大声で叫びそうになった。
「いいじゃないですか。ラークを私の小隊に加えましょう」
「ディッシュ。正気か?」
今回の任務を命じられた小隊の隊長であるディッシュさんが嬉しい提案をしてくれた。
堅物みたいな顔をした騎士の中でも男前で爽やかな大人だ。
さすがだ。わかる人にはわかる。
騎士団にはこういう柔軟な考えを持つ人が必要なんだよ。
「ビルク隊長。見どころがある人間には経験させてやるのが一番です」
「そうまで言うのならいいだろう」
ディッシュさんが白い歯を見せて俺に笑いかけた。
惚れるぜ、ディッシュ隊長!
* * *
「今日は私が見本となって調査をする。ラークはよく見て覚えろよ」
ケルブ山に入った時、ディッシュさんが説明してくれた。
メンバーはディッシュ小隊長と年配の騎士三人、俺、アストン。
しっかりアストンまで加わっていて釈然としなかったけど、こいつは俺より先輩だ。
当然といえば当然か。
「ディッシュ小隊長、ここにはフォレストウルフが生息しているんですよね?」
「あぁ、素早くて獰猛なモンスターさ。そいつらも含めて、今日から明日にかけてこの辺りの環境調査をする」
「なんだか地味っすね……」
「第三部隊なんて昔からこんな役回りしかないぞ?」
ディッシュ小隊長によれば第三部隊は王都警備や調査という役割があるものの、形骸化しているそうだ。
ビルク隊長は訓練に力を入れているけど、その成果が出た場面といえば酔っ払い同士のケンカの仲裁だ。
たまにひったくりや窃盗なんかがあるくらいで、大きな事件を起こす奴はほぼいない。
あとはペット探しだの道案内か。
そんな状況じゃ、こういう仕事しかないのもしょうがないとディッシュさんが話してくれた。
「この国にはヒドラっていうおっかない化け物がいるのさ。悪さをしても、そいつに取って食われてしまう」
「それじゃ騎士団の立つ瀬がないんじゃ?」
「ないぞ? 総司令のエルドア公爵はそれがわかっているから、王族の中でも大きな顔をしていられる。あの人は領地を貰わない代わりに、いろんな権限を与えられたという話だ」
「またヒドラか……」
山の空気を吸いながら、俺はヒドラの実態を想像した。
まさか本当に化け物を飼っているわけじゃあるまいし、どんな奴なんだ?
あのルオンは化け物に認められたってのか?
クソッ、思い出したらまたモヤモヤしてきた。
「ラーク、ディッシュ小隊長はああ言ってるけど本当は成果を上げたくてたまらないんだ」
「アストン、そうなのか?」
「あの人だってビルク隊長に認められるほど実力をつけたからね。でも実際は暇な仕事ばかりでしょ? ラークの想いとそう変わらないと思うよ」
「だから俺を誘ってくれたのか?」
ディッシュ小隊長は勇ましく先頭を歩いている。
俺の不満を少しでも解消しようとしてくれたなら、悪い人でもなさそうだ。
飲み会の時はやたらと好きな女の子を聞いてきて、クソうざかったけどな。
それでいて婚約者のブローチを見せびらかして自慢してくる。
俺は女なんかに興味がないんだ。
そんなものにうつつを抜かしているようじゃ立派な騎士にはなれない。
あのルオンだって女には一切興味がないし、そこが強さの源泉になっていると俺は最近になって思う。
他人に興味がないからこそ、非情になることができる。
そうじゃなきゃとっくにサナに惚れて女の目を気にするようになっていたはずだ。
目つぶしだのいかにも嫌われるような戦いなんて出来るわけがない。
「おや? 少し雲行きが怪しくなってきたかな?」
「ディッシュ小隊長、まずくないですか?」
「もう少し進んだところに観測所がある。そこを目指そう」
かすかに雨雲が増えたように思う。
雨が降り出したら面倒だ。
そう思った時、林から数匹のフォレストウルフが飛び出してくる。
「うわっ!」
「ラーク!」
あまりに突然のことで、俺は対処に遅れた。
アストンが寸前のところでフォレストウルフを斬りつけてくれてなんとか助かる。
「おいおい……さすがに数が多いんじゃないか?」
「ディッシュ小隊長、かなりの数ですよ! いつの間に!」
「参ったね。私が道を作るから両サイドを固めてくれ。ラークは私の後ろでいい」
本当にいつの間にこんなに数を揃えた?
ざっと見て十匹以上はいる。なんで気づかなかった?
「走れッ!」
ディッシュ小隊長が走り出して、俺達も続いた。
一斉に襲いかかってきたフォレストウルフをアストン達が迎え撃つ。
俺もエクスカリバーを握りしめて、フォレストウルフを一匹斬りつけた。
「ま、真っ二つ……! つえぇな!」
「ラーク! 油断するな!」
さすがの切れ味といったところで絶え間なくフォレストウルフが迫る。
続け様に二匹まとめて斬り捨てると拍子抜けした。
なんだ、モンスターなんてこの程度かよ。
今まではエクスカリバーを持たせてくれなかったからわからなかったけど、これさえあれば問題ない。
何匹いようが、物の数じゃない。
「よぉーし! どんどんかかってこぉーい!」
走りながらフォレストウルフ達を斬りまくっていると段々と自信がついてきた。
ビルク隊長、あんた大袈裟なんだよ。
俺だってエクスカリバーがあればこのくらいの対処はできる。
観測所に逃げ込む必要なんてない。
「ラ、ラーク! 何を!」
「アストン、ここは俺に任せろ! 全部、やっつけてやるよ!」
「ダメだって! 奥からまだまだやってくる!」
「ザコが何匹群れようと問題ない!」
俺は立ち止まってフォレストウルフ達と戦った。
牙を剥き出しにしたフォレストウルフどもを問題なく斬るうちに、段々と気持ちよくなってくる。
俺は強い。エクスカリバーさえあれば怖いものはない。
こいつさえあればビルク隊長やルオンにだって――
「バカ! 早くこっちに来い!」
ディッシュ小隊長がそう叫んだと同時に、左右の茂みから突然フォレストウルフが現れた。
ウソだろ? いつの間に?
「クソッ!」
ディッシュ小隊長がこっちに来るけど、俺は対処が遅れてしまった。
それに更にやってくるフォレストウルフは最初の時よりも更に数を増やしている。
「ぐあぁーーーっ!」
「ラークッ!」
フォレストウルフの牙が俺の肩や腕に食い込んだ。
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