耳兜の噂
「アストン、お疲れ」
「ラークもお疲れ。明日は二人とも非番だね」
きつい訓練が終わった後、オレ達は水分補給をしながら互いに今日の苦労をねぎらった。
相変わらずビルク隊長には目をつけられているが、以前より風当たりは弱くなった気がする。
というのもアストンの提案通り、第三部隊で飲み会をやるのが決定したからだ。
あの気張った悪魔顔のビルク隊長に堂々と飲み会なんか提案できるんだから、アストンは大物だ。
どこかゆるくて飄々としたところはルオンに似ているかもしれない。
もっとも、品格では比べようもないが。
「ラーク、今日は早めに訓練が終わったからさ。ちょっと王都に出ようか」
「門限あるだろ?」
「平気だって」
「一秒でも遅れたら悪魔面の隊長にぶっ殺されるんだが……」
と言いつつも、アストンに強引に連れ出された。
夜の王都は相変わらずの賑わいを見せている。
この国は大陸内においては他国よりも資源に恵まれているし、出稼ぎにくる人間も多い。
無精ひげを生やしたおっさん達が酔っぱらいながら歩けるのも、偏に治安の良さがあるからだ。
夜の王都を歩きながら、オレはぼんやりと考えた。
この平和を守るのがオレ達、ビルク隊長が口を酸っぱくしてオレに叩き込んだことだ。
酔っぱらったおっさん達がふらつきながらも歩けるのは、治安の良さがあるからだろう。
オレ達は適当な店に入ってテーブル席についた。
それぞれフルーツドリンクを注文する。
「……オレ達って毎日、きつい訓練してるけどさ。役に立つ日がくるのか?」
「こないほうが平和でしょ。それに俺達、第三部隊は王都警備と調査が主な仕事だからね」
「確かにせいぜいチンピラを捕まえるとか、その程度だよな。平和すぎるのも考え物だ」
「じゃあ、第四部隊みたいにリザードマン討伐でもするかい?」
アストンによるとつい最近、第四部隊が遠征から帰ってきたみたいだ。
そういえばサルクト森林で繁殖したリザードマン討伐が大成功を収めたとか、騎士団内でも報じられていたな。
オレとしてはそういう仕事がやりたかった。
きつい訓練ばかりじゃ嫌になるのも当然だろ。
「マークマン隊長は銀貨を手にして今頃、休暇を利用して娼館通いだろうね」
「ゲッ、そんなことしてんのかよ。これだからおっさんは……」
「ラークもそのうち、良さがわかるようになるんじゃない?」
「俺は絶対にそんなところは行かんぞ。男が廃る」
マークマン隊長か。
冴えない顔をしたおっさんなのは記憶している。
それでも第四部隊は魔物討伐専門、これまでも功績はあるんだろう。
「今回はあのヒドラが出てきたみたいだね。あの双尾の侵緑主を仕留めたのはさすがだよ」
「ヒドラって確か王国の精鋭中の精鋭部隊とか言われているやつか?」
「王国軍事機関ヒドラ。この国が攻められても一日で決着がつくと言われている。この大陸内でも屈指の最強部隊だよ」
「なんで俺はそこに配属されなかったんだ?」
「あそこは騎士団とは独立した部隊みたいだからね。特に総司令のエルドア公爵は王家にも睨みを利かせているという話もある。お互い、おいそれと干渉できないって感じだろうね」
確かにヒドラは皆が知っているくらい有名みたいだ。
だけどその実態は謎に包まれている。
俺もいつどこでその名を聞いたのかわからない。
でもいつの間にか名前だけは知っている。
「でも面白いのはヒドラの人間と一緒に冒険者がいたんだってさ。騎士団内ではその話で持ちきりだよ」
「冒険者? ヒドラがつれていたのか? どういうことだ?」
「噂じゃヒドラが次期メンバーとして迎える人間とか、色々言われているよ。そのために同行させたってね」
「おいおい、そんなのズルだろ。どこのどいつがそんなに優遇されてるんだ?」
「これがまたおかしくてさ。一人は変な兜を被った子どもらしいよ」
変な兜? 子ども?
かすかな違和感があるのは気のせいか?
「マークマン隊長が自分の部隊でその話ばっかりするものだから、すっかり広まってるみたい」
「その変な兜のそいつは何者なんだよ?」
「なんでもあの双尾の侵緑主を仕留めるのに一役買ったらしいよ。休暇前にマークマン隊長がずっと我が部隊にいつか来るとか、自慢していたらしいね。うるさくて他の隊長からは煙たがられてるみたいだけど……」
「そんなに評価されてるってのか? よっぽどいいスキルなのか? それとも神器か?」
俺は思わず前のめりになった。
なんだ、この胸騒ぎは?
どこのどいつかもわからない奴に、俺はなんで不安を覚える?
双尾の侵緑主は第八部隊を半壊させた前代未聞の化け物だと聞いている。
騎士団ですら手を焼いている化け物討伐に子どもが一役買った?
そんな奴がいるとしたら、なんでオレは騎士団止まりなんだ?
なんでオレはヒドラに目をかけられない?
「詳しいことはわからないけど、こう……。耳の部分だけ守った変な兜を被ってたらしいよ。耳兜、なんちゃって」
「そ、そいつは、年齢とかどのくらいだ?」
「さぁ、そこまでは……。でも、すごいよね。同年代でそんなにすごい奴がいるとしたら、励みになるよ」
「そ、そう、だな」
耳兜。
それを聞いて、嫌でもあのルオンを思い出してしまう。
あいつのはずはない。
あいつは村にいるはずだ。
何の欲もなく、今日も畑仕事をやって惰性で過ごしている。
それにあのヘッドホンとかいう神器は間違いなく大したものじゃない。
神官達が立ち会って検証したはずだ。
あり得ない。
そうわかっているはずなのに、オレは動悸が激しくなった。
「ラーク? どうしたの? 気分でも悪い?」
「なぁ、アストン。もし、もしもの話だ。もし、何かの拍子ですごく強い奴がいたとしてさ。そいつが村人でも、ヒドラに目をかけられたりするものなのか?」
「ヒドラは謎が多いから、なんとも言えないなぁ。僕みたいなのがエルドア公爵のことなんかわかるわけないし……」
「そ、そうだよな。変なことを聞いて悪かった」
「いやいや、そろそろ帰ろうか。門限やばいかも?」
「ゲェッ!?」
オレ達は急いで会計を済ませてから店を出た。
全速力で騎士団の宿舎に戻ったものの、待ち構えていたのは悪魔だった。
一発ずつ強烈なのをもらった上に二人揃って一週間のトイレ掃除を命じられたけど、オレの中でモヤモヤは消えない。
まさか、な。
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